1.研究の目的
前近代において,仏教や神道等の制度化された既成宗教とは異なり,地蔵信仰は村落共同体独自の民衆宗教であった.しかし,戦後の近代化により,地蔵信仰は危機をむかえたといわれている.地蔵は近代の建築,都市のプランニングによって排除されていく.前近代的・土着的なものに近代的・合理的な考えが介入する時,そこには摩擦が生じる.
本研究では,都市空間の更新が行われる時に,地蔵がどのように扱われたのかを調査によって明らかにし,現在の都市空間に存在する地蔵の意味を考察する.
2.調査概要
調査地域は神戸市灘区,阪急神戸線と国道43号線で囲まれた範囲である.この地域は1995年の阪神・淡路大震災による影響が大きく,その復興の過程で空間の更新が集約的に行われた.次に,地蔵の世話をしている人,もしくは地蔵が祀られている近隣の住民にヒアリング調査を実施した.ヒアリング調査が可能であった85箇所,317体の地蔵を研究対象とする.
3.地蔵の現状
3−1 現代人にとっての地蔵
ヒアリング結果(地蔵が調査地域内に祀られ始めた年代/祀られた経緯/所有者と世話人の関係)より,現代の人々にとって地蔵がどのような存在であるのかを示す.
- 地蔵が調査地域内に祀られ始めた年代は様々である.地蔵は古いものであるとは限らない.平成に入ってからも祀られている.また,地蔵は明確な祀られた経緯,祀る理由がなくとも,そこに存在することで人から人へ受け継がれていく.地蔵の所有者と世話人は必ずしも一致していない.所有地に地蔵が祀ってあり,近隣の住民が管理をしている場合,よほどのことがない限り地蔵を撤去することはない.地蔵は撤去し難い存在である.地蔵は現代の人々の広い意味での信仰心によって支えられている.
3−2 地蔵の居場所
地蔵の設置場所を分析し,地蔵が都市空間の様々な領域に存在していることを示す.都市空間を宗教領域,プライベート領域,共有領域の3つに分類する.
- 寺,神社の境内や墓地等の宗教領域に存在する地蔵は9箇所,家の庭等,自由にお参りすることができないプライベート領域に存在する地蔵は3箇所,家の軒先や路傍等,誰もが自由にお参りすることができる共有領域に存在する地蔵は73箇所である.地蔵の多くは共有領域に属し,学校や公園の敷地等,様々な場所に祀られている.共有領域の地蔵は建築や都市のプランニングの影響を受けやすいが,人目にふれやすく親しみ深い存在である.
4.地蔵の戦い
4−1 震災と地蔵
調査地域は震災による影響が大きく,その復興の過程で空間の更新が集約的に行われた.地蔵に対する震災の影響についてのヒアリング結果を示す.
- 多くの地蔵が震災の被害を受けた.社や地蔵を修繕,再建,新規建立した所が39箇所,一時的に地蔵を他の場所に移動させた所が4箇所存在する.また地蔵を祀る場所を移動させた所が22箇所である.
4−2 移動する地蔵
地蔵の移動歴のヒアリング結果より,震災以前の地蔵の移動を示す.
- 震災以前に45箇所で55回の移動がみられる.移動要因の約半数が,空間の更新(建設等)である.その他に「水害の際,川から流れてきた地蔵を持って帰って祀った」ケースや,「転居の際に地蔵も連れて行き新たな場所に祀った」ケース,「世話のできなくなった地蔵を,地蔵を祀っている他の場所にお願いした」ケースがある.
都市空間に存在する地蔵にとって,空間の更新は存続の危機となり得る.地蔵は都市空間の更新のたびに,存在が脅かされ,住民の保護によってその場に存続することができるか,もしくは,新たな場所に移動させられてきた.撤去された地蔵も多いと推測される.しかし,地蔵は都市空間に存続する強みを兼ね備えている.震災も地蔵にとって一つの出来事に過ぎない.地蔵は都市空間の更新やその他の危機的状況を乗り越えてきた力強い存在である.
5.地蔵の役割
地蔵盆についてのヒアリング結果より現代の都市空間の中で地蔵の果たす役割について示す.
- ヒアリング調査を実施した85箇所のうち,地蔵盆を行っているのは約6割の54箇所である.地蔵盆は,地域の人が集まる機会となる.地蔵盆に子どもより大人の方が多く集まる所も存在し,地蔵盆は子どもに限らず大人やお年寄りにとっても,日常のつきあいを深め合う親睦の場である.地蔵は場所の記憶を保持している貴重な存在である.地蔵が持つ独自の共有空間は,都市の活性化の源となる可能性がある.
6.結論
従来の地蔵研究には,地蔵をノスタルジーの観点から保護していくべきだと主張するものが多い.この考えは,地蔵は古いものであり,大切に保護しないと衰退していく消え入りそうな存在であることを前提としている.しかし,地蔵は過去の時代の遺物ではなく,近年にも建立されている.都市空間の更新の際,住民の信仰心に支えられ移動しながら存続してきた.地蔵は都市空間の更新の過程を乗り越えてきた.地蔵は都市空間に存続する構造的持続性を持つ.
近代における都市のプランニングは,更新を繰り返しながら,空間を純粋な近代空間に変換しようとしてきた.しかし,現実の都市には,両義性を持つ要素が混在している.近代的・合理的な空間に前近代的・土着的な地蔵は構造的に存続していく.都市は純粋な状態にはなりえない.線引きを行い,排除したはずのものでも,境界を越えて帰ってくる.都市のプランニングは,これらの存在を受け入れる柔軟性を持ったものであるべきではないだろうか.