被災市街地における公営住宅の役割と問題

溝端 倫子


1.はじめに
1995年1月17日の阪神・淡路大震災により,神戸市の住宅ストックは甚大な被害を受け,全住宅の15%の約8万戸が滅失した.その大半は被災6地区と呼ばれる東灘・灘・中央・兵庫・長田・須磨各区の市街地に集中した.そして,被災住宅の大部分を占めるのは木賃住宅・長屋住宅などの低廉な住宅であり,居住世帯は低所得者,高齢者などの低階層世帯であった.住宅の復興対策として神戸市は,1995年7月に「緊急3カ年計画」,1996年月に「復興プラン」を策定した.公営住宅は16,000戸の新規建設と22,910戸の供給が計画され,1999年3月の時点で公営住宅は計画戸数の102%の16,389戸が着工見込みであり,供給見込み戸数の100%に入居者が決定している.しかし,住宅被害の市街地への集中に反して,公営住宅の市街地への建設戸数は,用地取得などの問題から十分ではない.そのため,多くの入居世帯が住み慣れた土地からの移動を余儀なくされた.また,神戸市は公的扶助を受けるのにふさわしい「救済すべき対象」を被災した世帯の中から福祉的指標などによって絞込み,公営住宅への入居を許可した.結果,復興公営住宅の入居者は高齢者や低所得者,単身者などの「社会的弱者」と呼ばれる人々が多く集まる特異なグループとなった.
本研究では,これらの点を踏まえ,復興公営住宅の入居世帯を対象としたアンケート調査から,復興公営住宅の役割と問題を明らかにする.


2.復興行為住宅入居世帯の特性と入居理由
郊外の復興公営住宅には若年夫婦世帯,中域には日常の利便性を必要とする高齢無職世帯,市街地には通勤・通学の便を必要とする壮年家族世帯がそれぞれ多く入居しており,入居世帯の基本属性ごとの必要に応じて地域の選択が行われている.
また,入居理由に対する解答から,金銭面や公営住宅の市街地への供給不足などからやむなく入居しているケースが多いことがわかった.全世帯がその住宅や場所に納得して入居したわけではない.


3.世帯と生活の変化
震災直前と1999年とを比較し公営住宅入居世帯の震災後の変化を見ると,単身世帯・高齢世帯の増加が目を引く.前居住地から広域的な移住を余儀なくされた世帯は多いが,特に高齢者・低所得者は以前の職場で仕事を再開することが距離・金銭の両面で困難であり,新たに場所を選ばない低賃金の職に就くかそのまま失業するかという選択肢を選ばざるを得なくなっている.こうした要因から,無職世帯の割合が急激に上昇している.
離職と広域移動の問題は,生活面にも影響を及ぼす.震災の前後における生活の変化についての解答からは,緑や治安などの周囲の環境以外の全ての項目(通勤などの利便性,外出頻度,近所・親戚づきあい,世帯の総収入)で「悪くなった」という評価が得られた.入居世帯の希望する住宅像と実際に入居している復興公営住宅には大きな格差が存在している.


4.入居者の将来意向と不安
立地地域別に入居世帯の今後の転居予定を見ると,郊外では38%,中域では59.7%,市街では59%の世帯が「永住する」と解答している.震災以前と比べて世帯の収入は減少している上,震災によって低廉な住宅が多く倒壊したため,入居可能な住宅が他にないことが要因の一つと考えられる.
入居者の不安要素に関しては,「健康」,「将来の家賃」,「仕事・収入」に関する解答が多く挙がった.復興公営住宅入居者のみに適用される特別な家賃補助制度の実施期間が震災から5年目の今年までであるということもあり,入居者の不安の種は尽きない.


5.結論
住宅の「量」の早期復旧という面で公営住宅が果たした役割は多大である.しかし,特異なグループとして集められた復興公営住宅入居世帯は広域的な移動を強いられて隔離され,孤立する.しかもそこからの離脱は様々な要因によって困難でありそこへの定住が余儀なくされる.結果,震災からの5年間,不満や不安を抱きつつ毎日の生活を営んでいる.復興公営住宅は,安定した生活を送るための生活基盤という住宅の最も根本的な役割を十分に果たしているとは言いがたい.今後,入居者の長期的な生活の改善を試みた住宅政策が必要不可欠である.




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