神戸大学大学院自然科学研究科
万年 英之
食べ物の「おいしさ」とは個人差があり、その評価は簡単ではありません。牛肉では、「柔らかさ」、「風味」、「多汁性」がおいしさの大きな要素となると考えられています。神戸大学ビーフを生産する黒毛和種は、肉質の高さから世界的にも評価されています。この高品質は「脂肪交雑(さし)」が良く入るためであり、その結果、「やわらかさ」や「多汁性」が向上します。
一方、「風味」は最も評価が難しい形質ですが、「風味」に関係するものとしては脂肪酸の質が影響しているといわれています。脂肪酸の種類には大きく分類して、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があります。不飽和脂肪酸の割合が多くなると、脂肪が融ける温度が下がります。融けやすい脂肪は、口の中で脂肪の風味が広がりやすくなることにつながります。また、不飽和脂肪酸は牛肉の熟成期間中に芳香物質となり、「風味」に対する指標となります。さらに、飽和脂肪酸の過剰摂取は血中コレステロールの増加をまねくことから、不飽和脂肪酸含有量が多いことは健康にも良いとされています。
我々の研究室では、脂肪酸の質に影響する2つの遺伝子を発見しました。脂肪の不飽和化に関係するstearoyl-CoA desaturase (SCD)およびSCD遺伝子を調節するsterol regulatory element binding protein-1 (SREBP-1)という遺伝子です。
SCDにはAA、AV、VVの3タイプの遺伝子型があり、Aを持つと不飽和脂肪酸が多いことがわかりました。SREBP-1ではSS、SL、LL3タイプの遺伝子型があり、Sを持つと不飽和脂肪酸が多いことがわかりました。表にその効果を示します。SCDではAタイプを有しないVVタイプを基準とすると、AVでは0.81%、AAでは2.11%不飽和脂肪酸を増やす効果があることを示しています。
遺伝子型 | 不飽和脂肪酸含有量 | |
SCD遺伝子 | AA | + 2.11% |
AV | + 0.81% | |
VV | − | |
SREBP-1遺伝子 | SS | + 1.27% |
SL | + 0.44% | |
LL | − |
これらのDNA型は、下記の図に示すように簡単なDNA診断で判断することが出来ます(とはいっても、診断するための施設や技術は必要ですが)。
このように、SCDのA型やSREBP-1のS型を多く持つ牛は、より不飽和脂肪酸が多い、つまりより美味しい牛肉を生産します。もちろん、牛肉の不飽和脂肪酸の割合は、エサや温度などの環境によっても左右されますし、ここで発見された以外の遺伝子によっても影響を受けると考えられます。これらについては、今後も研究を続けてまいります。
このように、神戸大学ビーフは最先端のDNA技術を用いた評価も行っています。現段階では、すべての神戸大学ビーフがAA型、SS型というわけにはいきませんが、今後もこれらのDNA技術を用いて神戸大学ビーフの改良を進めていきたいと考えています。