序章
バブル崩壊以降,住宅資産のデフレーションが進行している.住宅資産が低落した決定的な要因はバブル経済の崩壊と長期に及ぶ景気低迷である.その一方で,住宅の過剰建設も住宅価格の低下を促進する要因となる.戦後の住宅供給システムは莫大な住宅需要の圧力と安定的な経済成長を背景に構築されてきた.住宅が充足し,人口および世帯増加が鈍化しているにもかかわらず,バブル崩壊後も住宅の供給量は維持されている.
中古マンションの価格下落が著しい.バブル崩壊後の地価下落によって,優れた立地,設備,機能を備えた最新マンションが廉価で購入できる.中古マンションを購入するメリットは希薄化し,購入者は新築マンションに集中する.中古マンションは過剰化し価格低下が進行する.
低価格化の進む中古マンションを対象とする研究においては,管理機能の向上,建替えの円滑化を図りスラム化を防ぐための議論が主流である.これに対して本研究は,都市空間と中古マンションの動態的関係を把握するものである.中古マンションの資産下落の影響は各居住地域にとどまらず,都市空間全体の様相を変化させていることを理解する.同時にその一因が経済的な動機によって住宅建設を促す住宅政策にあることを指摘したい.
1章 住宅政策と住宅供給システム
住宅の超過供給と老朽化ストックの増大は,住宅政策において大きな課題である.2003年6月,社会資本整備審議会住宅宅地分科会において新たな住宅政策の基本理念が提示され,住宅供給をフロー重視からストック重視へと移行することが掲げられた.
しかし,政府は都市開発と住宅建設を経済の起爆剤として活用している.高層化・高容積化を容認する建築基準法の改正・都市再生特別措置法の制定など一連の規制緩和は新築マンションの建設を促進する.
住宅金融制度,住宅税制は新築物件に有利な条件を提示し,これらの購入を誘導している.住宅金融公庫の返済最長期間は新築住宅では35年であるのに対し,老朽化した中古物件では20〜25年である.住宅ローン控除制度の対象は築後20年以内の物件に限られ,不動産取得税の軽減措置は築年数によって軽減額が異なる.
住宅供給は依然フロー重視で実施されており,ストック重視の上記理念とは矛盾するものである.
2章 住宅資産の急騰と暴落 −バブル期マンション−
価格低下の進む中古マンションのサンプルとして,首都圏・近畿圏を対象にバブル期(住宅価格が高騰した1988年から1991年までとする)に販売されたマンション(以下バブル期マンション),のデータを分析する.
【分析手法】
住宅価格を系統的に集計した資料は存在しない.不動産経済研究所発行の「全国マンション市場動向」から1988〜1991年において新規に供給されたマンションについてのデータを,リクルート発刊の「週間住宅情報STYLE首都圏版」「同関西版」の2002年5月分から建築年時1988〜1991年の中古マンションのデータを抽出し,両者の比較を行った.首都圏・近畿圏あわせて,前者の集計は5,495件,後者の集計は3,095件に及んだ.
【分析結果】
バブル期に建設されたマンションは,相対的に地価の低い郊外に集中した.地価高騰を反映し都心での住宅建設が抑制されたからである.都心では投資用のワンルームマンション,専有面積100

を超す超高級マンションなどが,限られた富裕層をターゲットとしていた.郊外では80

前後のマンションが多く販売され,ファミリー層を中心とした平均的な消費者が購入したと考えられる.バブル崩壊後,都心のワンルームマンション・超高級マンションの価格は新築販売時の15%程度にまで低落し,郊外のファミリーマンションの価格も40%程度に下がった.郊外マンションの価格低下は都心部と比べると軽度であるが,都心のマンション供給が少数であったのに対して,郊外のマンション供給は大量であった.多くの一般的な消費者が過大な損失を抱え,経済的な打撃を受けた.
3章 住宅資産の低廉化 −1,000万円未満マンション−
住宅価格の低下が深刻化し,住宅資産は低廉化という局面に達している.そこで中古マンションの低廉化の実態を把握するために,1,000万円を下回るマンション(以下低廉化マンション)のデータを分析する.
【分析手法】
データ集計にはリクルート発刊「週間住宅情報STYLE首都圏版」「同関西版」を用いた.同誌の2002年5・7・9月に掲載された販売価格1,000万円未満の中古マンションを抽出し,分析を行った.低廉化マンションの掲載は首都圏で2,604件,近畿圏で1,252件であった.
【分析結果】
低廉化マンションも地価の同心円構造の影響を受けている.都心から離れるほど低廉化マンションは多く,郊外で最多戸数を示した.都心では依然として地価は高く,低廉化マンションの多くは40

未満のマンションである.郊外で大量に発生している低廉化マンションには40

から60

までの中規模タイプの物件が多い.これは1970年代に住宅公団や住宅供給公社によって建設された団地が過剰化しているものと考えられる.
4章 都市空間のフラグメンテーション
住宅価格は大幅な下落に直面しているが,現在も住宅価格の地理的分布は同心円構造を保っている.マンション販売価格,

単価は中心部から離れるほど低下する.
しかし近年では,都心と郊外の住宅価格の格差は縮小している.マンションの販売は郊外から徐々に都市中心部へとシフトしており,「都心回帰」現象が進んでいる.0〜10km圏でのマンション販売戸数は,バブル期の6.7倍に膨れ上がった.これに対して,都市から50km以上離れた地域では,マンションの供給戸数は大幅に縮小された.
都市拡張期,バブル期のマンションが20〜30km圏に集中して供給され,近年のマンション建設が都心へとシフトしていることが,中心部から30km以上離れた地域の団地の低廉化を促進した.都心の新築マンションが需要を吸収し,居住者の転出が続くマンションは値崩れを起こす.居住者が減少し管理機能が低下する団地・マンションは衰退するエリアを生み出す.都市は空間的な連続性を失い,フラグメント化の予兆を示し始めた.
5章 ケーススタディ−T団地へのアンケート調査−
2002年12月,政府はマンション建替え円滑化法を制度化し,中古マンションに対してストックの有効利用ではなく建替えを推進している.ストックの低廉化および老朽化に対する政府の視点は,住宅建設の促進と建替えによる中古ストックの淘汰である.本章では,低廉化と老朽化が進む団地の実態を明らかにし,建替えが今後重要な手段となりえるのかを把握したい.
【分析手法】
分析はアンケート調査によっておこなう.調査対象はT団地である.T団地は1967年から1975年にかけて建設された37棟,総住戸数1,232戸の団地である.アンケートの配布件数は859件,そのうち回収件数は679件であり,アンケートの回収率は約80%である.
【分析結果】
T団地は低廉化マンションの典型的な例であり,設備,機能の悪化が進行している.低廉化は資産の下落を意味し,多大な負債を抱えた世帯も存在する.しかし,住民の住環境に対する満足度は高く,スラム化の兆候は見られない.
居住世帯は多様である.居住世帯は建築当初から居住している世帯,バブル期に入居し1,000万円以上の評価損を抱える世帯,T団地の低廉化によって入居可能になった若年層世帯などに分類される.建替えを望むかどうかの意見は定まっていない.
調査結果からわかる範囲に限っていえば,低廉化した団地のすべてがスラム化に至り建替えが必要になるわけではない.リノベーションによって現在のストックを活用し維持することが可能である.政府の建替え推進は単線的な視点であり,ストックの状況に応じた可変的な措置が必要であると考えられる.
終章
戦後の住宅政策や都市政策は住宅建設を促進し,都市を一新した.一時期に集約され更新された都市もまた老朽化し,再び集中的な改善を必要とする時期を迎えている.
しかしこの転機を迎えて政府が実施した政策は,住宅建設とその購入の促進である.過度の住宅不足に対応して建設された大量のマンションや団地は,30年を経過した現在,老朽化問題を発生している.これに加えて,ポストバブル期のマンション建設の増加は老朽化マンションに限らず,あらゆる中古ストックの余剰を加速し,資産低下をもたらした.中古ストックが退廃し,衰退地域が分散して発生し始めれば,都市は連続性を保たない分極化した空間を形成する.現在の都市再生プロジェクトや高層マンションの建設ブームは都市の分極化を助長するものであり,住宅供給に傾斜した住宅・都市政策は見直されるべきである.