地域空間としての寺院 −その歴史変貌と展望−

永井 史子


1.問題の所在と研究目的
近代以前,寺院は大きな地域的役割を担っていた.現在の役所・教育機関にあたる職務を代行祭礼の実施など社会的・文化的に複合した機能を有していた.寺院の空間もそれに対応して高い開放性を備えていた.
しかし,近代以降の都市化は地域空間の要素としての寺院の特性を変容させた.人口移動・核家族化に伴い,地域との関係は希薄になった.建築法規による都市の高度利用の志向等は寺院に対し,敷地の小規模化や建築物の近代化を促した.これらを背景に,寺院の地域的な役割は縮小してきた.
これまでの寺院に関する研究は,宗教論・建築論に主眼を置いたものが主であった.本研究では,寺院を地域空間の構成要素の一つとして捉え,地域空間計画的な立場から寺院の考察を試みている.


2.研究方法と調査概要
市街地に立地する寺院の日常的機能,空間,非常時の役割について,1940年から現在までの変容実態を聞き取り調査によって明らかにすることを目的とする.寺院の機能は以下の2つに分類した.
空間については,敷地,建築物,塀や門といった他の敷地との境界,建築物内部などを調査対象としている.また建替え等,建築物に関し大きな変化があった時期にも注目した.非常時の役割として1995年1月の阪神淡路大震災(以下震災とする)時の寺院の活動を調べた.調査対象は神戸市灘区に立地する寺院である.NTTの「タウンページ98年版」によると当該地区内に57ヶ寺が存在した.そのうち市街地での所在が確認できたものを対象とし,敷地面積,変遷,立地場所,震災の被害に関し,偏りなく20ヶ寺を選出した.そのすべてを訪問し住職に対して1ヶ寺あたり約1〜3時間かけて聞き取り調査を行なった.


3.全体の傾向
市街地寺院全体の変容実態を見ると,固有の機能が全体的に減少していることがわかる.都市部での人口移動,高齢化,檀家間結束力の低下が影響していると推測される.
しかし,他方では地域での和室の減少,檀家の要望を背景に寺院での法事,納骨堂の設置,教化の簡略化の現われである掲示板の設置など一部の機能が増加している. 非固有の機能も減少している.その背景には子供の減少,地域活動の縮小,他施設による機能代替の増加が考えられる.他方で,ホールの設置,ホール式の本堂による多目的利用といった機能の出現が認められ,地域との関係を再構成する新しい可能性が窺える.
空間については,敷地の小規模化,建築物の非木造・高層化,コンクリートなどの硬質な材料を採用した塀・門・外壁・屋外地面の増加,植物の減少,建築物棟数の減少,外陣(本堂内部で参拝者が礼拝する部分)の拡大とそこでの椅子利用が認められた.寺院の空間は,狭小化,硬質化,機能本位化してきている.
建築物の建替えに際しては,敷地の狭小性,木造採用の困難性,非木造の普及などを理由に建築物の近代化が指向されていたことがわかった.デザインでは「寺らしさ」を残したいという希望が窺えた.しかし,非木造構造の建築物に従来様式のデザインを完全に再現することは困難である.その結果,主要部分などにデザインエレメントの貼付けがおこなわれている.一方でコンクリート打ちっぱなしや,タイル張りの外壁など伝統に拘泥しないデザインも出現している.
震災時の役割においては,地域との日常的な結びつきが影響していたと考えられる.他方,避難所になったことから新たに地域との関係が強化される例もみられた. 震災後の多数の建替え,人口流出により上記の全体的な傾向が促進された.


4.寺院の類型
ここでは江戸時代の「一村一ヶ寺」のような,江戸時代以前から現敷地に存在する寺院を「近世寺院」,大正時代以降に移転,新設された寺院を「近代寺院」と定義し,両者を比較する.それぞれに10ヶ寺が該当した.
固有の機能に関しては,近隣に檀家が多く,地域住民の行事参加が認められた「近世寺院」の方が,「近代寺院」に比べて地域との地縁的結びつきが強いといえる.前者の方が,宗教行事,檀家の活動も活発であった.しかし,震災を契機にそれらの機能を縮小させ,後者の性格に類似してきている.非固有機能についても同様の傾向が認められた.
空間について比較する.「近世寺院」の敷地は広いが徐々に減少傾向にある.木造低層建築物が主流で棟数が多い.震災後は非木造も目立つ.「近代寺院」では,購入により敷地規模が増加しているが基本的には狭小である.木造低層建築物で棟数が少ない状態であったが,近年の建替えにより非木造・高層化している.植栽豊富,屋外敷地開放などの傾向が強い前者の方が地域の中の役割が大きいといえる.
建替えに際し,敷地の大きさが関係している.広い敷地を持つ「近世寺院」では「伝統」「近代性」の選択が可能である.「近代寺院」では敷地狭小のため,「空間の有効利用」が重視され,非木造3階建てにならざるを得ない.しかし,「寺らしさを残す」と言う希望が高く,結果として,伝統的意匠の貼付けがみられた.
震災時の被害と役割について比較する.被害は「近世寺院」で大きく「近代寺院」では比較的小さかった.日常機能と同様に前者の方が地域との関係が強く震災時の役割も高かった.後者でも避難所の役目を契機とし,地域との関係が強まる例もみられた.震災後,両者の差の縮小が促進されたといえる.


5.結論
調査結果を以下4点に要約する.




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