火山地質学分野セミナー   2000年10月24日(火)

相平衡関係からみたアダカイト質岩

               佐藤博明

 1990年以降,それまでの沈み込み帯のマグマ成因モデルに大幅な修正がおこなわれている.1つは沈み込みスラブの海洋地殻の部分溶融液(アダカイト質マグマ)が地表に噴出する場合がある,という証拠の提出であり(Defant and Drummond, 1990, Nature), もう一つはマグマが上昇中に周囲の壁岩との反応によりマグマおよび壁岩の化学組成が大きく変化する可能性が指摘されている点である(Kelemen, 1995 CMP). この講演では,特に相平衡の観点からアダカイトの生成条件や,マグマと壁岩の反応の過程について考察をおこなう.

【アダカイト生成の相平衡関係】
 アダカイトは高いSr/Y比や低い重希土濃度を有する等,ガーネットの分別の化学的特徴を有し,またSrに富み斜長石の分別が考えにくい組成を有している.そこでまずガーネット/斜長石の安定な温度・圧力条件について検討する.一般にかんらん岩ではAluminous phase は圧力の上昇に伴いplagioclase→spinel→garnet と変化し,1000℃でガーネットの安定下限圧力はおよそ20kbである(O'Hara, 1973). 玄武岩ではやや低圧の10-15kbでソリダスでのガーネットが安定になる.よりAluminousなメタグレイワッケでは約6kbでガーネットがソリダスの主要構成鉱物となる(e.g. Patino Douce, '96 JP).但し,系の#Mg(=100Mg/(Mg+Fe))が高いとガーネットの安定性は減じ,また酸素フュガシテイが高いとmt+qz+plに分解する.このようにガーネットの安定性は系の組成,酸素雰囲気,圧力,温度に影響される.

 ガーネットと共存する液組成について,海洋玄武岩の相平衡実験のデータを検討した.ここでは,Sen & Dunn ('94 CMP), Wolf & Wyllie ('94 CMP), Rapp & Watson ('95 J Petr) をとりあげ,さらに関連する実験としてtonalite の相平衡に関する Carroll & Wylli ('89 J Petr, '90 Am Min), Nakajima & Arima ('98 Isl Arc) のデータを用いた.これらは主に角閃岩を出発物質にしており水に不飽和な条件でのおこなわれている.また,実験の平衡についてRapp & Watsonは逆反応実験により,1000℃で8日,1100℃で4日程度で平衡が達成されていることが確かめられている.上記の実験の一部のものは1000℃以下で1日以下の実験時間しかないものも含まれている.上記のようにガーネットの安定性には系の化学組成が大きな影響を与えるが,それはol+pl+ opx = gar+cpx の反応の影響であることが考えられる.この点を見るために,部分溶融液のCIPWノルムC/woと圧力の関係を検討したが,必ずしもきれいな相関は見られなかった.むしろノルムC/woは実験温度と良い相関を示しており,950℃以下では液組成はノルムCを有するのに対し,1000℃以上ではノルムwoを持つようになり,1100℃では平均wo量は5-10%に達する.天然のアダカイトはA/CNK比はほぼ1.0程度であり,この点で溶融実験と矛盾はない.アダカイトマグマの温度は必ずしも明らかではないが,斑晶に角閃石・黒雲母が含まれているものがあり(大山・三瓶)800〜1000℃程度のものが多いと考えられる(Tsukui, 1986). また,酸素フュガシテイもNNO〜NNO+2程度である.上記の実験の中では,Nakajima & ArimaはHemが晶出しており,全体にやや酸化的であり,ガーネットの安定下限が1000℃で12-14kbとやや高目なのはその影響かも知れない.一方,Wolf & Wyllieの結果では10kb,850-1000℃で液はガーネット, Ca輝石,斜長石,角閃石と共存しており,そのSiO2量は57-65wt%と,同じ温度の他の実験と比べ比較的低い.また,ガーネットの組成は35-50mol%のpyrope成分を含んでいる.斜長石の安定性について,玄武岩質岩石の実験では15kb程度までは1000℃でモードで10%以上存在している.アダカイトの生成が沈み込みスラブで生じる可能性と,地殻下部で生じる場合が考えられているが,45kmより薄い地殻の場合は斜長石が残留相に含まれその影響が液の化学組成に反映される可能性が強い.沈み込スラブの場合では圧力は20-30kbで溶融が生じると考えられる.アダカイトは若いスラブの沈み込み地域で見い出されており,そこでは比較的短時間でスラブ上部の温度が700-900℃に達する(Peacock & Wang, '99 Science). このような条件で海洋地殻の部分溶融で生じるマグマのSiO2量は60-70wt%である.
【珪長質メルトと壁岩の反応】
 上記のように,沈み込みスラブの部分溶融で生じるマグマは比較的低温で珪長質なものであり,それが地表に達するには,より高温のウエッジマントルを通過する必要がある.近年,かんらん岩組成や安山岩組成の系統的検討から,マントルかんらん岩が珪長質メルトとの反応で組成を大幅に変化させた可能性が提唱されており(e.g. Kelemen, '91Nature, '95 CMP),また,かんらん石中のガラス包有物の分析からもマントルでの珪長質メルトの存在の重要性が指摘されてきている(e.g. Schiano & Clocchi-atti, '94 Nature) .これらの珪長質メルトはスラブ物質の脱水反応により揮発性成分に富んでいると考えられ,それと比較的高温ドライなウエッジマントルの反応で液組成がどのように変化するか興味が持たれる.Peacock & Wang が指摘したように,東北日本弧では古く冷たいスラブの沈み込みが生じているためスラブは容易に暖まらず,主要な脱水反応もより高圧で生じるため火山弧の下のウエッジマントルは水に富んでいる.一方,西南日本弧では,スラブはより高温で,多量の脱水は海溝側で殆どが生じてしまい,20-30kbでソリダスに達して脱水分解溶融を生じて珪長質メルトが生じる.この水を含んだ珪長質メルトが上昇すると,ドライで高温なウエッジマントルを通過せざるを得ない.マグマの上昇機構としては,浸透流,割れ目,ダイアピル等が考えられるが,ここではあくまでも相平衡の観点から珪長質マグマと壁岩かんらん岩の反応について検討する.マグマとかんらん岩では水の分圧が異なるので,対応する単純な系として,H2O-Fo-Di-SiO2系 (Kushiro, '72 JP) を考えてみよう.海洋地殻の部分溶融で生じた珪長質マグマはほぼ水に飽和してSiO2に富んでおり,Diss, Enss, Qz, fluid と共存する組成(下図のY)で代表できる.この液がかんらん岩と反応すると, olivine + liquid → opx の反応が生じる.ここで,系(かんらん岩+液) の温度が Fo+Di+En+fluid+ liquid の反応点の温度(かんらん岩のウエットソリダス)よりも低温であると,反応が十分進行すると珪長質メルトは消失してしまう.あるいは反応が不完全でdike としてマグマが貫入上昇すれば,珪長質なアダカイト質マグマがウエッジマントルを通過して地殻に供給されることになる.一方,系の温度がかんらん岩のウエットソリダスよりも高温であれば,反応によってopx が生じると同時に,液組成はYからXへ移動し液相濃縮元素組成が元のアダカイトに近い組成を有する高マグネシア安山岩マグマが生じることになる.つまり Y + Fo = X + En の反応が生じることになる.若い沈み込で予想される,水に富む珪長質マグマとドライなウエッジマントルの相互作用については,今後噴出物から得られる地球化学的情報と,高圧実験に加えて,このような過程を取り込んだ計算機実験やマントルかんらん岩の研究によってより具体的な像が描かれるであろう.
(図)Kushiro ('72 J.Petrol, Figure 5)


<主な文献>