都市と野生動物〜街に現れるイノシシ〜

尾崎 友紀


1.序論
近年,都市に出没した野生動物がゴミや庭を荒らし,人に危害を加えるなど深刻な問題となっている.「都市」と「野生」の間には認識上の境界が存在する.本研究では,空間を確実に区別する境界はありえないのではないかという考えのもと,空間を「都市/野生」に区別することの意味は何なのか,区別された空間はコントロール可能なのか,これから私たちは空間をどのように捉え計画していくべきかを明らかにすることを目的とする.日本の都市に現れる野生動物の問題として,全国初のイノシシ条例が制定されるなど,とくに出没が問題とされている六甲山系南側のイノシシを中心に取り上げ,調査した.


2.「都市のイノシシ」の現状
神戸市の会議資料,文献を用い,制度(鳥獣保護法),出没・被害の現状を調査した.

2−1 制度
野生の鳥獣の生息空間である「野生」は公権力によって保護管理がおこなわれる.しかし「都市」または人間生活に被害を及ぼす野生動物は保護区内でも駆除の対象となる.「野生」を管理することは,「野生」を保護する目的と,「都市」の安全を守る働きがある.

2−2 神戸市におけるイノシシの被害と対策の概要
神戸市の会議資料によると,被害と対策は以下である. ・神戸市におけるイノシシの都市部への被害地域は六甲山南側全域であり,被害内容はゴミあさり等である.・昭和49年頃から餌付けが始まり,その翌年から被害が報告されており,餌付けが被害原因であると考えられている.・自治体による被害対策は,主にパンフレット・看板などによる啓発活動である.

法律によって「都市」と「野生」は境界をもって区別され,それぞれの保護のために管理される.その境界を突破し「都市」に現れた野生動物は解決すべき問題とされ,行政,住民は「都市」の安全と安心を得るため,境界の復活を試みる.


3.イノシシという存在
「問題」は,イノシシをどのように捉えるかによって異なってくる.現代の日本においてイノシシという存在がどのように構築され,意味付けられているのかを明らかにするため,朝日新聞記事データベース(1984.8〜2002.12)で『イノシシ』のキーワードで検索し,記事の題名か本文に『イノシシ』が含まれる記事2591件を抽出した.そのうち,本研究に関係のないものを除く1848件を対象とした.記事の内容から事実・認識を構成している項目106種をカウントし,12のカテゴリーにわけた.

  1. 記事数の経年変化
    全体として増加している.人間にとってのイノシシは,言葉で捉える存在としては身近になっていると考えられる.
  2. 年/カテゴリー別件数比較
    「イノシシに対する認識」と「イノシシに対するアクション」が常に高い割合で記事の内容を占めている.
  3. 項目別件数比較
    イノシシの出没が増加したといわれると,イノシシに対するアクションが取り上げられる.アクションは認識を伴い,同時に増加する.
    イノシシの個体数,出没ともに増加したと考えられている.人間によるイノシシの主な扱いは,食物と害獣である.被害の中心は山林付近であるが,都市部や山林から距離のある地域への出没も取り上げられ,増加している.人間と野生動物の接触が注目されている.
    イノシシは,有益な食料や駆除すべき害獣,守るべき自然象徴と,多様に捉えられる.イノシシの両義性が表れている.


4.「都市のイノシシ」に対する反応
4−1 地方自治体の所見
自治体(兵庫県 神戸市 東灘区)はイノシシ出没の原因を餌付けだと考えており,人間とイノシシの距離を持った共存関係を求めている.

4−2 イノシシとその問題に対する認識
六甲山系のイノシシを,その問題に関わる人がどのように捉えているのかを明らかにするため,イノシシと係わりを持つ以下の対象にヒアリングをおこなった.
イノシシによる被害者は,問題発生の当初は解決を他者に求める姿勢が強かった.現在は自衛をおこなった上で,イノシシの存在を許容する傾向が見える.また,被害にあう現在でも「ウリ坊はかわいい」といった認識を持ち,イノシシの両義性はひとりの人間の中にも存在する.以前からイノシシに接触のあった者は,イノシシ出没によって認識が変化したということはなく,個人的にイノシシとの係り方を変えるという意識もない.しかし問題に対する見解はそれぞれ持っている.共通している点は「イノシシは山に住むべきである」という認識である.「野生」という空間は限られた区域であってほしいという個人レベルでの空間認識が見える.
立場によってイノシシ問題に対する考えは異なるが,それぞれにイノシシのわりきれない両義性が影響している.


5.結論
都市空間に関る制度は,境界を設けて空間を「都市」と「野生」に区別し,限られた場所を「野生」として管理,保護しようとする.同時に,「都市」の安全を守ろうとする.
しかし,境界は人間の認識上に存在するものでしかありえず,イノシシは境界を越えて「都市」に現れる.
この境界を越えるイノシシに対する人々の反応は多様である.一方において,イノシシを境界の向こう側に押し戻し,境界の再生と強固化を目指そうとする反応がある.人々は柵を設け,駆除を行う.しかし,他方において,イノシシを餌付けし,愛護しようとする反応がある.人間の野生に対する反応は簡明ではなく,両義的な複雑性をともなっている.人々のイノシシへの反応は,彼らの野生との接触に関る経験の影響が反映していることが多い.
したがって,イノシシに対する人々の「対策」は具体的なケースに応じた幅を持たざるをえない.換言すれば,イノシシへの「対策」は排除/愛護の二者択一,ということにはならない.ある場所では,自衛をおこないながらイノシシの存在を許容するという「対策」が検討されている.しかし,人身事故などが起これば,捕獲も仕方がない.
この状況は,「都市」と「野生」の区分が線状の明確な境界によるのではなく,帯状の幅をもち,その範囲内において具体的な場面に応じた多様な「対策」が生まれている,ということを意味する.都市空間に関る制度と技術を検討するにさいしては,線による空間の明快な分割だけではなく,「対策」の多様性を許容できる空間の設定,という方法がありえるのではないだろうか.




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