公共空間に住む人びと

溝端 倫子


1.はじめに
1999年度に行われた厚生省の概況調査で全国の野宿者の総数は2万451人と確認された.その原因は社会全体の再編・雇用形態の変化・ローコスト住宅の減少などである.その数は現在も増加しつづけている.
野宿者は彼ら自身の生活困窮という問題を抱えるだけではなく,路上や公園などパブリックスペースにおいてその生活の場を形成しているがゆえに,空間の次元に摩擦を生起させる.本稿では「パブリックスペースに住む人々」の出現という現象を,空間論の側面から,どのように理解すべきかという問題を扱う.T.ライトは「ホームレスのアイデンティティは都市空間の意味をめぐる複雑なネゴシエーションからうまれる」という.
具体的には,1朝日新聞記事データベース(1984.8.29〜2001.12.31)の検索サービスを用いて,野宿者に関係しかつパブリックスペースに関係する2034件の記事を検索し,その内全く関係のない記事を除いた1880件を資料として,野宿者のアイデンティティと「問題」がどのような言説によってどのように構築されるかを明らかにする.2近畿圏において野宿者の多く見られる,「天王寺公園」・「長居公園」・「西成公園」・「大阪城公園」・「四天王寺」・「あいりん地区」について,野宿者がパブリックスペースに実際にどのように存在しているのかを分析し,野宿者の実際のパブリックスペースへの居住の形態と周辺空間との関係を明らかにする.


2.新聞記事の全体的な傾向
まず,新聞記事を野宿者が存在する場所ごとに集計し,その全体的な傾向をみる.年間合計記事数の変化を見ると,近年記事数が著しく増加している.野宿者への認識をめぐる言説が増加をしており,アイデンティティと「問題」の構築活動が活発化しているといえる.
公共空間別の記事数の分布を見ると,公園(29.2%),路上(23.4%),駅(16.7%)などが上位を占めており,人の利用が頻繁で野宿者の姿が可視化している場所における記事数が多いことがわかる.


3.野宿者への視線
野宿者はどのような存在として認識されているのか.その点に着目して考慮した結果,新聞記事における野宿者は,社会の外部に位置づけられる[逸脱者],調査などによる[認知対象],ボランティア活動などの[支援対象],立ち退かせ対策への抵抗やリサイクルなどを行う[生活者],殺人・障害事件などの[被害者],その特殊性に注目される[表現素材],自由者とされる[憧憬対象]の7つにカテゴリー分けすることができた.
全体に占める割合の最も高いカテゴリーの年度別の推移から,1991年ごろまで[逸脱者]とされ,日常の外の見えない領域に置かれることで一般社会から隠蔽されていた野宿者が,1992年ごろからは人数の増加などにより「問題」として可視化し[認知対象]となり,さらに,2000年ごろから[支援対象]とされているというような,野宿者への認識の変化が読み取れる.


4.「呼び方」についての問題
「パブリックスペースに住む人々」にどのような名前をつけるかということは,その現象と「問題」をどのように構築するかを明らかにする手がかりとなる.「呼び方」の変更は,対象のアイデンティティや「問題」の認識の仕方の変化をしめす.
「パブリックスペースに住む人々」の「呼び方」を年度別に比較すると,1990年ごろを境に差別的な「呼び方」である「浮浪者」は減少し,代わりに「ホームレス」や「路上生活者」「野宿者」,修飾語・動詞を用いた「呼び方」などが増加する.1998-99年からは半数以上の記事が「ホームレス」を「呼び方」として用いる.
1999年2月12日に開かれた,厚生省などの国側と5都市による「ホームレス連絡会議」では,これまで都市ごとに異なっていた野宿者の「呼び方」に対し,「ホームレス」を統一的に使用し,共通の定義を与えた.しかし,この「ホームレス」という「呼び方」は,野宿者らにとって「浮浪者」という差別語をそのまま置き換えているというニュアンスを含む.同会議での「呼び方」と定義の決定は,当事者を含めない場面において,行政が野宿者への認識を統合しようとしているといえる.
野宿者対策は一般社会の内部と外部のあり方を投影する.同会議では自立支援事業を中心とした自立支援対策を推進している.バブル崩壊以前は立ち退かせのみを目的とする対策が主であったが,近年は野宿者の自立を支援する対策が主流になりつつある.
しかし,自立支援事業は勤労意欲がある野宿者のみを対象としている.結果,救うべき価値のあるとされた者は社会の内部へ再回収され,回収不能とされた病気や高齢の者は逸脱のまま放置される.また,自立支援事業は野宿者を施設へ入所させることを前提としている.この場合,施設の供給を根拠として野宿者をパブリックスペースから立ち退かせる施策が形成される.つまり,「パブリックスペースに住む人々」に対して,排除と回収は互いにリンクし,両方から立ち退かせの方向へ動く.


5.公共空間の摩擦
全国でもっとも野宿者が多いとされる大阪市では,各地で空間の利用に関する野宿者と市民との摩擦が発生し,対策が実施されている.
対策の目的は,その実施された年代により立ち退かせか自立支援かに分かれる傾向がある.また,対象となる空間の性質やその周辺の街並み,野宿者の居住範囲などによって実施される対策の内容は異なる.四天王寺や,周辺がオフィス街などであり野宿者の居住範囲が一部に限られる大阪城公園では,野宿者の数が多くても一方的な対策は行われにくい.逆に,周辺に住宅が多く,一般市民の利用が頻繁で,かつ野宿者の居住範囲が全域に広がる空間ほど,「問題」に関する活発な言説のやりとりと,野宿者へのアイデンティティの付与,一方的な対策が行われている.仮設一時避難所の建設は一般社会にとっての公園の適正化と問題の隠蔽と排除を実現するための有効な手段として確立しつつある.


6.結論
「パブリックスペースに住む人々」に対し,視線を統合し,「呼び方」を与えるなど,排除と回収の対象として統一的なアイデンティティを付与することで,「問題」は構築されていることが明らかとなった.近年の彼らの増加に伴って現れた新しい対策は,構築の作業の中に位置づいているといえる.
しかし,そのような一方的な価値観の押し付けによる対策によっては,抜本的解決はなされえない.生活の場の選択要素が,路上と住宅のどちらかしかないといった一元的な規範を変え,あいりん地区で実施される,簡易宿泊所の福祉マンション化のような,路上と住宅の間に新たな住い,生活の場を創造する対策を充実させることによって,社会の内部と外部の間の境界を取り除き,内と外という区分の枠組み自体を無効化させることが必要ではないかと考える.




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