WTC跡地の再開発についての研究
巽 洋子
2001年9月11日、ハイジャックされた二機の航空機の突撃によりWTC(World Trade Center)のツインタワーは一瞬のうちに崩壊し、多くの人が犠牲となった。その様子はテレビなどで中継され、世界中の多くの人々に衝撃を与えた。アメリカのグローバルな支配力を象徴するツインタワーは1966年にダウンタウンの開発を目的として計画・着工され、1973年に完成した。モダニズムとポストモダニズムの狭間にプロジェクトが進展したツインタワーは110階建ての超高層建築であり、ユートピアン・モダニズムの影響を受けた最後の垂直都市であった。
この超高層のランドマークは広い範囲からの視界に入り、多くの映画作品の中でNYを象徴するになくてはならないものであった。また、綱渡りやビルの壁面登頂といったアクロバットの「舞台」としても注目される存在であった。しかし、その立地条件からそこを訪れるのは通勤者と観光客中心であり、多くの人々にとってそれに接触する機会は限られていた。
テロの報道の過程で、ツインタワーが崩壊した跡地を、原爆爆心地を連想させるとして、「グラウンド・ゼロ」と呼称することがアメリカで定着した。このグラウンド・ゼロの再開発はアメリカの歴史における最大級の事業として進行している。グラウンド・ゼロのあり方について、多くの建築家は「アメリカ/テロリスト」の「勝つ/負ける」の関係を重視し、メガ・プロジェクトを再び建造する必要性を説いた。犠牲者遺族は失われた家族の記憶を象徴する空間の形成を求めた。「メガ・プロジェクト」と「メモリアル公園」の提案はグラウンド・ゼロへのプロジェクトに何を象徴させるかという問題を構成している。しかし、グラウンド・ゼロは高地価の都心に立地し、何かを象徴させるだけでなくその場所から収益を上げなければならない。また、近隣住民はそこが死者の空間となることを恐れ、死者だけでなく生き残った人々への敬意を表現するようなメモリアルのあり方を望んだ。さらに、グラウンド・ゼロは単独の敷地として存在するだけでなくダウンタウンの再生問題に関係する。グラウンド・ゼロのあり方は象徴をめぐる論点と具体条件が交錯するところから模索された。
この再開発のあり方に対しては以下のプレイヤー達が多数の声を交差させ、政治力学を駆動する。
- NY市
- NY州
- 連邦政府
- LMDC(Lower Manhattan Development Corporation)
- ツインタワーのリース権を保有するデベロッパー
- WTCの跡地を保有する港湾公社
- 遺族
- 市民
- 周辺住民
- 建築家
本研究では各プレイヤーの動きとプロジェクトに働く政治力学に焦点を当て、プロジェクトの動向を追うために、以下の調査を行う。
- アメリカ全紙のグラウンド・ゼロの再開発に関わる記事を資料としてプロジェクトの動向を追う。
- 現地において、近隣住民やプロジェクトに関わるプレイヤーのヒアリング調査を行う。