V 議論


1 高松クレーター産ガラスの成因

 以上の分析結果から,高松クレーターに産するガラスの成因について記す.ガラスは火砕流堆積物中の角礫〜亜角礫として産するが,それ自体が溶結凝灰岩の破片の集積溶結したものであり,多段階の破砕・溶結過程を経て生じたものである.ガラスが赤色を帯ているのは通常の火山ガラスに稀な性質であり,インパクトガラスでしばしば認められる特徴であるが,火山性だとしても,地表付近で多段階の破砕・溶結作用を受ける過程で鉄の酸化が進行したとすれば説明可能であろう.ガラス中には自形斑晶が認められず,石英,カリ長石,斜長石,黒雲母等の基盤花崗岩に由来する結晶片が多く含まれている.この点は,一見,インパクト成因説に有利な特徴といえよう.ただ,suevite のような衝撃で生じたガラス質角礫岩では石英にラメラ構造が頻繁に認められるのに対して,高松クレーターのガラスでは,石英にラメラ構造は認められなかった.石英のラメラは断層岩である擬タキライト中の石英にもしばしば観察されるもので,強い衝撃で生じ(Carter, et al., 1990; Stoffler, et al., 1991),高温でも保持されると考えられるので,それが高松クレーターのガラス中の石英に認められないことは,ガラスが衝撃で生じたものではないことを示している.

 ガラスの化学組成について,インパクトガラスはしばしば,広い組成範囲をとり,Na2Oに乏しく,SiO2が80-100%のものも知られている(Fig. 5) (Koeberl, 1990; 平田・栗田,1993).また,FeO,Niが高い特徴もしばしば認められる.高松クレーターのガラス組成は,測定した範囲ではきわめて均一であり,インパクトガラスに特有の性質は示さない.むしろ,Fig.5にあるように,同時代の瀬戸内火山岩類の組成範囲に近い組成を有している.ガラス岩片は,流紋岩岩片とほぼ同じ結晶組織,全岩化学組成を有しており,さらに火砕流堆積物の基質とも化学組成が類似する.火砕流堆積物の基質は変質して沸石た多量に生じており(Miura et al., 1996; 1997),偶然に似た全岩化学組成になった可能性も全く否定することはできないが,変質でアルカリだけが移動し,その他の酸化物組成は保持された可能性が大きい.つまり,ガラスは火砕流噴火を生じたマグマと同じものであった.火砕流堆積物が瀬戸内火山活動の産物であるとすると,ガラスも瀬戸内火山活動の産物である,ということになる.隕石衝突に於いても,大規模な噴煙があがり火砕流ど同様な重力流が流れ,堆積する可能性が考えられている(栗田敬,1995,私信).ただ,高松クレーターは重力のコンターからみて,孔は1個,あるいは2個(北東側の小規模な負の重力異常)であり,複数個に分裂した隕石が衝突すると一般にクレーター列が生じる(Hodge, 1994)ことから考えて,隕石衝突があったとしても,高々2回であり,ガラスにみられる多段階の破砕・堆積・溶結過程を説明するのは困難なように思われる.


2 高松クレーターの成因について

 以上の分析結果,およびこれまでに知られているデータから高松クレーターの成因について考察する.高松クレーターの成因について,隕石クレーター説とコールドロン説が考えられている.隕石クレーター説の場合,物的証拠について,試料の地質学的位置づけ,データの詳細,分析精度,が説得的になされる必要がある.今回の分析も,これらの点に注意しておこなったが,隕石クレーターを支持する証拠は得られなかった.ただ,今回の分析・観察はきわめて限られた試料についてのものであるので,今後多くの試料,あるいはボーリングによるクレーター底部の試料で全く別の物的証拠が出てくる可能性は十分にある.隕石クレーターを考える一つの根拠にクレーターの周囲に大規模火砕流堆積物がみられない点もあげられるが,クレーター外の堆積物は浸食が進んだ可能性(長谷川・石井,1996)もありうる.長谷川・石井(1996)は,付近の五色台等に分布する中新統の下部に流紋岩質〜デイサイト質火砕岩層が広く認められることから,これらがコールドロンからの噴出物である可能性を示唆している.ただ,五色台付近の下部火砕岩については,局所的な噴出口が想定され,岩相も発泡した軽石を殆ど含まない等,コールドロンに由来する大規模火砕流堆積物とは考えにくい(Sato, 1982).石槌山コールドロンについては,コールドロン形成時の噴出物である天狗山火砕流堆積物はコールドロン内部でのみ観察され,コールドロンの外へ出たものは現在完全に浸食されてしまっている(Yoshida, 1984; 吉田ほか,1993).高松クレーターがコールドロンである証拠として,クレーター内でのボーリングコアが厚い火砕流堆積物で占められていることが挙げられている(長谷川・石井,1996).このコアは比較的大規模な火砕流の岩相をしているが,溶結は必ずしも強くない.軽石は偏平化しており,全体に固結しているが,これは変質により圧密・固化を受けたものである可能性が強い.野外でも一部で溶結した火砕流堆積物が認められ,またガラス岩片自身が強い溶結作用の産物であるが,それらは量的には多くはない.実相寺山南麓では厚さ30mにわたってほぼ非溶結であり,火砕流堆積物の露頭の大半は殆ど溶結していない.大規模火砕流でも溶結が進む場合(阿蘇火砕流,阿多火砕流)と殆んど溶結しない場合(入戸火砕流,洞爺火砕流)がありうるが,後者については,火口付近にあった地表水とマグマが反応して部分的にマグマー水蒸気爆発を生じている場合が多い.少量の外来水でもマグマと反応・蒸発することにより噴煙柱の膨張・外気の取り込みに大きな影響を与え,噴煙柱の温度を低下させ,そこから発生した火砕流は低温で非溶結のものになる場合が考えられる.そのような堆積物の場合,浸食に弱く地層として残りにくいのかも知れない.

 コールドロンである場合,環状割れ目や再生ドームの存在が一般に生じることが知られているが,少なくとも観察される火砕流と花崗岩の境界はアバットの関係であり,顕著な断層は観察されなかった.黒雲母デイサイトの溶岩ドームの分布をみると,クレーターの南東部では重力異常コンターの密な部分に多いが,より内部あるいはクレーター外にも似た岩質のものが分布しており,その分布が環状割れ目を示唆するかどうか,判断できない.高松クレーターの直径が4kmとすると,一般のコールドロン(直径6ー25km; Spera & Crisp, 1981)と比べて小さい.また,一般に,コールドロンはじょうご型カルデラよりも大きい傾向があるが,直径10km以下でもコールドロンは存在し(Yoshida, 1984; Kamata & Kamata, 1997),最近では直径3kmのコールドロンが記載されている(三浦,1996).高松クレーターの場合,負の重力異常分布が箱型をしており,火山性だとすればコールドロンである可能性が強いが,その活動史については今後の課題である.
 今回の分析結果は,高松クレーターがコールドロンであることを示唆するものであったが,完全に隕石クレーターであることを否定するものではない.隕石物質や衝撃変成鉱物等の隕石衝突の強い証拠が発見されればその成因は変わりうるものであるが,その可能性はかなり小さいと云えよう.