(平成9年度東京大学地震研究所共同利用・研究集会報告書,津久井雅志編「南関東におけるフィリピン海プレートとその沈み込みに関係した玄武岩質火山の多様性とその変遷に関する研究」135-147p)


富士火山864年/1707年玄武岩質噴出物中の斜長石斑晶について

佐藤博明1・原 郁男2・小山美香1

1 神戸大学理学部,〒657神戸市灘区六甲台町1-1
     tel: 078-803-0567, fax: 078-803-0490, e-mail: hsato@kobe-u.ac.jp
   2 広島大学総合科学部(現在農林水産省)


                   要旨  富士火山864年および1707年噴出玄武岩はほぼ同じ全岩化学組成を有しながら異なった噴火様式を示した.噴火様式の違いは脱ガス過程の違いを反映し,それは脱ガスによる結晶組織にも反映されていると言う視点で噴出物の結晶組織,特に斜長石組成について検討した.斜長石コアの組成はAn60ー92に渡るが,そのMg/(Mg+Fe)比からみるとほぼ同じ程度分化した玄武岩質マグマから晶出したと考えられ,そのAn量は主にマグマ中の揮発性成分(水)量によって左右された.このように考えると,1707年噴火では,深部から少量の斜長石とかんらん石斑晶を含むマグマが短時間に上昇したため,マグマの脱ガスは不十分で,爆発的な噴火を生じた.一方,864年噴火では,上昇してきたマグマは側方の割れ目へ貫入し,その割れ目の上部で発泡・脱ガス・沈降することにより割れ目内部のマグマは揮発性成分に乏しくなりAnに乏しい斜長石斑晶を晶出した.一部の864年斜長石にみられる汚濁帯や逆累帯構造からみると,さらに深部より第2波の揮発性成分に富むマグマが上昇してきて,脱ガスしたマグマが占めていた側方割れ目に貫入,マグマ混合を起し,割れ目の先端が地表に達した地点で比較的静かな溶岩流出〜ストロンボリ式噴火を生じた.

1.はじめに:興味ある課題
伊豆諸島の火山岩に関する興味ある課題の一つにCaに富む斜長石巨晶の産出がある.この問題についてIshikawa(1958)が,最近は特に鉱物学的側面から木股ほか(1994, 1995)が総括・検討をおこなっている.特にMurakami et al. (1992)は三宅島産赤色巨晶斜長石の赤色の原因が自然銅ラメラの存在によることを指摘し,また,Kimata et al.(1995) はそれらに炭化水素が含まれていることを示した.また,富樫ら(1991) は新富士火山初期の噴出率の高い時期の溶岩中に斜長石巨晶が含まれることを指摘し,それが,大きなマグマ溜まりでの過冷却度の小さい条件で晶出した可能性をのべている.岩石学的にみると,これらの極めてCa/(Ca+Na)比の高い(最大 0.98: Kuno, 1950; 一色,1984; Kimata et al., 1995) 斜長石がどのような液からどのような条件で晶出したか興味が持たれる.これまでの天然玄武岩試料を用いた1気圧での溶融実験では晶出した斜長石のCa/(Ca+Na)は0.65-0.85の範囲である.この点に関して,Sisson & Grove (1993)はCa-Naの分配がメルトの含水量により大きく変化し,Ca/(Ca+Na)比最大0.95の斜長石を晶出するのに成功している.しかし,伊豆諸島のソレアイトは比較的水に乏しいことが推定されており(伊豆大島で0.7wt. %;藤井・荒牧,1988),元素分配の観点からの定量的検討が必要だと思われる.
岩石学的に興味あるもう一つの課題は,伊豆ー富士火山の玄武岩(ソレアイト)の分化機構についてのもので,この地域の噴出物が一定程度分化した組成(MgO=5±1 wt. %)である理由について,適当なメカニズムの提案が必要と思われる.富樫ら(1991)はこの点について,マグマ溜まりへの下方からの初生的マグマのインプットとそこからのアウトプットが釣り合った定常状態でマグマ溜まりの分化の程度がほぼ一定に保たれる機構を提唱している.しかしこの問題については流体力学的な側面からの検討も意味があるかもしれない.中央海嶺玄武岩については,Sparks et al.(1984)らが結晶分化過程の途中でマグマの密度最小が生じそのような組成のものが多く噴出することを指摘している.しかし,より含水量の多い島弧ソレアイトについて,分化中途のメルトが密度最小をとることは示されておらず,別の機構が働いている可能性も考えられる.
  一方,火山学の問題として,伊豆ー富士火山帯では玄武岩質マグマが全岩化学組成がほぼ一定でありながら,爆発的な噴火から静かな溶岩流出まで多様な噴火様式をとることが興味もたれる.伊豆大島は溶岩流が多くなだらかな山体をなすが,1986年噴火では爆発的噴火と溶岩流出がみられた.三宅島もなだらかな山体が特徴的である.八丈島は東山は比較的なだらかであるが,西山は円錐形の急勾配の斜面をもち,爆発的噴火によるアグルチネートが山頂火口付近に分布することが考えられる.今回とりあげる,富士火山の主要な歴史時代噴火である1707年/864年噴火についても,ほぼ同じ全岩化学組成で全く異なった噴火様式をとっている.富士火山は将来噴火したらその被害がきわめて大きくなりうることが予想される火山であるが,それが爆発的か,静かな噴火かで災害対策は極めて異なったものとなる.噴火様式の違いは主にマグマの脱ガス様式の違いによることが提案されている(Jaupart & Allegre, 1989; Woods & Koyaguchi, 1994).マグマの脱ガスは融点の上昇をおこすのでマグマは過冷却になり結晶作用が生じる.特に脱ガスは斜長石のリキダス温度を大きく上昇させるので,噴火様式の違いは結晶組織,特に斜長石組織に反映されることが予想される.我々は,このような観点で富士火山の1707年/864年噴出物について比較検討をしており(原・佐藤,1991; 佐藤・原,1991),ここではそれらの結果も含め噴出物の特徴を記載し,富士火山の2つの噴火の定性的モデルについて議論する.

2.富士火山1707年/864年噴出物の記載
今回対象にした1707年および864年噴火は,富士火山の歴史時代の噴火では規模の比較的大きな2つの噴火で,総噴出量はそれぞれ,0.7 および0.3 km3 (dense rock equivalent)であった(宮地,1983, 1988). 図1にそれら噴出物の分布を示す.1707年噴火は,同年10月28日の宝永地震(M=8.4) の49日後の12月16日に噴火を開始し,約2週間継続して12月31日に噴火を停止している.噴火口は山頂火口の南東2.5kmの宝永火口で,下位より第三,第二,第一火口の順に噴出した.初期の第三,第二火口からはデイサイト・安山岩質マグマが噴出し,最後の第一火口からは主に玄武岩質噴出物が放出された(宮地,1983).同地点からは約3000年前に砂沢スコリアの噴火があり,その場合も富士山では例外的に安山岩・デイサイト質マグマの噴火が玄武岩質マグマの噴出に先行した(津久井,1986).なを,1707年噴火では主に初期の噴出物中に斑れい岩質岩片がとりこまれており,富士山直下のマグマ溜まりでの結晶集積相が含まれていると考えられている(Arculus et al., 1991).今回,試料は宝永火口,幕岩,砂走付近で観察・採取した.
864年噴火は,その前に付近の駿河トラフでの巨大地震の記録は知られていない.この噴火は前兆現象や継続時間に関する十分な記録はないが,溶岩流出期間は数 ケ月以下であったと考えられる(震災予防調査会,1911).噴火は北西山腹の現在の長尾山で生じ溶岩流を北西方向へ扇状に流下させた.この溶岩は青木ヶ原溶岩と呼ばれているが,その西側の一部は長尾山ではなく,より北西側の小丘より本栖湖方面へ流出したと考えられている(鮫島,私信,1988).長尾山は比高約100mのスコリア丘であり,山頂部は北西に円弧状にえぐられており,溶岩流出に伴いスコリア丘の一部が北西へ持ち去られたと考えられる.青木ヶ原溶岩流は厚さ5ー20mで表面の構造はしばしば縄状溶岩の組織を呈しパホエホエ溶岩である.鳴沢には厚さ7mの溶岩流が凝灰岩に接して載っている.ここでは全体に粗い柱状節理(太さ1m弱)が垂直に入っている.上部20cm程度はガラス質でよく発泡しており,また,下部10cmもガラス質であるが気泡は粗いもの(場合によっては数cm以上)があり,周囲の石基からのしみだし(segregation vesicle; Sato, 1978) が認められる.溶岩断面の途中で水平に分布する気泡に富むゾーンは観察されないので,この地点の溶岩流は複数回のマグマの貫入による膨張(lava rise)は生じておらず,一回の定置で生じたと考えられる(Walker, 1991; Self et al., 1996).また,この露頭の東側には一見スパイラクル状の,幅約1mの溶岩が破砕した垂直なゾーンが観察される.このゾーンでは板状の溶岩のブロックがほぼ水平に堆積しており,その成因は明らかでない.
全岩化学組成
 全岩化学組成は地震研究所の蛍光X線分析装置を用いて求められた.分析方法・精度は荒牧・藤井(1988)に記されたものとほぼ同様である.表1に1707年および864年噴出物の代表的組成を示す.両者は,斑晶含有量では対照的に無斑晶質,斑状と異なるにもかかわらず,極めて類似の全岩化学組成を有している.Mg/(Mg+Fe)比は0.50-0.52で,富士火山全体の組成範囲(Mg/(Mg+Fe)=0.35-0.55; 高橋ほか,1991; 富樫ほか,1991)と比較すると,これらの噴出物はやや分化の程度が小さい.高橋ほか(1991)は中心噴火の噴出物のMg/(Mg+Fe)が側噴火のそれよりも大きい傾向があることを指摘しているが,864年噴出物のMg/(Mg+Fe)比は1707年噴出物とほぼ等しく,それほど分化していない.ただ,今回得られた分析値のうち,本栖湖畔のものはややMg/(Mg+Fe)比が小さく,また,K2Oがやや高い等,他地域のものと若干異なる.これは,鮫島らによる地形学的考察から,864年噴出溶岩のうち本栖湖域に流下したものが長尾山に起因するものと別の出口に由来するという考えを裏付けている.富樫ら(1991)は富士火山のK2O量が古富士では低く,新富士の大半で高いことを指摘しているが,864年,1707年噴出物共にK2Oの高い範疇に含まれる.
斑晶モード,サイズ分布
 図2に斑晶のモード組成を示す.1707年噴出物は斑晶としてかんらん石と斜長石を含むが,その量はいづれも0.5-1vol.%である.石基は斜長石,かんらん石,Ca輝石,斜方輝石,ピジョン輝石,磁鉄鉱,ガラスから構成される.ガラスの量はスコリアで最大90%に達し,火山弾ではやや結晶質で30-70%である.一方,864年噴出物は総斑晶量が20-33vol.%と多い.斑晶鉱物としては,斜長石(18-31%),かんらん石(1-4%),単斜輝石(0-1.5%), 斜方輝石(0-0.7%)から構成される.図2に示すようにかんらん石斑晶の量は通常2-4%であるが,本栖湖の溶岩では約1%,と少なく他地域の青木ヶ原溶岩よりも少ない.864年噴出物の石基は斜長石,かんらん石,斜方輝石,Ca輝石,ピジョン輝石,磁鉄鉱,チタン鉄鉱,ガラスまたはメソスタシスからなる.長尾山のスコリアはしばしば赤色酸化するが,南東麓に露出するスコリアは黒色ガラス質で,ガラス量は50 -70%に達する.この場合,石基鉱物は少量の斜長石,かんらん石,磁鉄鉱からなる.溶岩流では,石基は一般により結晶質で,鳴沢の露頭では最上部と最下部は細粒でメソスタシスが30-50%を占めるが,1m以上内部ではより結晶質かつ粗粒である.特に磁鉄鉱の粒度は急冷された部分では数ミクロン以下と細粒であるが,内部の徐冷部では100ミクロン径以上と粗粒であり,酸化離溶構造を呈する.この場合,チタン鉄鉱ラメラの幅は数ミクロン以下である.酒井ら(未公表データ)によると,溶岩の帯磁率は粗粒な内部よりも急冷細粒相は一桁大きい.これは磁鉄鉱の粒径と密接な関係があると思われる.
  図3には864年溶岩中の斜長石のサイズ分布(CSD分布,Cashman, 1988)を示す.粒径は薄片での斜長石結晶の断面積の等価円直径を表わす.図のように,ほぼ連続的なCSD分布を示すが,直径0.3mm付近で勾配が変化するように見られる.実際の石基のサイズは0.2mm以下である.また図2は斑晶のサイズ分布が特定の特徴的な分布を示さず,連続的に細粒なものの多い特徴(seriate texture)を呈している.
斜長石
  斜長石はかんらん石や輝石のようなマッフィック鉱物よりもメルト中の水による融点変化の影響が大きく,脱ガスによる結晶作用の効果が顕われやすい.また斜長石とメルトの間の元素分配もメルトの含水量の影響を受ける(Sisson & Grove, 1993).上記のように,富士火山の1707年および864年噴出物では斜長石斑晶量が異なるが,その組成,累帯構造も対照的に異なる.
   1707年噴出物では斜長石斑晶は直径0.2-1.5mmで自形を呈する.一般に周縁部でステップ状の正累帯構造を示す.図4aにそのCa/(Ca+Na)比と粒径(面積の等価円直径)の関係を示す.極めて稀に逆累帯構造を示すAbに富むコアを持つ斑晶斜長石が含まれるが,大半の斑晶はコアでAn78ー92の組成を有しリムと石基斜長石の組成はAn70-80で平均75程度である(図4a).1気圧での実験ではこの全岩から晶出する斜長石のCa/(Ca+Na)比はリキダス近くでAn75-80であり,ほぼ斑晶リムあるいは石基斜長石の組成に対応する.
864年噴出物中では斜長石は斑晶から石基に連続的なサイズ分布を示す.斑晶は網目状に石基包有物を含むものが多く,またしばしば汚濁帯を有するものが認められる.個々の結晶のコア内部では比較的組成は均一であるが汚濁帯や包有物の多いゾーンの部分では斜長石組成は逆累帯構造をして内側のAbに富む組成から外側のAnに富む組成へ変化する.図4b,図4cに鳴沢の溶岩流および長尾山のスコリア中の斜長石のCa/(Ca+Na)と粒径の関係を示す.斑晶コアのCa/(Ca+Na)比は,鳴沢溶岩で多くのものがAn62-72,でリムでAn70-76となっている.一方,長尾山のスコリア中の斜長石では顕著な逆累帯構造や汚濁帯を呈するものは少なく,Ca/(Ca+Na)比は斑晶コアでAn64ー82,リムおよび石基でAn65ー76程度となっている.長尾山スコリアはスコリア丘の表面で採取した試料であり,おそらく噴火の末期に噴出したものと考えられ,図4b,4cでの斜長石組成および組織の違いは,この噴火での噴火時期の違いを示すものであることが考えられる.
輝石・かんらん石・スピネル
図5には輝石およびかんらん石の組成を示す.輝石については組成をLindsley (1983) の方法で処理したwo, en, fs 組成を示した.1707年噴出物では,かんらん石のMg/(Mg+Fe)比は0.86-0.68の範囲である.石基輝石は単斜輝石のみであり,オージャイトからピジョン輝石まで連続的な組成を示す.これは石基輝石晶出の急冷条件を反映している.オージャイトの組成は輝石温度計の1100-1200℃付近に多い.またピジョン輝石のMg/(Mg+Fe)比は0.30付近で温度として1100℃以上の条件で晶出したことを示している.図5に示したように,1707年噴出物の安山岩,デイサイトの晶出温度はそれぞれ1000-1100℃,900-1000℃程度であり,玄武岩よりも低温であったと考えられる.
一方,864年噴出物中ではかんらん石斑晶のMg/(Mg+Fe)比は0.81-0.62とより分化した組成を有する.斜方輝石斑晶のMg/(Mg+Fe)比は0.72-0.75でwo量は約5%である.斜方輝石斑晶はしばしばかんらん石の微晶に囲まれており,マグマ混合により生じたと考えられる.オージャイト斑晶組成は輝石温度計で1100-1200℃のやや低めの範囲に入る.ピジョン輝石のMg/(Mg+Fe)比は,0.74-0.72でありこれらはほぼ斜方輝石,オージャイトと共存しているので晶出温度は約1120-1140℃と見積もられる.
図6には2つの噴出物に含まれるスピネルの組成を2Ti-Fe(3)-Al-Cr図に示した.大部分のスピネルはかんらん石斑晶中の包有物として含まれ,不透明〜濃褐色の8面体微晶をなす.組成的にはAlに富むチタン磁鉄鉱のものが多く,Alに富むものはCrにも富む傾向がある.また少量ではあるが磁鉄鉱端成分に近い組成のものも認められた.864年噴出物中のスピネルと比べると1707年噴出物中のものの方がやや組成範囲が広い傾向が認められる.

3.一気圧での溶融実験(1707年玄武岩)
富士火山の代表的噴出物である1707年スコリアを出発物質として,1気圧でのリキダス温度の決定をおこなった(原,1991; 原・佐藤,1990).実験には宝永火口で採取したスコリアのブロックを細粒に粉砕し,ワイヤーループ法により縦型電気炉で一定時間保持した後急冷したガラスを検鏡した.電気炉にはH2,CO2ガスを1:48 に混合したものを流速約1cmになるように下方より流し,酸素分圧をほぼNNOバッファ付近に調整した.リキダス温度の決定はheating experimentとcooling experimentによっている.heating experiment では設定温度へ試料を昇温してその温度で一定時間保持した後急冷した.cooling experiment では試料をいったん1280℃で完全に溶融した後,設定した温度に降温し,その温度で一定時間保持した後急冷した.cooling experiment では結晶の晶出は一般に核形成の潜伏期間のためにかなり大きい過冷却を必要とする.富士火山玄武岩試料については,heating experiment では約1時間の保持でほぼ定常状態に達し,それからリキダス温度を判定することができた.1気圧でのリキダス相は斜長石で,そのリキダス温度は1273±3℃であった.いったん過熱すると1220℃でも斜長石が出現するのに100時間程度要する.また,冷却して生じた斜長石の組成は温度の関数で,最も高温の1220℃でAn75-80程度であった.この組成は天然の石基斜長石コアのものとほぼ等しい.

4.議論
以上,富士火山の1707年,864年噴出玄武岩の記載岩石学的性質について述べてきたが,特に,両噴出物では斜長石斑晶のモード,粒径,組成累帯構造が際立って異なっており,それらの違いが2つの噴火の様式・機構の違いを理解する上で重要である.ここではまづ,両噴出物に含まれる斜長石斑晶の組成累帯構造の成因について述べ,それに基づいて噴火の定性的モデルを示す.
斜長石累帯構造の成因
斜長石の組成累帯構造は主にCaーNaの組成変化で捕えられるが,その組成変化は圧力,温度,揮発性成分量,非平衡晶出,等の条件の変化により引き起こされると考えられている.ここでは斜長石のCaーNaの組成変化の原因を検討するのに斜長石中のFeO,MgO量を用いることにする.
   斜長石中の鉄・マグネシウムはその晶出時のマグマ組成,斜長石組成,温度,酸素分圧等を反映する(Sato, 1989). 図7には,富士火山の斜長石のCa/(Ca+Na)比とMg/(Mg+Fe)比の関係を示す.若干ばらつきはあるが,Mg/(Mg+Fe)は斑晶リム組成 (An75付近)で0.25で,よりAn値が高くなるとむしろ低くなりAn=90-92では0.2以下になる.An75-92の範囲ではFeO量はほぼ一定であり,MgO量がAn量の増加とともに減少する.これは海嶺玄武岩中の斜長石でも認められることであり,おそらく斜長石中の(Ca,Na)MgSi3O8固溶体の活動度係数がCa/(Ca+Na)比の増加により高まるためだと考えられる.海嶺玄武岩の場合はマグマのMg/(Mg+Fe)比(0.6-0.7)を反映して斜長石のMg/(Mg+Fe)比も0.4-0.5と高い.鉄の含有量が多い玄武岩質マグマでは酸化度はそれほど変動しないと考えられるので,富士火山の斜長石のMg/(Mg+Fe)比がAn75-92で図7のような関係を示すことは,An値が高い斜長石も石基を晶出したマグマとほぼ同じMg/(Mg+Fe)比を持ったマグマから晶出したことを示唆している.斜長石のCa/(Ca+Na)比はマグマのCa/(Ca+Na)比が一定でもH2O等の揮発性成分量により大きく変化することが知られている(Sisson & Grove, 1993) ので,富士火山玄武岩中の斜長石のCa/(Ca+Na)比の変動も揮発性成分量の変動によりもたらされたと考えられる.1707年噴出の玄武岩中のAnに富む斜長石コアは地下深部でH2Oに富んだマグマから晶出し,864年噴出玄武岩中のAnに乏しい斜長石コアは浅部で脱ガスしたマグマから晶出したものと考えられる.さらに,汚濁帯や逆累帯構造は,浅所での脱ガスによりAnに乏しい斜長石斑晶を多量に含むマグマ溜まりに,深部から上昇したよりH2Oに富むマグマが貫入・混合して生じたものと考えられる.
噴火モデル  
 上記のように,マグマのMg/(Mg+Fe)比がほぼ等しくても斜長石のCa/(Ca+Na)比はマグマの含水量によって大きく変化すると考えられ,富士火山の1707年および864年噴火の噴火様式の違いを理解する上で極めて重要である.
 1707年噴出物中では斜長石の大部分はAnに富むコアを有しており,斑晶斜長石は揮発性成分に富んだマグマから結晶化した.マグマは深部から比較的短時間に大きな速度で上昇したため脱ガスの余裕がなく,爆発的な噴火を引き起こした.その際脱ガスに伴い,若干のよりAbに富む斜長石微晶が晶出した.(図8A).それらのCa/(Ca+Na)比はおよそ0.75 であり,1気圧でのリキダス付近の斜長石組成にほぼ対応する.
 864年噴出物では斑晶斜長石コアはAn60-75 の範囲のものが多く,また,石基包有物を含む斜長石が多く,それらは浅所で脱ガスしたマグマから比較的大きな過冷却状態で晶出したものと思われる.これらのAnの低い斜長石斑晶コアは斜方輝石斑晶と共存したと思われる.斜方輝石斑晶のMg/(Mg+Fe)比は0.72程度であり,共存したマグマはそれほど結晶分化が進んだものではない.斜長石の組成累帯構造はリムで汚濁帯や逆累帯構造を呈しており,ある時点で,マグマは新たなマグマの混入を受け,より揮発性成分に富んだものに変化した.この際,斜長石のMg/(Mg+Fe)比は特に変化はなく,貫入マグマは必ずしも未分化なものではなく,脱ガスが殆ど生じていない揮発性成分に富んだものである可能性が考えられる.斜長石斑晶は汚濁帯の外側でいったんAn75-85 になったあと,より外側に正累帯構造を示してAn量が低下しており,新たなマグマの貫入・混合が引き続きマグマの上昇・噴火を生じたと考えられる.実際の浅所のマグマ溜まりは図8Bに示すように,中央火道から派生したマグマで埋った割れ目(岩脈)であろう.例えば,10km×3km×2mの規模の割れ目でも0.06km3近い体積があり,そこのマグマが脱ガスにより50%程度の結晶作用をした後,新たな水に富むマグマの貫入を受けたと考えることができる.マグマの脱ガス機構としては,風早らによる対流脱ガス過程が割れ目中のマグマについても予想される.つまり,割れ目の浅い部分で発泡脱ガスしたマグマは比重が大きく割れ目内を下方に沈降対流し,次々と新しいマグマが割れ目の最上部で発泡・脱ガス・沈降を繰り返し,割れ目内のマグマの含水量は割れ目最上部の圧力での飽和含水量に漸近する.マグマの脱ガス機構としてもう一つの考えはLister & Kerr(1991)によるもの(図9)で,割れ目の先端ではマグマの粘性が働くため,マグマより低圧の気体相チェンバーが形成されマグマの発泡・脱ガスが促進される.割れ目の壁に近い部分は脱ガスしたマグマが占め,新たな揮発性成分に富み粘性の小さなマグマが割れ目の中央部を先端へ向けて進行し発泡・脱ガスを生じる.実際にはこれら2つの脱ガス過程が生じて側方割れ目でのマグマは脱ガスしたものが大部分を占めるようになるであろう.割れ目の冷却速度から考えるとこの状態での結晶作用は長くても1ヵ月以内と考えられる.第2波のマグマが深部から上昇してきて側方割れ目に貫入・混合すると斜長石は汚濁帯や逆累帯構造を形成し,また斜方輝石は分解しかんらん石のリムが形成される.新たなマグマの貫入によりマグマ溜まりの圧力が増加し,あるいは全体としての浮力が大きくなり側方割れ目が進展して地表面と接した地点で側噴火が生じる.
 将来,以上の2つと同様の噴火が生じたら,どのようなことが予想されるであろうか?宝永噴火のような場合,富士火山直下20ー15kmで地震活動が活発になり火山性微動が連続かつ大きな振幅のものが観測されるようになると,その後数日〜数週間で爆発的噴火が山頂あるいは山頂に近い火口から生じることが考えられる.この場合,震源の移動が早く,測地観測からの変動源の深さや変動量が急激に変化することが予想される.宝永噴火では宝永地震(M=8.4)に引き続いて生じており,予想される駿河湾地震の直後の富士火山について巨大地震後の混乱の中での観測体制の強化が要請されることになる.貞観噴火のような側噴火の場合,いったん地震活動や山体変動が生じながらすぐには噴火に至らない.但し,山腹側方での火山性地震,山体変動が顕著になり,火山ガスの観測でも火山性ガスの兆候を捕える可能性が十分ある(佐野,1995). 極めて浅所でのマグマ貫入であるので,電磁気的手法,山体変動に伴う地表面変動地形等の観測も重要であろう.いづれにしても,側噴火の場合は比較的脱ガスの進行したマグマの噴火であるので爆発性は小さく,時間的にも余裕が相対的には大きい.逆に云えば,変動開始後の時間が経過すればするほど,また,変動が側方へ移行すればするほど爆発的噴火の危険性は小さくなる.もちろん,溶岩流出の場合でも,玄武岩質溶岩では流下速度は大きく,溶岩の達した地域は完全に破壊されてしまうので変動が生じた方向の下流域への避難準備が十分なされる必要がある.富士火山は日本の幹線である東海道,中央道を麓に含んでおり噴火の規模が大きくなればいづれの方向であれ想像を絶する混乱・被害が生じるものと思う.

引用文献


図1  噴出物の分布図

図2  斑晶モード組成

図3  864年噴出物の斜長石サイズ分布.斑晶および石基を含む.

図4  斜長石のCa/(Ca+Na)比とサイズの関係
A:1707年玄武岩質噴出物
B:864年,青木ヶ原溶岩,鳴沢
C:864年,長尾山スコリア

図5  斜長石のCa/(Ca+Na)比とMg/(Mg+Fe)比の関係.

図6  輝石・かんらん石の化学組成
A:玄武岩質噴出物
   B:安山岩質およびデイサイト質噴出物

図7  1気圧溶融実験の結果
A: 加熱実験
B: 冷却実験

図8  噴火のイメージ
A:1707年噴火
B:864年噴火

図9  岩脈貫入時のマグマ脱ガスモデル