サブリキダスでの粘性係数測定:富士火山1707玄武岩の場合 (2003年1月27日火山セミナー)

 

佐藤博明(神戸大・理)

 

マグマの粘性係数については、無水の場合のメルトについて、Bottinga & Weill(1972), 水を含むメルトについてShaw(1972) 等があり、一応実用的に問題ない計算式が知られている。しかし、結晶や気泡を含むマグマについては、いくつかの実験がおこなわれ、経験式も知られているものの、実際の個々の溶岩に適用するには、温度、結晶度、結晶サイズ分布、結晶形態等、多くの要素があり、また結晶作用自体が組成依存性や非平衡な効果が大きいため、未だ一般的な扱いはおこなわれていない。特に、これまでの実験は玄武岩では粒状のかんらん石が晶出するハワイ溶岩についてのもので(Shaw, 1969; Ryerson et al.1988; Pinkerton & Norton, 1995),板状の斜長石が多く晶出する島弧玄武岩についての実験的研究を知られていない。今回、富士1707年玄武岩を用いて粘性係数測定と結晶組織の観察を予備的におこなったので、その結果について報告する。

 今回の測定は雰囲気制御した電気炉の上部に粘度計(東機産業、TV-10U型)を設置し、そこからステンレス棒、アルミナ棒(6mmφ)を接続し白金るつぼの高温玄武岩質融液にひたし、回転トルクを測定することによって粘性係数を求めた。基本式はM=4πηΩR12R22/( R22- R12)、ここで、Mは回転モーメント、ηは粘性係数(Pa sec)Ωは角速度、R1 、Rそれぞれロッド半径、るつぼ半径である。先端の効果については、標準液での較正のさいに高さを変化させて経験的に求めた。較正はJISの標準液を用いておこない、今回用いたるつぼ、ロッドについて較正パラメータを求めた。実際の測定の酸素雰囲気は、CO2:H2=400ml/10mlの混合気体を炉心管に約0.5cm/秒で流すことによりほぼNNOバッファの条件で実験をおこなった。但し、最初のR-1では炉心管上部を開放しておこなったところ、試料に磁鉄鉱が晶出しており上方からの空気の混入が認められたので、R-2では炉心管上部をセラミックスの蓋で覆っておこなった。測定はまず試料を1230℃または1220℃でほぼ溶融し(これ以上にすると炉心管下部のパッキングが焼けて雰囲気が保てない)、20℃毎に温度を低下させて、各温度で数時間以上保持した後に3〜20回の測定セッションを繰り返し、温度をさらに20℃低下させることをおこなった。測定セッションは、回転数(rpm)を一定にして時間経過と共に粘性係数の変化を記録するもので、各温度での最初のセッションでは最初大きな粘性を示すが、指数関数的に粘性係数が減少するのが観察された。これは一見、チクソトロピー(歪速度によって粘性係数が変化する現象)かと思われたが、文献を見ると次のような回転式粘度計に関する問題があるので、必ずしもそれに帰することはできないと判断し、できるだけ回転数の小さい条件での値を採用することとした(天然での溶岩の流動における歪速度は最大でも1/秒程度)。回転式粘度計の歪速度は半径方向に変化し、例えば、今回のるつぼ・ロッドでは10rpmの条件で、内側で1.2/sec, 外側で0.17/sec と1桁近く変化する(ランダウ・リフシッツ)。このため固体粒子は歪速度の小さい外側へ移動することが実際に試料採取により確認された。これは回転中、結晶分布の均質性が保たれないことを意味している。2番目の問題は、Shear heating の問題で、Spera et al.(1988, JGR)の計算では数度程度の上昇が予想されるが、Shearが上記のように内側に集中することから温度の均質性も若干破られることが考えられる。3番目の問題は、半径方向に中心に向かうNormal stressが生じることで(Spera et al.1988),このため、回転速度を上げると、回転ロッドに液が上昇することが観察される。このため、液面が元の平面を保てずに、粘性係数の計測に誤差を与える。以上のような理由で回転法による年セ係数測定は誤差をある程度含むので、今回、歪速度による粘性係数の変化についての検討はおこなわないこととした。

 粘性係数の測定結果を図1に、それらの試料の反射電子線像を図2に示す。粘性係数は、1220℃で48 Pa secから1140℃での570 Pa sec まで80℃で約1桁の増加を示す。結晶相は斜長石がリキダスで、1140℃では磁鉄鉱が酸化的な条件で晶出しているものの輝石、かんらん石は認められなかった。結晶度はおよそ0〜20Vol%程度である。図1にはShaw(1972)の方法で計算で求めた液の粘性係数も示してある。Calc-1は実際の実験試料(各温度で採取)の液組成をEPMA分析で求めそれを用いて計算したもので、Calc-2はリキダスの液組成を用い、温度低下による粘性係数の増加を計算で求めたものである。面白いことは、実際の液組成(結晶作用により分化する)を用いた方が粘性係数が小さいことで、これは液組成が温度の低下に伴い斜長石の分別により、Al,Caが減少し鉄、マグネシウムが富むことによっている。ハワイの溶岩のようにかんらん石が結晶分別すると、液組成はよりSi,Alに富み、Mg,Feに乏しくなるので粘性係数は液組成変化だけでも増加することになり、今回の富士玄武岩とは異なった挙動をとる。実測値は、計算で求めたよりもかなり大きな温度依存性を示すが、これは主に結晶の存在によるものと考えられる。固体の存在下での液の粘性係数の変化については、Einstein(1914)の式η=η0(1+2.5φ)、Einsten-Roscoeの式:η=η0 (1+aφ)^b 、Marsh(1981)の経験式:η=η0(1+φ/0.6)^2.5、等があるが、今回の結晶相はきわめて偏平な四角板状を呈しており、今後、その形態や粒度分布の定量化をおこなって、粘性係数の増加を定量的に表す必要がある。