Graduate School of Agricultural Science, Kobe University Division of Applied Chemistry in Bioscience Functional Phytochemistry Lab 本文へジャンプ
神戸大学大学院農学研究科
応用生命化学
  植物機能化学分野
 
 
 はじめに
 根寄生雑草とは
 根寄生雑草の
生存戦略
 発芽刺激物質
 養水分収奪
 基礎研究を通して得た知見の応用を目指して
 これからの研究
 文献
  「最近の研究活動」
    杉本 幸裕 【すぎもと ゆきひろ】

はじめに

現在、主な研究課題として、根寄生雑草とストライゴラクトンについて取り組んでいます。この二つの課題は密接に関連しています。大学院修士課程を修了し民間企業に研究員として8年間勤務した後、ご縁があって、1992年に前職場である鳥取大学乾燥地研究センターにお世話になりました。生物有機化学を専門とする私にとって、乾燥地に関する研究課題を設定することは試行錯誤の連続でした。その中の一つが、1994年に客員教授として着任したAbdel Gabar Babiker教授との共同研究をきっかけに開始した、アフリカの半乾燥地で猛威を奮っている根寄生雑草ストライガの生活環の解明でした。その後、近縁の根寄生雑草であるオロバンキやフェリパンキも研究対象に含めて現在に至っています。様々な機会に寄稿してきた和文総説から断片を拾い、組み合わせ、加筆訂正し、研究の経緯や内容をまとめ直してみました。

根寄生雑草とは

異種の生物が一緒に生活している現象を共生といい、このうち、一方(寄生者)が利益を受け、他方(宿主)が何らかの害を被っている関係を寄生といいます。被子植物の約3000種(1%程度)は他の植物に寄生し養水分を吸収して生育する寄生植物です。植物−植物間において、寄生植物は吸器と呼ばれる特殊な器官を形成して宿主に侵入し、通導組織を連結し、そこを通して養水分を奪って成長します。宿主との連結部位に応じて、茎寄生植物、根寄生植物と呼びます。根寄生植物のうち、ハマウツボ科(Orobanchaceae)のストライガ属(Striga)、オロバンキ属(Orobanche)、フェリパンキ属(Phelipanche)の雑草は農業生産に大きな被害を与えています。とりわけ深刻な被害を与えている種はS. hermonthica(写真1)、S. asiaticaS. gesnerioidesです。前二者はアフリカ、南アジアの熱帯から亜熱帯の半乾燥地域に分布しています。

ソルガム、トウモロコシ、ミレットなどの主要なイネ科作物を宿主とするため、アフリカでは農業生産を阻害する最大の生物的脅威となっています。S. gesnerioidesはストライガ属の中では例外的にマメ科植物を宿主とし、西アフリカを中心にササゲの生産に被害をもたらしています。オロバンキ属とフェリパンキ属の雑草は地中海沿岸、中東地域を中心として温帯から亜寒帯まで広く分布しており、東ヨーロッパやオーストラリアでも被害が拡大しています。O. cumana(写真2)はヒマワリやタバコを、O. crenata(写真3)はニンジンやマメ科作物を、P. ramosaP. aegyptiaca(写真4)はナス科、ウリ科、マメ科、アブラナ科、セリ科等の幅広い作物を宿主とします。これらの根寄生雑草は一個体当たり数万粒もの種子を生産し、種子は土壌中で10年以上生存可能です。種子は0.1−0.3 mmときわめて小さいため、畑にこぼれ落ちたら取り除くことは不可能です。そのため、いったん侵入された畑では、長期間にわたり、宿主となる作物を栽培することができなくなります。幸い、日本国内における根寄生雑草による食糧生産への被害は問題となっていません。しかし,1937年に初めて千葉県で確認された帰化植物であるヤセウツボ(O. minor)(写真5)は関東に広く分布するようになり、空地や法面を覆うクローバーの根に寄生している例が多く観察されています。ヤセウツボはタバコ(写真6)やニンジンに寄生することも確認されています。世界で猛威を振るっている根寄生雑草が日本の農地に侵入した場合、被害が広がっていくことが懸念されます。





根寄生雑草の生存戦略

オロバンキやフェリパンキはクロロフィルを持たない全寄生性です。ストライガは光合成を営む半寄生性ですが,自らの光合成によって獲得できるエネルギーは生存に必要なエネルギーの一部に過ぎません。光合成速度は他の1年生C3植物に比べて低くはないものの旺盛な成長を支えるには不十分なため(Inoue et al. 2013)、必要な光合成産物の3割を宿主に依存しており、オロバンキと同様に宿主から独立しては生存できません。そのため、これら根寄生雑草は寄生を確立した後で宿主に養水分を依存するだけでなく、生活環の初期の段階においてすでに宿主と密接に関係しています(図1)。種子は適当な温湿度条件下に数日置かれることで休眠から醒めます。このことはコンディショニングと呼ばれています。ストライガの場合、実験室では、蒸留水で飽和したガラス繊維濾紙上、30、暗所1015日の処理で発芽応答は最大となります。さらに処理を続けると次第に応答が悪くなり休眠状態になります。オロバンキのコンディショニングの最適温度は、種にもよりますが、一般にストライガより低く2025です。休眠から醒めている種子は、宿主作物の根から分泌される刺激物質を感受して発芽します。これは宿主から独立しては生存できない根寄生雑草が持つ、宿主の存在を確認してから発芽するという、巧妙な生存戦略と考えられてきました。根寄生雑草の種子は前述のように小さく、貯蔵養分が限られているため、発芽した後は直ちに吸器を形成して宿主植物の根に侵入しなくてはなりません。侵入後約6週間は土壌中で茎部の成長が続くため、根寄生雑草が地上に姿を現した時には宿主植物はすでに相当の害を被っています。その後、開花、結実し、前述のように膨大な数の種子を土壌表層にまき散らします。

発芽刺激物質

根寄生雑草と宿主作物の最初の直接的な関係に関与し、根寄生植物の生存戦略の重要な要素となる発芽刺激物質について、私たちを含めて多くの研究者によって、単離、構造決定、構造活性相関などの化学的解明が進められてきました。ワタはストライガの宿主ではありませんが、根滲出液がストライガの発芽を誘導し、ワタを混植するとストライガによる宿主作物への被害が軽減されることが経験的に知られていました。そのため最初に構造が明らかにされた発芽刺激物質strigolとそのアセチル体は、宿主植物ではなくワタの根滲出物から単離されました。Strigolは結晶として得られたため、X線結晶解析によって構造が決定されました。1990年代になって、strigolと類似の構造を有するsorgolactonealectrolがそれぞれストライガの宿主植物であるソルガムとササゲの根滲出液から相次いで単離され、strigolを含めてstrigolactone (SL)と総称される化合物群が、自然界でストライガの宿主認識に関わる発芽刺激物質であることが認知されました。SLはストライガのみならずオロバンキの発芽をも誘導することから、オロバンキの発芽にも関わっていると推測されていました。このことはオロバンキの宿主であるアカクローバーの根滲出液からorobanchol(図2)が単離されたことで実証されました。SLは化学的に不安定であり環境中で速やかに分解されます。このことは,宿主の根のごく近傍にある種子だけが発芽し、遠く離れた種子は発芽しないという、根寄生雑草の生存戦略を支える要因となっていると考えられますが、結果として単離される量が僅少であったため構造の確定は困難をきわめました。それぞれのSLの構造は、推定構造に基づいて合成された化合物との機器分析データの比較、および、必要に応じて,発芽刺激活性の比較によって確定されました。私自身は1996年に当時の文部省からオランダのナイメヘン大学に派遣され、Binne Zwanenburg教授の研究室でsorgolactoneの推定構造に基づき全8種の立体異性体の合成を行い、天然物の構造を決定しました(Sugimoto et al. 1998)。また、神戸大学に異動してから、確定していると考えられていたorobancholおよびalectrolの構造に矛盾を見出し、それぞれを再度単離し、真の構造を明らかにしました(Ueno et al. 2011)真の構造にたどり着くまでの取り組みを、総説に著しました(上野ら 2013; Ueno et al. 2015)。ご一読いただき、植物天然物化学のおもしろさを感じていただけたら幸甚です。

今までに20種近くのSLが単離構造決定されていますが,それらの多くはA, B, C環から成る三環性ラクトン部分にエノールエーテル結合を介してブテノライド(D環)が連結した基本骨格を有しています。これらは、strigolと同じ立体化学を有する化合物群とorobancholと同じ立体化学を有する化合物群に大別されます。構造の多様性は、基本骨格のA環やB環に水酸基、メチル基、アセトキシ基、エポキシ基、ケトン基等の導入によってもたらされています。最近、これらはcanonical SLと呼ばれることもあります。その理由は、A, D環はあるもののB, C環が開裂した構造を有する発芽刺激物質が見出されてきていることによります。私たちもそのような発芽刺激物質として、ヒマワリが生産分泌するheliolactoneを発見しました(Ueno et al. 2014)。

天然の発芽刺激物質とその類縁体は、S. hermonthicaおよびS. asiaticaの種子中のエチレン生合成を通して発芽を促進していると考えられています(Babiker et al. 1993)。私たちは,S. hermonthicaの種子中ではコンディショニング中に1-aminocyclopropane-1-carboxylic acidACC)酸化酵素遺伝子の発現が高まり,そこに発芽刺激物質を与えると10時間以内にACC合成酵素遺伝子の発現が促進された結果,エチレンの生成が活性化し,発芽につながることを明らかにしました(Sugimoto et al. 2003)。エチレンはオロバンキの発芽には関わっていないと考えられる知見も得ています(Sawada et al. 2012)。

養水分収奪

宿主に寄生したストライガは木部導管を結合することが知られています。二つの管が繋がっている場合に、一方(宿主)から他方(ストライガ)に都合よく水が流れる仕組みはどうなっているでしょうか。私たちは寄生関係にあるソルガムとストライガの気孔開度を調べ、土壌の乾燥程度に関わらず、ストライガは常に気孔開度を高く保っていることを見出しました(Inoue et al. 2013)。湿潤条件であれば宿主も気孔を開放しているので、両植物の葉から水が蒸散すると考えられますが、乾燥条件で宿主の気孔が閉じると、蒸散流はストライガに偏ります。このことは、ストライガによる被害が半乾燥地域で顕著になることとよく一致します。

基礎研究を通して得た知見の応用を目指して

根寄生雑草の発芽調節への関心から、様々なSLを単離し構造を明らかにしてきました。宿主作物に代わって発芽刺激物質を人為的に畑に施与すれば、根寄生雑草種子の発芽を誘導することができます。発芽した種子は周囲に宿主となる作物がいないため、僅かな貯蔵養分を使い尽くして数日のうちに死に絶えます。この自殺発芽誘導により根寄生雑草の種子を減らすことが可能となります。このアイディアはstrigolの発見後まもなく提唱されました。その後、膨大な数の類縁体が合成され、ストライガおよびオロバンキ種子に対する発芽刺激活性が評価されてきました。しかし、天然の発芽刺激物質と比較すれば構造が単純な類縁体も、大量に合成することは容易ではありません。圃場レベルでの実証試験を試みたのは、私たちのほかには、Zwanenburg教授のグループだけでした。彼らはNijmegen-1と名付けた合成SLによる自殺発芽誘導がオロバンキの防除に有効であることを示しました。私たちは、次に記すように、ストライガについて自殺発芽誘導が有効であることを、圃場レベルで実証しました。

平成21年度にJICA/JST地球規模課題対応国際科学技術協力事業(SATREPS)に採択され、ストライガのホットスポットであるスーダンで応用研究をすることが可能となりました。私たちは,シャーレ内での発芽刺激活性の高さとともに合成の容易さを重視し,天然の発芽刺激物質の構造を大胆に簡略することで,合成が容易なT-010(図2)を新たに開発した。シャーレ、プラスティックカップでの発芽誘導活性を確認したのち、ポット試験を行いました。20 kgの風乾土を入れ,土壌表層5 cm5 mg(約1000粒)のS. hermonthica種子を混和した、内径36 cmのポットを用意しました。数日おきに潅水しながら,18日間にわたりコンディショニングした後に,土壌表面から00.11および10 kg a.i. ha-1に相当するT-010水和剤を水に懸濁して施与しました。水和剤施与後6日目からソルガムを栽培しました。予めT-010で自殺発芽処理したポットでは、ほとんどストライガの出現が認められませんでした(写真6)。続いて、人工的にS. hermonthica種子を混和した圃場でも,T-010水和剤による自殺発芽誘導の効果を検証しました。数日おきに潅水しながら,16日間のコンディショニング後に,土壌表面から00.11および10 kg a.i. ha-1に相当するT-010水和剤を水に懸濁して施与した。水和剤施与後6日目からソルガムを栽培しました。ソルガム生育初期(播種後49日目)のS. hermonthica出現数は、T-010水和剤を施与しない区画(ソルガム1株あたり5.6)に対して、0.1 kg a.i. ha-1以上の水和剤を施与した区画では有意に減少しました(p<0.05)。栽培期間中のS. hermonthica出現数は播種後76日目に最大に達し、T-010水和剤を施与しない区画(ソルガム1株あたり45.0)に対して、0.1 kg a.i. ha-1以上の水和剤を施与した区画では3040%減少しました(同27.431.5)。また、T-010水和剤を施与した区画では、施与しない区画と比較してS. hermonthicaの出現開始時期が遅れたため、開花に至るS. hermonthica個体数は僅かでした。ソルガム穂重は、T-010水和剤を施与しない区画ではS. hermonthicaの被害を受け96 g m-2であったのに対し、水和剤を施与した区画では274326 g m-2と有意(p<0.05)に大きくなりました。T-010水和剤による自殺発芽誘導により土壌中のストライガ種子密度が低下し,S. hermonthicaの出現が遅れ、出現数も減ったことで、ソルガムへの被害が軽減できたと考えられます(Samejima et al. 2016)。

 

これからの研究

 T-010による自殺発芽誘導の有効性の検証を可能としたSATREPS事業は平成273月で終了しましたが、幸い、平成28年度SATREPS事業に再度採択していただきました。引き続き、スーダンを中心に応用研究を進めていきます。自殺発芽誘導はストライガにとどまらず、同様の発芽応答を示すオロバンキやフェリパンキにも適用できます。そのため、今後は様々な根寄生雑草を対象として防除研究を展開したいと考えています。前回のSATREPS事業の成果および今回のSATREPS事業の概要は、それぞれのホームページを参照してください。

一方、形態形成に対する機能が発見されてから、SLは新規植物ホルモンとして注目を集めています。私たちは発芽刺激物質探索の過程でいくつものSL高生産系を有していることから、ホルモンとしての重要性に鑑み、これらを利用したSL生合成研究も進めています。競争が厳しい分野ですが、私たちしか見出していない(と思いたい)いくつか知見を有しています。また、気孔開度を高く維持することによる、ストライガの養水分収奪戦略にも興味が尽きません。国内では、これらの研究を丁寧に進めていきたいと考えています。

 文献  上野琴巳、滝川浩郷、杉本幸裕:ストリゴラクトンの生物活性を担う立体化学の重要性、 化学と生物、51 (1), 36-42, 2013.

Babiker, A. G. T., Ma, Y., Sugimoto, Y., Inanaga, S.:Conditioning period, CO2 and GR24 influence ethylene biosynthesis and germination of Striga hermonthica, Physiologia Plantarum, 109 (1), 75-80, 2000.

Inoue, T., Yamauchi, Y., Amani Aamed Eltyeb, Samejima, H., Abdel Gabar Eltaybe Babiker, Sugimoto, Y.: Photosynthetic capacity and stomatal response of root hemi-parasite Striga hermonthica and sorghum under short-term soil water stress, Biologia Plantarum, 57 (4), 773-777, 2013.

Samejima, H., Babiker, A.G.T., Hirosato Takikawa, Mitsuru Sasaki, Sugimoto, Y.: Practicality of suicidal germination induction for controlling Striga hermonthica, accepted for publication in Pest Management Science.

Sawada, R., Yamauchi, Y., Sugimoto. Y.: Germination response of Striga hermonthica and Orobanche minor seeds pre-treated with the synthetic strigolactone GR24, Recent Research Developments in Phytochemistry, 10, 1-12, 2012.

Sugimoto, Y., Ali, A. M., Yabuta, S., Kinoshita, H., Inanaga, S., Itai, A.:Germination strategy of Striga hermonthica involves regulation of ethylene biosynthesis, Physiologia Plantarum, 119 (1), 137-145, 2003.

Sugimoto, Y., Wigchert, S. C. M., Thuring, J. W. J. F., Zwanenburg, B.:Synthesis of all eight stereoisomers of the germination stimulant sorgolactone, Journal of Organic Chemistry, 63 (4), 1259-1267, 1998.

Ueno, K., Sugimoto, Y., Zwanenburg, B.: The genuine structure of alectrol: End of a long controversy, Phytochemistry Reviews, 14 (5): 835-847, 2015.

Ueno, K., Nomura, S., Muranaka, S., Mizutani, M., Takikawa, H., Sugimoto, Y.: Ent-2'-epi-Orobanchol and its acetate, as germination stimulants for Striga gesnerioides seeds, isolated from cowpea and red clover, J. Agric. Food Chem., 59 (19), 10485-90, 2011.

Ueno, K., Furumoto, T., Umeda, S., Mizutani, M., Takikawa, H., Batchvarova, R., Sugimoto, Y.: Heliolactone, a non-sesquiterpene lactone germination stimulant for root parasitic weeds from sunflower, Phytochemistry, 108, 122-128, 2014.