1.ファンタジーハウスとは
18世紀末,ヨーロッパで起こった産業革命は近代の幕開けを告げた.空間のプランニングにおいても近代建築運動が盛んになり,建築家は近代科学の技術をバックにそれ以前のものとは異なる新しい手法を用いて空間を構成した.モダニズムを代表する建築家でル・コルビュジエは『住宅は住むための機械である』という有名な言葉を残している.ミース・ファン・デル・ローエは,空間を「ユニバーサル・スペース」と捉え,地球上の全ての空間は普遍的であり,歴史や風土,伝統などの影響を受けずに標準的に空間をプランニングできると考えた.また,彼の「Less is More」という言葉からは,何もない空間こそ最も機能的であり,従って装飾は一切必要ないといった近代建築の思想が読み取れる.彼らモダニストたちの手で築き上げられた近代の空間プランニングの手法と,その背後に流れる「機能主義」,「機械主義」,「標準主義」などの思想はその後の住宅・都市計画の基本理念となり,現代の空間構成に大きな影響を与えている.
ところが近年,「近代建築」の枠から外れた空間プランニングが顕著になり,住宅計画にも大きな変化が生じている.「機能」に置かれた住宅の“価値”が,別のところ,「記号・イメージ」へシフトしているのである.これは1960年代のポスト・モダン,ポスト・フォーディズムへの移行が大衆消費社会をもたらしたことに起因する.モノの記号化,シミュラークル化が進行し,あらゆるモノは他者との「差異示記号」として働く.
輸入住宅及び輸入住宅のデザインを引用し記号化したプレハブ住宅は,「機能」から「記号」への住宅の価値のシフトを端的に表すものである.ここではそれを,“ファンタジーハウス”と呼ぶ.ファンタジーハウスは,モダニズムの「リビング・マシーン」と対極に位置する「ポスト・リビングマシーン」である.本研究では,このファンタジーハウスを題材に,“どのような”記号が,“なぜ”,“誰によって”求められるのか,これらの観点から調査・分析を行った.
2.輸入住宅 −モデルハウス−
2−1.パンフレットのキャッチコピー分析
各住宅メーカーに記載されるキャッチコピーは『エスニシティ』,『ノスタルジー』,『ファミリー』,『アイデンティティ』,『ジェントル』といったコードに分類され,全体として“ファンタジー”の記号性をいっそう高めている.
2−2.平面プラン図の間取り及び間取りの表記
輸入住宅に特有の間取りがみられる(ユーティリティ,ウォークイン・クロゼット,セカンド・リビング,暖炉,サンルーム等).これらは記号性が高く,住宅に「ファンタジック」なイメージを与える.間取りの表記については,横文字,英語を用いたものが目立った.
2−3.デザインエレメント
外観デザインは,住宅の特徴を公開する重要な情報である.輸入住宅に特有の外観デザイン(急勾配の屋根,煉瓦の外壁,観音開きの玄関ドア,張り出し窓,煙突等)は,本来その国の歴史・風土・環境に対して持っていた意味や機能性から開放され,ファンタジーの記号として働いている.
3.市街地住宅
3−1.東灘区ファンタジーハウスの分布
震災による住宅倒壊の被害が大きく,新しく再建された住宅が多い元山中町に多く分布している.分布の少ない地域は,工業団地や公営住宅など,ポストモダン期に出現したファンタジーハウスとは対極に位置するいわゆる「モダニズム住宅」が立ち並ぶ地域である.
注目するべきなのは,「ファンタジーハウスが非常に多い地域」と「少ない地域」に明確に分かれ,中間にあたる地域が存在しないことである.ファンタジーハウスが立ち並ぶ環境は,“同質”の住人で周辺を囲い込み,それ以外の“他者”を排除しようとする傾向がみられる.
3−2.住宅目視調査
輸入住宅のデザインエレメントが,市街地のファンタジーハウスにも同様に持ち込まれ浸透している.ローマ字表記の表札が目立つ.本来の住人の所在を明確にする機能は低下し,外国の文字が持つイメージに価値が置かれている.モニターホンを設置している住宅は全体の半数近くにも上った.モニターホンによって,住人は相手を選別し,場合によっては排除することが可能である.モニターホンの高い出現率は,住人の他者への恐怖の表れであると考えられる.
4.市街地アンケート調査
4−1.住人・世帯の特徴
ファンタジーハウスの住人は,ほとんどが被災者であるが,被災程度が比較的小さくいにもかかわらず住宅を再建しているケースがあること,「私有地の持家」が圧倒的に多いこと,平均して敷地面積が広いことなどから,経済的に余裕のある世帯であることが伺える.
世帯主の職種としては,技術職・管理職などが多く,「安定・高給」という特徴をもつ.配偶者の職種は「無職」,つまり専業主婦が多い.経済的に世帯主に依存し,配偶者は家庭に生活の拠点を置くといった保守的な傾向は,ファンタジーハウスの住人・世帯を特徴付けるものである.
4−2.プランニングのプロセス
住宅再建の方向性は,世帯主と配偶者が決定決定するパターンが多い.住宅の内装デザインの中でもキッチンを重視した世帯が多いことから,特に生活の拠点を家庭に置く主婦がファンタジックな記号に強く反応するのではないかと思われる.
4−3.空間構成
敷地内にあるものについて調査した結果,プランターやヤシなどの樹木など,いわゆる“ガーデニング”が多いのが目立った.また,灯篭や松など,和風の置物や樹木も見られた.和風と洋風,それぞれの記号が無秩序に混在している.
ファンタジーハウスの和室保有率は,全体の76%と高い.これらの和室を構成している要素は,いずれも「掛け軸」,「日本画」など装飾性の高いものが多く,ファンタジーハウスにおける和室が「見せ物」的な性格を帯びていることがわかる.
和室が「見せ物」的な位置付けにあるのに対し,洋室は日常的に生活の場として使用されている.洋室,特にリビングルームにみられる要素としては,シャンデリア,応接セット,西洋画,ピアノなどが多く見られた.これらは単独で存在するよりも,互いに組合せることによって記号性をよりいっそう高められる.ファンタジックなイメージによって住人は自身のアイデンティティを体現している.
5.結論
以上のことから,次の結論が導かれた.
- メディアが発信する情報は住宅の記号性を強調・助長する.
- モデルハウスだけでなく,実際に建つ住宅も“広告化”し,住宅そのものがメディア的に作用する.
- 住宅の記号化は,住宅の外観だけでなく住宅を含めた敷地全体のあらゆるものに及んでいる.また,間取りや空間構成から住宅の内部にも住宅の記号化が進んでおり,住まい方にも影響を与えている.
- 住宅におけるファンタジーの記号は「差異表示記号」として作用する.ファンタジーハウスの世帯には,家族構成・就労形態・住宅建築のプロセスなどから一定の同質傾向が見られた.
- ファンタジーの記号によって住人は,“他者”との差異を表示する.それによって他者を排除すると同時に,“家族”や“同質者”とのつながりを強くしそこに閉鎖する.