1.研究の背景・目的・方法
平成4年,政府は建物の老朽・狭小を理由に「公共賃貸住宅建替10箇年戦略」を打ち出した.これによって,老朽化した公営住宅団地は建替えられることになった.更新された公営住宅団地には,高齢化した従前居住者と福祉世帯が高い割合で集められることになった.平成8年度,公営住宅法は,急速な高齢化と経済社会情勢への対処として,一部改正された.法律改正の施行時通達によれば,改正理由は「真に住宅に困窮する者に対し,良好な居住環境を供えた公営住宅の的確な供給を図るため」であった.以降,公営住宅の入居資格者はきわめて限定された低所得者に移行した.大阪府では,府営住宅の入居資格者のうち高齢者,母子,障害者世帯を福祉世帯とし,一般世帯と区別した.一般世帯と福祉世帯の公募の比率は法改正の前後で,8対2から4対6に変化している.
本研究は,「福祉住宅」の更新が地域に関わる人々にとってどのような意味をもっているかを明らかにすることを目的とする.そのために,地域と関わる専門家が福祉住宅の更新前後の地域変化をどう捉えているかを調べた.
調査方法は構築主義アプローチを用い,聴き取り調査で得られた言説の分析をおこなった.
調査対象は更新後の供給住宅規模が従前住戸数の1.7倍におよぶ大規模な大阪府営の更新公営住宅団地とする.
2.福祉住宅の政策の背景
大阪府は公営住宅の入居「募集方法」の変更の理由を@応募倍率が非常に高率となっているA募集の回数,種類,資格が細分化され複雑となっている募集の種類をできる限り統合し,府民に分かりやすい募集方法とするため.B高齢者の民間借家入居は困難な現状がある.の3点としている.また,社会資本整備審議会住宅宅地分科会によってまとめられた,「新たな住宅政策のあり方について(建議)平成15年9月」,それを受けての公営住宅管理に関する研究会による「公営住宅管理に関する研究会報告書平成15年9月11日」によれば,住宅セーフティネットの再構築がとりあげられている.見直しの基本的視点には@公平性A効率性が強調されている.見直しにあたり配慮すべき事項としては@居住の安定の確保A地域の実情B福祉施策としての対応の3点が挙げられている.
3.調査団地の概要
対象団地は建替え前で800戸程度の規模で,大阪府の周辺部の市に位置している.対象団地の立地する市の府営住宅所有比率(府営住宅戸数/住宅総戸数)は平均3.53%で,それより高く,府下44市町村中10位以内に入る.
4.聴き取り対象者の選定と分類
地域に関わる者は,[更新団地の従前居住者],[新規入居者], [周辺住民],[専門的な職種で地域に関わる者]の4つに類別できる.それぞれに簡単な聴き取りを行なった結果,変化は次のように捉えられていた.
[更新団地の従前居住者]は,建物の高層化や近所づきあいの変化を指摘していた.[新規入居者]は,前居住地に比べ更新団地のほうが自然豊富だとか,[周辺住民]は,更新前に比べ交通量か増え,違法駐車が多いといった周辺環境の変化を知覚していた.
一方,[専門的な職種で地域に関わる者]は,業務や地域活動を通じ,持っている独自の視点で変化を知覚し,評価していた.
そこで,変化を知覚し,評価する専門家,自治会役員等に注目し,これらを,地域に関わる専門家として位置付けた.
本研究は地域に関わる専門家の言説を分析し,更新前後の空間変化を明らかにすることを特徴とする.
地域に関わる専門家には関係行政機関で働く者,地域施設,自治会活動など地域活動をおこなう者がいる.聴き取り対象人数(職種:転職による複数在職を含む)の内訳は,公務員として職務する者30人(31職種),公的な支援費用を受けとり職務している者3人(3職種),無償で地域活動をおこなっている者6人 (3職種),民間事業者で専門職に付く者 5人(5職種)とした .聴き取り者総数は44人,職種は42種類である.更新団地と専門家の位置関係は(図−1)のようになる.
専門家は【団地更新に関わる専門家】,【福祉・医療に関わる専門家】,【教育に関わる専門家】の3グループに類別できる.
言説の分析は次のように分類しておこなった.【団地更新に関わる専門家】(知覚された変化/評価された変化/その他),【福祉・医療に関わる専門家】,【教育に関わる専門家】(建替え前後の変化/団地住民をどうとらえているか/その他).
5.聴き取り調査の結果
福祉住宅の更新前後の変化は以下のようにまとめられる.
【団地更新に関わる専門家】では以下の3点の言説がみられた.
@団地の建物,周辺を含む居住空間についての言説.「周回道路をとって,通過交通をなくせたのがよかった(道路公園課)」
A入居者自体についての言説.「弱い立場の人が多くなった,管理上の問題が多くあると聞く(住宅管理課)」
B団地居住者のコミュニティについての言説.「自治会がいうてもそれがどうしたん言う感じや(Z町自治会副会長)」
【福祉・医療に関わる専門家】では以下の4点の言説がみられた.
@入居者に質的な変化があることを指摘する言説.「健全に所帯としての形態を整えて生活をしてるところが少ない(保健所保健師)」
A更新団地のなかでは,入居世帯が孤立し,閉鎖した状況にあるという言説.「ドア閉められたら全然わからへん.(民生委員)」
B総合的な状況把握が困難になってきているという言説.「心身障害,身体障害者は保健所さん,保健センターは独居老人とか閉じこもりがちの方とか,どちらかといえば高齢者でも予防活動に力を入れています.後は,母子のケースワーカーとか(保健センター保健師)」
C変化は放置されたままであるという言説.「課の中で対策を立てるというようなことは特にしてない.(生活保護ワーカー)」
福祉・医療の専門家は,変化を各専門の場面ごとで個別にとらえていることが明らかになった.これは彼らの業務が細分化され,守備範囲を規定されていることによる.各々は場面毎で質的な変化があることを指摘し,困難な生活を抱える人が集積したとする.福祉・医療の場面で,「変化」は高度に専門化し,細分化された状態であらわれていることがわかった.
【教育に関わる専門家】では以下の5点の言説がみられた.
@特定の入居階層の集積を変化とする言説.「その子にあった対処を,きめ細かにしていかないといけない人数が増えた.(保育園長)」
A入居者が孤立しているという言説.「親同士のつながりが薄い(小学校学童クラブ指導員)」
B団地と地域の関係についての言説.「校区にいた子があそこに集まったといっても,そこに,地域があるわけではない(小学校教師)」
C同様な他の地域の教育現場でも同様な現象があるという言説.「府営抱えてるとこはしんどい.どこ,きいてても.(中学校教師)」
D教育現場での困難な状況についての言説.「急に子どもが増えることによって,考えられへんような大変さがある(小学校元校長)」
福祉・医療の専門家たちが,変化を各専門の場面ごとで分割した形で,多面的に捉えていたのに比べて,教育に対応する各分野の専門家は特定の階層の集積による課題の数量的増加を変化として認識していることがわかった.
6.結論
地域に関わる専門家は,更新団地に特定の階層を集積した結果生じた「変化」を,数量的増加,質的な課題の出現のそれぞれで認識していた.福祉・医療分野の専門家は活動の領域を分化されて,連携して業務に当たる場面が少ない.「変化」は個別に捉えられ,統轄的に把握されない.教育に関わる専門家は「変化」を一元的に明らかにしながら,その対応におわれていた.様々な変化を団地全体の中で総合的に俯瞰し,各分野の専門家がその専門性を有機的に関連させながら活動できる枠組の構築が必要となるであろう.地域の専門家は地域福祉法や介護保険法の導入以降,分断された範囲でしか変化を評価できなくされた.特定の階層を集積する福祉住宅は地域空間を歪ませる.福祉住宅化が問題視される機会は巧妙に減らされたといえる.