1.研究の背景と目的
シングルの増加に従い,これまで夫婦と子の「標準世帯」が「持家を取得すること」を前提としてきた住宅システムのあり方は,その見直しを迫られている.“結婚して子供を持ち,やがて持家を取得する”というライフコースは,選択肢の一つになった.「標準世帯」というイデオロギーに変わって登場したのは,自由で主体的な「個人」である.シングルはその「個人」の表徴であるとして,その動向が注目されている.
しかし,シングルはこれまで「標準世帯」を形成するまでの一時期の状態と軽視され,あらゆる住宅施策はその対象から単身者を排除してきた.シングルの住宅の確保は誰にも増して自助努力に委ねられてきたと考えられる.
本研究は,標準外におかれ施策の対象から除外されてきたシングルが,どのように住まいを確保しているのか,またその確保にどのような条件が発生しているのかを明らかにする.その対象として,これまで「標準世帯」を形成する主力をなしてきた中年世代の勤労者に属するシングルに注目する.
2.研究の方法
これまでのシングルとその住まいに関する研究は,高齢単身世帯,母子世帯,女性,男性といった属性を取り上げ,さらにその対象を限定しているものが多い.シングルやその住まいは断片的にしか取り上げられておらず,その全体像や属性間の相互関係を明らかにする調査研究はなされていない.
それに対して本研究は,シングルの特性を表す指標である年齢,性別,社会階層,親との同居関係,配偶関係のうち,社会階層を勤労者に固定し,有配偶者との比較,年齢と親との同居関係を組み合わせた類型化とその比較により,シングルとその住まいの全体像を把握することを試みたい.
3.シングルとその居住実態に関する統計分析
国勢調査や住宅土地統計調査などの統計資料を用いて,シングルの増加と多様化,その住まいの動向を概観した.その結果,

これまで“標準世帯”を形成している割合が最も高いとされてきた中年世代において,シングルの増加が著しい.その世代において未婚者の増加が著しく,特に男性でその傾向が顕著である.

親との同居率の高さ,若年から高齢世代に至るまでの居住の不安定さ,労働力としての不安定さが指摘される.

近年の単身世帯の増加は,未婚単身者の増加によってもたらされている.中年単身世帯の住宅の所有関係をみると,持家率は減少の傾向にあり,住宅階層の格差は依然として大きくなっている.という点が明らかになった.自由で主体的,自立的といった一元的なシングル像は描けず,多様なシングルが存在している.
4.シングル勤労者の住まいとその条件
【調査の概要】

アンケート調査
連合兵庫の傘下にある労働組合の組合員(30歳以上の男女)を対象とした.調査期間は2004年8月〜9月である.調査票は,組合を通じて配布し,郵送による回収を行った(配布:1,900票,回答:822票,回収率:43.3%).分析は,事前調査の11票を加え,20代の回答者や年齢,配偶関係が不明な票を除いた794票(シングル票:195票,有配者票:599票)について行った.

インタビューによる事例調査
シングル勤労者を対象とし,2004年10月〜12月にかけて実施した.30歳〜57歳の男性8名,女性8名,計16名の協力を得た.
調査の結果は1)有配偶の勤労者との比較,2)シングル勤労者のなかで,「年齢・同居」型による類型化とその比較,の二点を軸に分析する.2)は,特性を示す指標の一つである親との同居関係について,父親・母親のどちらかと同居している場合は「同居」,どちらとも同居がない場合を「独立」として2分し,30代を「若年」,40代と50代を「中年」と2分して,4類型に分類した.
【調査の結果】
(1)有配偶者との比較分析
シングルを選択している勤労者が,有配偶の勤労者と全く違った住まいのプロセスを歩んでいることが明らかになった.有配偶者の多くが福利厚生制度といった資源を利用し,持家を取得していく一方で,シングルではその利用が限定されていた.このような制度資源の利用条件の差異が,現在のシングルと有配偶者の住まいの状況にみられる大きな差異につながっていると考えられる.
(2)シングル勤労者の類型化とその特性
シングルのなかでも,「年齢・同居」型の各類型により,住まいやその条件には大きな差異があり,それぞれに異なった住宅不安や生活不安を抱えていることが明らかになった.各類型の特性について,以下にその概要を述べる.

若年・同居:ほとんどが両親と暮らしている.親は何らかの就労があり,未婚の兄弟姉妹の就労があるケースもある.親の健康状態は比較的良く,本人の生活に影響が及んでいるようなケースは少ない.本人の家計への繰り入れがあっても,生活費のほとんどは親が負担していた.親・家族は十分に依存できる存在である.またそのほとんどが親の持家・一戸建てに住んでいる.出生時からずっと同じ住宅,同市町村内に住んでいるケースが多く,その居住は安定している.親は既に住宅ローンを完済するなどし,本人が住宅費用を負担するケースは少ない.結婚を志望している人が8割を占め,4類型のなかで最も結婚志向が強い.それゆえ,今後の住まいや生活を具体的に計画するに至っていない.「若年・独立」よりも大きい,漠然とした居住不安を抱いている.そのような不安の存在が,親からの独立に対して消極的に働いていると考えられる.

中年・同居:ひとり親(ほとんどが母親)と暮らしている人が多くなっている.親は後期高齢者となり,就労を続けているケースは少ない.健康状態が良くない親を抱えている人も多くなっている.事例調査では,親が要介護になるなど,本人に大きな影響が及び生活困難に陥っているケースがみられた.親・家族の持つ条件は悪変し,親は依存できる存在から負担を発生させる存在へと変わりつつある.親の持家に住んでいる人が約半分であるが,相続や建替え,住替えなどで持家を取得している人もみられる.住宅費用も本人が負担しているケースがあり,負担感が発生している.結婚を志望する人は約4割であるが,その意向は多様化している.年齢,親との同居,経済能力が制約になっていると考えている事例がみられた.今後の住まいについて,ひとりになった場合のことを深慮するようになり,親の家をどうするかの意識が高まっている.本人に独立や住替えの意思がありながら,親の条件により実現できないという事例があった.親の家という資産が前提にあり,住宅の確保に関する不安は小さい.その代償として,親の介護といった親に起因する莫大な不安が存在し,その不安は生活全般に及んでいる.

若年・独立:ほとんどが一人暮らしである.別居親は,「若年・同居」と同じく依存できる存在であるが,経済的な支援関係があるケースは少ない.借家住まいがほとんどあるが,その所有関係は4類型のなかで最も多様である.独身寮やワンルーム・マンションなど一時的な住宅に住まう人が多い.居住期間は短く,転職や立退き等による転居もあり,居住は安定していない.家賃を負担に感感じている人が多い.結婚を志望する人は約6割であり,「若年・同居」に比べて少なくなっている.住まいの予定は,勤務地や結婚など未定事項が多く,将来的な見通しを立てることができない.土地や持家に縛られたくないと考える,借家志向の人も多い.しかし,条件に見合うシングル向けの賃貸物件がないことや,経済的にも不利益な借家制度に対する不満を持っていた.独立していることで,相続の可能性は低くなっている.別居の兄弟姉妹が優先という事例が多かった.相続がない代償として,土地に縛られず,親への責任が軽減されるという考えがあった.

中年・独立:一人暮らしか,離婚して子どもと同居している人が多い.別居親の状況は,「中年・同居」と同じくひとり親であり,就労もなく,健康状態が良くないケースが多い.しかし,直接的な支援関係がある人はほとんどなく,居住地も離れていることから,本人の生活に影響が及んでいる人は少ないと考えられる.持家・マンションを取得している人が多い.借家住まいもいるが,一時的,仮住まい的な住宅に住むものはほとんどいない.将来に向けて安定的な住まいを確保するため,高い住宅ローンや家賃を支払っている人が多く,住宅費用の負担感は非常に大きい.結婚は,「結婚するつもりはない」が1/3を占め,最も消極的である.相続は,親との別居を選択したことから,その可能性は最も低くなっている.今後の住宅や資産の確保においても相続はあてにしていない.自助努力での確保が前提にあり,住宅ローンや家賃の支払いに対する不安感は非常に大きい.その一方で独立により,親に起因する居住不安からは開放されている.自己責任・自助努力の意識が高く,本人の病気や事故,収入の減少,老後の経済的困窮には大きな不安を抱いていた.
5.結論
「個人」として住まうことを選択すること,またはその可能性を想定することによって,条件や制約,不安を抱えている人が少なくない.「個の自立」や「自助努力」に関する意識や議論が高まるものの,それを安定的に支える社会・経済条件が何も備わっていないことが根底にある.「個人」を表徴するシングルに着目し,その住まいに存在する条件や不安の意味を明らかにすることは,「多様な個人」を前提とする全ての家族にとっての居住の改善につながるのではないか.