1.はじめに
近年、都心部における超高層建築の建設が相次いでいる。都市再生・経済回復を目的とした政府の取り組み、中でも建築・都市計画に関する一連の規制緩和施策は超高層建築の建造を推し進めた。これまで都心から周辺部へ水平方向に拡大してきた都市空間は、現在垂直方向に拡大している。都市空間の諸特性を把握するにあたって、都市を平面的に捉えるだけではなく、立体的に観察することの重要性が高まっている。
本研究では垂直方向に拡大する都市の実態の一側面を明らかにすることを目的として、東京都に立地する超高層建築物の特性を分析する。まず都内における超高層建築全体の特徴、建築・都市計画上の制度の現況を概観し、次いで、近年増加が著しい超高層マンションに着目して、その分布、価格、内部の施設などの詳細な分析を行う。
2.東京都内の超高層建築物の特性
【調査手法】東京都発刊『東京都建築統計年報(2005年度版)』の「超高層建築物一覧」を用いて、都内における超高層建築の増加の実態をマクロに観察する。この資料には、東京都に立地し、2005年3月時点に建築確認済みの高さ60m以上の建築物816 棟に関するデータが掲載されている。このうち竣工年不明の1棟を除く815棟について、階数、用途等の建物特性を分析した。
【結果と考察】超高層建築の竣工年別棟数を建物階数別にみると、超高層建築の増加のスピードが速まっていること、超高層建築はさらに高層化する傾向にあることがわかる。これらの建築物の分布をみると、大多数が都心部に集中している。用途では、住宅専用、および住宅と住宅以外の用途が複合された建物等、住宅系の超高層建築の増加が顕著である。
3.都内の都市開発プロジェクトに利用される制度
【調査手法】建築・都市計画上の制度の変遷を調べるとともに、都市再生本部、東京都が公表している制度の利用状況等に関するデータを用いて、各制度を利用したプロジェクトの特性を把握する。使用するデータは『東京都建築統計年報(2005年度版)』、『東京都における「市街地再開発事業の概況」』、東京都ホームページ「都市計画プロジェクト情報提供サービス」、都市再生本部ホームページ「都市再生緊急整備地域の指定状況」及び「都市再生特別地区の決定状況」である。
【結果と考察】近年、建築・都市計画上の制度には建築規制の緩和と手続きの迅速化への大きな流れがある。総合設計制度では、特例的な総合設計のタイプが続々と追加されており、これらが適用されると、割増し容積率が上乗せされる。地区計画制度でも、規制緩和手法として用いられる特例的な地区計画のタイプが次々と追加され、これらが適用されると条件に応じて、容積率をはじめとする建築規制が緩和される。これら新たに創設された制度は、住宅を用途とする建築物を規制緩和の対象とするものが多く、住宅の建設を誘導しようとする意図が見られる。
また、都市再生特別措置法の制定により登場した都市再生緊急整備地域では都市計画決定・事業認可の手続きが大幅に短縮される。さらに都市再生特別地区においては、建築基準法上の建築規制が撤廃され、緩和された規制を新たに設けることができる。このように次々に現れる規制緩和施策は、これまでの都市計画法・建築基準法が想定する建築物の容量を大幅に上回らせるものであり、都市計画法・建築基準法による規制の根拠を不安定化させる可能性を持つ。
こうした制度は高層、高容積の建築物の増加を促してきた。そして、これらの制度は都心部及び臨海部のプロジェクトに集中して適用されている。都心部や臨海部といった特定の地域に投資が集中し、都市空間の水平方向へ分化させる。
4.超高層マンションの価格特性
【調査手法】都内に立地し、2002年11月年以降に竣工又は竣工予定の超高層マンションの中から、分譲価格の詳細な情報が記載された販売資料を入手できた22棟を対象に、各住戸の階数と占有面積、平米単価、及び販売価格の関係を明らかにし、超高層マンションの価格特性を立体的に分析する。
【結果と考察】超高層マンションにおける住戸の階数と販売価格の相関のパターンは以下の3つの類型に大別できる。
1.住戸階数が上がるにつれて価格が微増してゆく「直線型」
7棟のマンションが該当する。立地場所はそれぞれ荒川区、江東区に2棟ずつ、品川区、墨田区、足立区に1棟ずつと都心周辺部に多い。この類型の典型である日暮里アインスタワーの住戸階数と各階の占有面積、平米単価、価格の関係を見ると、階数による住戸規模や価格の差異が少なく、上層階から下層階まで均質なマーケットが形成されていることがわかる。
2.最上部数階の住戸価格が突出して高く、それ以外の住戸価格は階数が上がるにつれて微増する「鉤型」
港区、台東区、江東区に2棟ずつ、品川区、豊島区に1棟ずつ、計8棟が該当する。この類型に属するルネッサンスタワー上野池野端は、住戸の規模・価格は、階数が上がるにつれ漸増し、最上階付近では突出して大規模・高価になる。
3.住戸階数とともに価格が等比級数的に高くなる「曲線型」
7棟のマンションが該当する。立地は港区4棟、新宿、渋谷、豊島区が各1棟と都心部が多い。この類型のマンションは多様な規模・価格の住戸から構成されていることが特徴的である。
これら22棟のマンションについて、最低階住戸の平均平米単価に対する最上階住戸の平均平米単価の比率、及び棟全体の住戸の平均平米単価を見ると、棟全体住戸の平米単価が高いマンションほど、最低階と最上階の平米単価の差が大きいことがわかる。22棟中、棟全体の平米単価が最も高いマンションにおいては、最上階と最低階の平均平米単価は2.61倍の格差があった。マンション間の住戸価格の差は、高層階住戸ではさらにひろがっている。類型別に見ると、「直線型」マンションは、平均平米単価が低く、地上の住戸と上空の住戸で市場価値の格差はほとんど見られない。これに対し、「曲線型」マンションは都心部に立地し平均平米単価が高い。この類型のマンションは住戸規模と平米単価における垂直方向の格差を設定し、それらの指標を相乗することによって上空と地上の市場価値に、より大きな格差を生み出している。これは、「直線型」マンションが多く見られるような郊外の空中と、「曲線型」マンションが多く立地する都心部の空中における住宅市場の格差は、地上における住宅市場の格差より拡大していることを示している。
住宅市場は垂直方向に分化し始めた。超高層マンショの住戸の規模・価格には、低層階と高層階で大きな格差があらわれている。都心の超高層マンションでは、地上と上空で異質のマーケットが形成されている。これまで水平方向に生じていた住宅市場の格差は、垂直方向に向かうことによって、より拡大してきた。
5.超高層マンション内のサービス・共用施設・セキュリティ
【調査手法】ここでは、超高層マンション内で提供されるサービス及び建物内の共用施設、セキュリティ設備の内容を明らかにする。調査対象は1999年3月以降に竣工または竣工予定の、建物内のサービス及び共用施設に関する詳細情報を掲載した販売資料を入手できた超高層マンションである。サービスに関しては20件、共用施設に関しては27件、セキュリティに関しては42件のマンションで資料が入手できた。
【結果と考察】超高層マンションには居住者に向けた各種のサービスが準備されている。「宅配発送サービス」(20件)、「クリーニング配達」(19件)、「フラワーデリバリー」(13件)、「タクシー・ハイヤーの配車」(13件)、「メッセージお預かり」(13件)、「ケータリングサービス」(13件)、「DPEサービス」(18件)、「コピー、ファックス」(15件)、「はがき等印刷」(13件)などを初めとして、多彩なサービスが居住者に提供されている。同様に、超高層マンションはスポーツジム、託児所、スーパー、シアタールーム、庭園、ゲストルームなど、多数の共用施設を建物内に併設する。これらのサービス・共用施設を利用することで、居住者はマンション外へ出ることなく日常生活の大半を送ることができる。
また、多くの超高層マンションは、高層階に「スカイ」「ビュー」などの名称を持つ施設を配置している。高層階の空間の価値を高める働きをもつこうした施設は、住宅市場の垂直方向への分化を促すよう作用すると推察される。また、セキュリティ設備として、マンション内のオートロックなどで施錠された扉が設置されている場所に注目すると、各住戸の扉のみならず、エントランスやエレベーターホールなど、各所に存在していることがわかる。特に、新しい超高層マンションでは、エレベーターから出るときにも鍵が必要とされ、自宅のあるフロアにしか降りられないようになっているものや、高層階のみにさらにロックを多く設けるものが現れている。これらの設備も空間の垂直方向への分化を促すものであると考えられる。
超高層マンションは、住宅のみならず、従来は市街地に分散していた店舗や施設の各種機能を一つの建物内に複合し、居住者の生活をその建物内部で完結させる。超高層マンションはいわば「都市の中の都市」とも呼べる空間を形成している。
6.結論
本研究より以下の4点が指摘できる。
(1)都市空間は垂直方向に拡大し始めた。都内の超高層の建築物は近年急速に増加してきた。それらの超高層建築には、建物のさらなる高層化、住宅を用途とするものの増加、都心への集中等の傾向がみられる。これらの傾向には、建築・都市計画上の制度における一連の規制緩和施策が大きな影響を及ぼしている。
(2)規制を緩和する制度は多くが都心部や臨海部で適用されている。今後これらの地域において、さらに大規模な開発が進むと思われる。このような傾向は、都心部や臨海部といった特定の地域の価値を上昇させ、建築・不動産市況の地域間格差を拡大させると考えられる。
(3)都市の住宅市場は水平方向だけではなく、垂直方向へ分化している。立地の違いによる住宅価格の格差に、低層階と高層階の格差が相乗された結果、空中での住宅のマーケットの差異はさらに広がった。都市空間の垂直方向への拡大は、住宅市場全体の差異の拡大をもたらした。
(4)超高層マンションは、「都市の中の都市」とも呼べる空間を形成している。これまで都市の中に分散していた多彩な機能を内部に複合し、内部で生活を完結させることで、超高層マンションは周辺の都市空間から孤立して建っている。また、内部に設置されている共用施設、オートロックは高層階の価値を高め、超高層マンションを上下に分化させる。
これまで水平方向に進んできた都市空間の拡大と分化は、近年では垂直方向にも進行し始めた。超高層マンションの増加は、都市の住宅市場や市街地空間の秩序の組み替えを推し進めている。今後の都市空間を観察する際に、従来のような水平方向の視点だけではなく、垂直方向へ着目することの重要性が高まってくると思われる。