都市に描く
両澤 けよう
1.研究の目的と背景
都市の屋外空間には絵や文字が数多く存在する。一方では、「都市に描く」ことは犯罪行為とみなされ、そこに描かれた絵や文字は消去されたり、放置されたりする場合がある。他方で、建物のデザインとして外装に絵や文字を積極的に取り入れるケース、まちづくりの手法の一つや落書き防止策として公共の広場に地域住民が絵や文字を描くケースなどもみられる。「都市に描く」行為のなされ方、受け止められ方は場所や場面、描かれる内容、描き手などに応じて異なる。「都市に描く」行為の意味や意義、人々の意識について理解を深めることは、公共空間におけるアーバンデザインを行う上で非常に重要である。本研究では都市の屋外空間における「落書き」、「グラフィティ」、「壁画」の実態、および人々がこれらをどのように捉えているかを把握し、考察する。
本研究では、「落書き」を、都市空間の公共物や私的所有物に所有者の許可無く描かれた絵や文字、「壁画」を、所有者の許可を受けて描かれた絵や文字と定義している。また、「グラフィティ」とは、スプレーやマジックなどを使い壁などに描かれたレタリング文字やポップな絵の様式を指す。
2.「都市に描く」行為の社会的評価・認識
【手法】朝日新聞記事検索Webサービス「聞蔵Uビジュアル」を用いて、1984年9月から2006年10月までの記事のうち「落書き」もしくは「グラフィティ」の語を含み、なおかつ屋外空間に描かれた絵や文字、およびそれらを描く行為を扱う記事から無作為に半数(1355件)を抽出し、落書き・グラフィティに対する認識等を分析した。
【結果・考察】落書き・グラフィティに関する記事数は2003年まで増加してきた。記事内容を見てみると、記者、描き手、建物所有者・住民などが「都市に描く」行為を迷惑・犯罪行為であり、防止・排除の対象として認識している記事がどの年も全体のおよそ6割を占める。しかし、同時に、落書き・グラフィティが展示されたり、本や映画などの中で取り上げられたことを報じる記事、また数は少ないが、落書き防止の手段や街の景観デザインのひとつとしての壁画制作活動を紹介する記事が近年増加傾向にある。「都市に描く」行為を文化・芸術活動とみなし受容・促進の対象として捉える認識が増えてきた。
3.神戸の中心市街地における落書きの実態
【手法】神戸の中心市街地の中から用途の異なる12のエリアにおいて、2006年6月、11月〜12月にかけて現地調査を行ない、@落書きの材料と画法A落書きがされた建物の用途と対象物B落書きの大きさC落書きが広範囲に広がっている場所の有無D複数色のスプレーで描かれたレタリングや絵の有無を目視によって把握した。
【結果・考察】落書きは特定のエリアに集中していた。トアウエスト、三ノ宮高架下といった衣料品店や飲食店などの小規模な店舗の集まる商業地域で落書きが多かった。それに対し、磯上通や市役所・東遊園地、山本通、旧居留地などのオフィス街、住宅地、ブランド店が集まるエリアでは落書きは格段に少ない。また、落書きが多い地域においては、分布の特徴として落書きは大通りに面していない内側の路地で多発すること、複数の落書きが集中すること、材料と画法の特徴としては、大きな落書きが多いこと、スプレーによる落書きが多いこと、複数色のスプレーで描かれたレタリングや絵が多いこと、落書きが広範囲に広がる場所があることなどが分かった。落書きの比較的少ない地域では、材料・画法において、シールやステンシルといった現場での制作時間が短い落書きの総箇所数に占める割合が高くなっているという特徴があった。
全体として対象物は建物のシャッターや壁、路上の配電盤や電柱、花壇等が多かった。室外機、配電盤などの屋外設置機器はどの地域でも落書きの対象となることが多かった。また、離れた地域でも同じデザインの落書きがいくつも点在することから特定の人物が頻繁に落書きを行なっていると推測される。
4.落書きに対する人々の認識・評価
【手法】神戸の中心市街地の落書き多発地域であるトアウエスト、三ノ宮高架下の建物の所有者・関係者33名、行政関係者(建設事務所職員)2名、神戸・大阪で活動するグラフィティライター6名に対して、落書きに関するインタビュー調査を行なった。
【結果・考察】落書き多発地域の建物所有者・関係者は大半が落書きに迷惑していた。中には「何か伝えたいのだろう」、「もう少し上手く描いてよ」と落書きの描き手の動機や背景を察する者もいた。行政関係者は落書きとのいたちごっこに疲れたと言う。一方でライターは絵を描くことに対する純粋な熱意と関心を持ち、自己表現の場を欲している様子であった。描き手(ライター)と建物所有者・関係者、行政関係者はそれぞれ異なる立場から落書きに言及し、「都市に描く」行為に対して異なる認識を持っている。相互の理解が今後の課題である。
5.「都市に描く」行為を巡る場所の事例分析
【手法】神戸市内、ニューヨーク諸地域において、多くの落書き、グラフィティ、壁画がある場所、またはそれらにまつわる取り組みが行なわれている19の事例を取りあげ、新聞記事内の内容・言説分析、関係者へのインタビュー調査、ホームページ検索、現地調査等を行い、各事例における描き手の動機、描かれたものに対する人々の評価と対応を分析した。
【結果・考察】19の事例には、例えば以下のようなものがある。六甲アイランドでは住民によって無断で描かれた絵や文字を消す運動が行われた。JR鷹取駅のガード下には区の企画により、ストリートギャラリーと題した市民の描いた絵が並んでいる。元町高架下のある衣料品店は地元の若手グラフィティライターに壁を提供している。ニューヨークの5POINTZでは建物所有者がグラフィティライターに建物外壁全体を提供し、所有者の許可を得れば誰でも描く事が出来る仕組みになっている。描き手の動機(自発的/受動的)と人びとの反応と対応(受容・促進/排除・消去)の二つの指標で分類することが出来る。都市には場所、内容、描き手、場面に応じて多様な動き、評価をもった「描く行為」がある。この分類から「排除・消去」の対象となるのは、描き手の動機が「自発的」なものであり、「受容・促進」の対象となるのは、描き手が依頼を受けたものなどと計画的であり描き手の動機が「受動的」なものが多いことが分かる。
6.結論と提言
本研究から以下4点が明らかとなった。
@「都市に描く」行為を巡る社会的言説は、場所や場面、描かれる内容、描き手に応じて異なる。A落書きは無秩序に発生するのではなく、特定の場所で多く発生し、落書きの存在はさらに落書きを増やす要因となる。B「都市に描く」行為を巡って、都市には様々な意見や嗜好が存在する。C「都市に描く」という行為に対する反応や評価は多様であり、そのあり方も一元的ではない。
「都市に描く」行為は、迷惑・消す対象と捉えられることが多い。その中で、現在主流な動きとして描き手に依頼して絵や文字を都市に計画的に取り入れようとする動きがある。しかしそれと平行して、描き手の本当に描きたいという純粋な意思や自発性を街に柔軟に取り入れていく試みを促進することがあってよい。まちづくりの新たな手法として、描き手が自発的に描く事が出来、描かれたものが受容・促進の対象として評価される場所をもっと都市空間に取り入れてみてはどうか。
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