1.研究の目的と背景
今日,街の多くの場所に野宿者が出現している.2003年3月に行われた厚生労働省の全国調査では,2万5296人の野宿者の存在が確認された.その数は現在も増加傾向にある.
野宿者の増大とともに,地域住民,行政,支援者,野宿者等の間でトラブルが多発するようになった.
野宿者に対する社会政策や,彼らの生活困窮そのものを対象とした研究はこれまでに多くなされてきた.しかし,そもそも野宿者「問題」とは何であるのか,誰が何を「問題」としているのか,が問われる必要がある.野宿者の周囲で発生する摩擦は,野宿者「問題」とは何であるのか,という論点と関連している.野宿者とその支援団体,周辺住民,行政は,「問題」をめぐって争うことで,それぞれの社会集団としての「問題」を構築していく.
本研究では,公共空間の野宿者をめぐる摩擦を題材として,言説がどのように構築されていくのか,その結果,どのような空間が生まれるのか,人々はどのようにしてそこに関っているのか,をそれぞれ観察することで,野宿者の出現という「問題」への理解を試みる.
2.研究の手法
- 朝日新聞記事データベースの検索サービス,"DNA(Digital News Archives For Libraries)のパワフル検索"を用いて,1984年8月から2003年12月31日までの,野宿者に関係し,かつ公共空間に関係する記事2820件を収集した.
- 1の記事を資料として,野宿者に対する社会の「認識の仕方」,「呼び方」及び「対策」の移り変わりをみることで野宿者「問題」がどのように構築されているかを明らかにする.
- 野宿者が多く存在する大阪市内8ヶ所の公園の実地調査を行い,現地での対策が新聞記事の言説にどのように反映されているかを考察する.
3.新聞記事の全体的な傾向
- 新聞記事の年間合計記事数,年間文字数は増加傾向にある.記事数・文字数の増加は,社会による野宿者「問題」の構築活動の活発化を意味する.
- 地域別では,東京都と大阪府が全体の45.5%を占めており,主に都市部で「問題」が発生していることがわかる.
- 場所別にみると,公園,路上,駅,河川敷などが上位を占めている.これらの場所は人の利用が多いことから野宿者の存在が可視化しており,「問題」となりやすいと思われる.
4.野宿者に対する認識の仕方
記事に表れた野宿者の捉え方は,「支援対象」「認知対象」「生活者」「逸脱者」「被害者」「表現素材」「憧憬対象」の7つのカテゴリーに分類できる.
1990年代前半に「問題」が表面化し2002年にホームレス自立支援法が制定されるまでの間,各認識の割合は横ばいであった.しかし,近年,犯罪に巻き込まれる野宿者の問題が多く取り上げられるようになってきている.
次に,地域による認識の仕方の違いでは,地方では,都市部に比べ「表現素材」・「憧憬対象」とされる事が多い.また,都市部の中でも,東京圏は,他地域に比べ,野宿者が「支援対象」,「認知対象」,「生活者」と認識される割合は10%以上低く,野宿者が「逸脱者」または「被害者」と認識される割合は10%以上高い.東京圏では,他地域に比べ,住居・生活保護・医療などといった貧困問題よりも,治安問題に対して多く関心が寄せられていることが伺える.また,「被害者」とする記事が多い地域では,「逸脱者」と認識する記事が多くなっている.
5.「野宿者」の「呼び方」
「野宿者」には様々な「呼び方」がある.「野宿者」にどのような名前をつけるかということは,野宿者「問題」の構築のされ方と相関がある.
1990年代以降,差別用語である「浮浪者」に替わって「路上生活者」が用いられるようになった.同時に「ホームレス」という「呼び方」が徐々にその使用割合を増している.
行政は,2000年の「ホームレス問題連絡会議」で野宿者の「呼び方」を統一することを決定し,社会による「呼び方」の集約化を加速した.現在では,「ホームレス」,「野宿者」,「野宿生活者」,「野宿労働者」,「路上生活者」等が主に使用されている.
野宿者は,一つ一つの記事において複数の「呼び方」で表現されるようになった.社会は野宿者に対し,新たな「呼び方」を次々と創出することで野宿者に新たなアイデンティティを付与している.文字とともに新たな意味を付加され長文化,複雑化した野宿者の「呼び方」は,社会の野宿者に対する見方が多様化していることを意味する.このことから,「問題」は変化し続けるものであり,一義的なものではないことがわかる.
行政は野宿者「問題」を対策化する際,「ホームレス」という「呼び方」への統一という手段を用いて野宿者を定義付けした.しかしそれは,対象のアイデンティティの固定化につながる危険を孕んでいる.なお,「ホームレス」という「呼び方」は,「浮浪者」・「乞食」というニュアンスも含む.行政の野宿者に対する価値観は,自らが定めた特定の「呼び方」に捉われず,社会が「呼び方」を通じて行う野宿者の構築活動に揺るがされ続けるべきである.
6.「問題」への対策
野宿者対策は一般社会の“内部”と“外部”の在り方を投影している.
1990年代前半は,立ち退かせを目的とする対策が中心であったが,近年は野宿者の自立を支援する対策が主流になりつつある.しかし,現在の社会システムは,この自立支援策を用い,野宿者を勤労意欲の“ある者”と“ない者”,さらには稼働能力の“ある者”と“ない者”に分類しており,結果として「救うべき価値のあるもの」は社会の内部に再回収し,「救うべき価値のないもの」は回収不能として,社会から“逸脱”したまま放置している.行政は“排除”と“支援”という2つの手段を用いて野宿者対策を行っている.
7.公共空間の摩擦
大阪市内の野宿者の存在が可視化される空間では,野宿者と近隣住民との間で軋轢が生じる.
長居公園においては,仮設一時避難所建設をめぐっては,"入所"か"立ち退き"という選択の元で野宿者は排斥され,西成公園においては,フェンスで周囲を囲むことで周辺住民との空間を断絶し,野宿者は視覚的に排除された.
大阪城公園や扇町公園においては,野宿者は公園利用者の妨げとならないよう一箇所に集まり隠れ住むことで公園内での存在を許された.一方で,中之島公園の反失業連盟や関谷町公園の野宿者は,自らの存在と共に生きる場所と「問題」の所在を主張し,行政や周辺住民との間に葛藤を生んだ.
近隣に住宅地が広がっている空間では,野宿者を排除する力が強く働き,逆に高速道路や河川,オフィス街等で囲まれている空間において排除の力は緩やかである.野宿者の存在が認められる空間と認められない空間の色分けが濃厚になってきており,野宿者は,社会の"内部"に位置する人と住み分けせざるを得ない.
8.結論
野宿者「問題」は,それが所在する地域や場所,捉える人の立場によって異なる仕方で認識されていることが明らかとなった.「問題」は自明ではない.
野宿者は,社会の"内部"に位置する人々により,その外見・状態から"社会を逸脱した存在"とみなされる.現在の社会システムは「問題」解決の際に野宿者を一度,社会の"外部"に位置付け,社会の"内部"に再編入するという手法を取っている.
しかし既存の社会システムの枠組を超えた野宿者という社会"外部"の存在の多様性を認識することによってこそ,現代社会の価値体系を再考する機会が生まれるのではないだろうか.それによって,現在の,社会を“内部”と“外部”に隔てる“壁”そのものの存在を無効化する可能性が生まれるはずである.