雲仙岳1991年−95年デイサイト中の苦鉄質包有物とマグマ混合について 神戸大火山ゼミ2003.4.22
佐藤博明
要旨: 雲仙岳1991−95年噴出物中には径数cm〜数10cmの苦鉄質包有物が含まれる。量的には高々1体積%(0.2〜1%)であり、楕円体〜不規則な形状で、比較的斑晶に乏しく、稀に急冷周縁相が認められる。この成因について、中田・本村(1997)はマグマ溜りの周縁境界層に由来するというモデルを提案しているが、これまで通常、苦鉄質包有物は2種のマグマが関与した場合、高温マグマが液滴状に低温マグマにより急冷・結晶化・固化して生じるというモデルが述べられている(例えば、Koyaguchi, 1986). 中田・本村によると、雲仙岳溶岩中の苦鉄質包有物の全岩化学組成はSiO2=50-60wt%であり、鉱物組成は母岩の斑晶とほぼ同じであることが述べられている。今回、約50個の苦鉄質包有物の顕微鏡観察をおこない、予察的に3試料について鉱物分析をおこなったので、それらの結果について述べる。結論的には、これらの包有物は高温苦鉄質マグマが液滴状に低温珪長質マグマで急冷されたと考えた方がよい。その論拠としては、(1)頻度は少ないが、急冷周縁相が認められること、(2)骸晶状斜長石、角閃石が一般に含まれ過冷却状態で晶出したと考えられること、(3)組成的によりAn成分に富む斜長石が含まれること、(4)輝石は#Mgは0.70−0.78であり、平衡温度は1,075℃程度あること、などが挙げられる。(1)については、50個中1個の試料で周縁から内側に向かい結晶粒径が粗粒化するのが観察された。多くの苦鉄質包有物は粒径は母岩との接触部でも変化せず一定である。鏡下では母岩との境界では、包有物の結晶が自形を保って母岩石基と接している。粒径は粗粒なもの(斜長石、角閃石の幅で0.1-0.3mm)から細粒なもの(同、0.02-0.1mm)まである。(2)について、一般に苦鉄質包有物の石基はdiktytaxitic組織を呈しており、針状の斜長石、角閃石の間を発泡した火山ガラスが充填する。顕微鏡的には薄板状の斜長石について、BSE像でみると、中空部がNaに富む骸晶状の組織を呈していることが判り、元々高温からAnに富む骸晶状斜長石が急成長し後から中空をAbに富む斜長石を埋めたことが考えられる。(3)については、個々の苦鉄質包有物で鉱物組成が異なり、一部のものでは斜長石はAn91のものが産する。斜長石は一般に正累帯構造を呈する。角閃石組成も斑晶のコア組成に類似するものから石基組成に類似するものまで、個々の包有物中では狭い組成範囲を呈するが全体として斑晶で認められた組成分布と類似する。(4)3試料のうち1試料ではピジョン輝石、普通輝石、斜方輝石が含まれ、上記のような温度が求まったが、他の2試料では斜方輝石のみが認められた。磁鉄鉱−チタン鉄鉱の組成からは、760℃、790℃、800℃、ΔFMQ=1.9〜2.4という値で、これは斑晶から得られる低温端成分マグマの温度に対応している。
Sparks & Marshal(1986)やBlake & Koyaguchi (1991) によると、2つのマグマが関与してマグマ混合が生じる場合、温度差が大きく、高温マグマの割合が小さい場合にのみ、高温マグマは急冷され結晶化により固化して苦鉄質包有物が生じることが指摘されている。そのような条件でシリカに乏しい苦鉄質包有物が生じたが、高温マグマの割合が大きい場合や、高温マグマがより珪長質で温度差が小さい条件では2つの液は混合(hybridize)していき、均一な混合マグマが生じる。あるいは、Couch&Sparks(2001,Nature)が指摘するように、成層マグマ溜りの境界層上部の斑状珪長質マグマが熱伝導により過熱され高温無斑晶質マグマになり、それが対流混合して母岩のデイサイトが生じたのかもしれない。Holtzらは、斑晶組成の解析により、雲仙岳の混合端成分マグマの組成・温度を見積もったが、その高温端成分はSiO2=62-64wt%で1,050℃程度あり、それは苦鉄質マグマの熱により加熱された斑状デイサイトマグマである可能性が考えられる。一方、斑晶角閃石の累帯構造からは、その生成にマグマの主成分組成は変化せずに揮発性成分のみの添加・脱ガスが生じたことが示されており、2つの温度・組成が異なるマグマの相互作用で過熱、急冷、結晶作用、発泡・脱ガスが岩石組織から観察され、そのようなシステムのマグマ混合を生じる流体力学的な過程の理解が望まれる。