1.研究の目的
古来,日本ではマチでもムラでも,墓地は死者のための場所,死者を葬り・弔う場所であった.墓地という空間は,生きている者が死者と対話し,死について考える場所として,日常生活の中に溶けこんでいたはずである.しかし都市が近代化するにつれ,墓地は次第に都市の中から姿を消していった.
墓地空間の都市化・近代化がなぜ・どのように起こったのか,神戸市の墓地・納骨堂の現況を分析することにより論証する.
2.研究対象と方法
<研究対象>
・『2000年版ゼンリン住宅地図・神戸市』記載の墓地
・『神戸市職業別電話帳』記載の寺院が所有する墓地・納骨堂
<方法>
地図記載分の墓地に関係する墓地管理事務所・石材業者営業所ならびに市内の寺院に対して,電話調査・訪問・ヒアリングを行ない,墓地・納骨堂に関するデータを収集した.また,特徴的な墓地と寺院について,一例ずつケーススタディを行なった.
3.墓地・納骨堂調査結果
- 市街地に残存する墓地は,ほとんどが寺院境内墓地をはじめとする旧慣墓地である.
- 北区・西区には,集落に沿う形で個人墓地が多く残存している一方で,山間部に事業型墓地が開発されている.
- 現在の市営墓園は中央区(追谷)→北区(鵯越)→垂水区(舞子)→西区(西神)の順番で,郊外へと開設されていった.
- 檀家・信者のみ納骨できる納骨堂も,宗派不問の納骨堂も,市街地,特に兵庫区を中心に集中的な分布が見られる.
- 郊外の建売住宅のような事業型墓地と,市街地のマンションのような納骨堂とが出現し,墓地空間は変容した.
4.寺院所有調査結果
- 墓地を所有する寺院の割合は,北区・西区で比較的高い.
- 納骨堂を所有する寺院の割合は,東灘区・灘区・中央区・兵庫区・長田区・須磨区など中心市街地で比較的高い.
- 市街地での墓地の新設は法的に認められておらず,市街地では納骨堂の増設が一層進むことが予想される.
5.ケーススタディ
市営墓地が郊外化した典型例として春日野墓地を,寺院境内墓地が立体化した例として正覚寺を選び,ケーススタディを行なった.
- 春日野墓地(神戸市中央区中島通5丁目)
神戸市は1899(明治32)年,江戸初期から墓地が存在していた旧慣部分(中島通5丁目)に隣接して東側(中島通4丁目)に市営春日野共葬墓地を,南側(籠池通4丁目)に春日野外国人墓地を開設,墓地の北東部分に火葬場を併設した.1923(大正12)年に一度大規模な拡張がなされた.戦後,近隣の宅地化が進み,神戸市は市営共葬墓地を全て鵯越墓園(北区)に移転(昭和38〜41),併せて外国人墓地も修法ヶ原外国人墓地(北区)に移転した.このとき,旧慣部分も鵯越墓園に移るよう市から要請があったが,使用者の反対が強く,移転は実現しなかった.現在は旧慣部分に約1800基の墓地が残存しており,1970(昭和45)年より使用者有志が設立した「神戸春日野墓地協会」により管理され,年間に数基のペースで空区画の整理・販売が進んでいる.市営共葬墓地と外国人墓地の跡地には,住宅・病院が建てられている.
- 市街地での墓地の新設は法的に認められておらず,市街地では納骨堂の増設が一層進むことが予想される.
- 正覚寺(しょうがくじ)(神戸市須磨区行平町1丁目)
正覚寺は,江戸初期の開基といわれる浄土真宗西本願寺派の寺である.1969(昭和44)年に本堂を改築,1980(昭和55)年に鉄筋4階建のビルを新築した.2〜4階は納骨室となっており,2段ロッカー式の納骨壇全654基と,納骨棚とがある.ビルの屋上に「屋上墓苑」と称し,200基の模擬墓石を設置している.屋上にある「墓」は全国初のケースである.
- 市街地の建築物と同様に,墓地も立体化した.
6.結論
<現在の墓地空間>
- 市街地の中で墓地・納骨堂は立体化し,都市化している.
- 公共化し(行政による墓園経営),商品化し(誰でも購入できる),ゾーニング(空間の分離)される…,都市や人が経験してきた近代化の過程を,墓地空間も経験している.
<今後の墓地空間>
- 「墓を持たない」選択をする人が増加し,新規の墓地の購入は滞る.既存の墓地は承継されず無縁化が進む.
- 死者の空間は墓地から納骨堂へと縮小していく.さらに,空間すら残さない「撒骨」など新しい葬法の出現により,死者の空間は永続性を失い,流動的・瞬間的なものになる.