スケプティクスニューズレター書評原稿

松田卓也

「脳を鍛える・・・東大講義 人間の現在@」立花隆著、新潮社、2000年3月刊、1600円

「21世紀 知の挑戦」立花隆著、文芸春秋社、2000年7月刊、1429円

いずれも現代日本の知の巨人、あるいは怪物とも言うべき立花隆の最新刊である。前者は著者が東大客員教授として東大駒場の教養学部において行った「応用倫理学」と題する講義を本にまとめたものである。その内容は物理学、宇宙論、脳科学からフランスのポール・ヴァレリイに至る、驚くほど広い題材に渡っている。著者の恐るべき博識には感心するほかない。

 そこで著者は東大生を前に強調するのは、学問内容同様、いやそれ以上に、彼らに知的刺激を与えること、つまりアジテーションである。東大生に向かって「きみたちは東大に入ったばかりで、いささか誇らしい気持ちで、自分はすでに何者かになったような気持ちでいるかもしれません。だけど君たちはまだ何者でもありません。ノーボディです・・・実績を出さない限り、どんな人でもノーボディです」と挑発するのである。東大仏文の卒業である著者は、自分の大学生活を振り返って、「授業はさぼるためにある」、「留年のススメ」など、過激ではあるが興味深い話をする。

 著者は日本の大学教育、およびその基礎になる小中高の初等中等教育の崩壊を、「このままでは日本の『知』はダメになる」と憂えている。そしてそのことを詳細なデータとともに語っている。具体的に言えば高校理科教育における物理の履修率が1970年93%、1980年76%、1990年33%、1994年10%と激減している事実を示す。著者によれば物理を取らない人は「そういう人は、はっきりいって、大学でものを学ぶ資格のない人です。ついこのあいだまで、そういう人は、大学には入ってこなかったんです」とまでいう。「東大卒業生といいながら、物理の知識は中学生レベルという人が文系の学部学科からは、これから世の中に続々出ていくことになるわけです。その人たちが、社会の各界で、いかにもエリートずらするかと思うと、暗澹たる思いがします。・・日本の将来はもう終わりという感じがします。」

 そのようになった原因は文部省が高校の履修課程を改悪し、それに対応して大学が、文部省の強い指導の元に入試科目を減らしたからである。入試に出ない科目は学生は勉強しないから、学生の知識レベルが低下するのは当然のことである。さらに大学では、これも文部省の指導の元に教養部が廃止された。それ以降の大学生には驚くほど教養のない学生が多い。著者は文化系学生の理科の知識の不足を憂えているのだが、評者の感想では理科系学生の文科に対する知識不足も驚くべきレベルであることを指摘したい。たとえば評者の研究室に入ってくる大学生に「ケインズを知っているか」と尋ねるのだが、誰も知らないのである。そこで「マルクスは?」と聞くと、「ああ、フィリピンの」というからもう爆笑する以外にないのである。

 「21世紀 知の挑戦」はTBSで1999年5月5日、2000年1月3日に放送された「ヒトの旅、ヒトへの旅---世紀末・人類最先端スペシャル」の取材の過程から生まれた。本書の主題はバイオである。評者としては、上記の本との関係で、「21世紀 若者たちへのメッセージ」と題する最終章に目がいった。この章は国家公務員I種試験に合格した人(いわゆるキャリア官僚になる人)たちの研修会で行った著者の講演である。主催者がつけた講演の題は「『科学技術創造立国』をめざして」というものだが、著者は開口一番「今の日本が『科学技術創造立国』なんてとんでもないところにきている」と述べる。その理由は日本の研究水準の低さもさることながら、国民の科学技術に対する理解の程度が低いことにあるという。日本の一流大学の大学生の学力が中国のそれと比べていかに低いか、日本人学生の成績が留学生に比べていかに低いか、日本の小学生がいかに科学を否定的にとらえているか、20才代の若者がいかに科学技術に関心がないかといった事実をこれでもかといったデータとともに示していく。

 その責任はすべて文部省にあると著者は主張する。「『ゆとりの教育』で、公教育制度は破綻してしまったんです。文部省の一貫した学力水準低下政策のおかげて、いまや日本では、小学校から大学まで学力崩壊が進行しているんです。そして2002年から予定されている新学習指導要領では、さらに教育内容が3割削減されるんです。文部省は頭がおかしいとしか思えません。」「要するに科学技術創造立国の最大の阻害者は文部省です。文部省の学力崩壊を作る政策、理科嫌いを作る政策です。」

 このような過激な政府批判の講演を、よくも政府が上級公務員の研修会でする事を許可したものだと思うが、なんかの手違いであろう。きっと文部省あたりは厳しい抗議を主催者にして、著者は二度とこの手の講演には呼ばれないであろう。  評者は文部省とともに、その政策にお墨付きを与えた何々審議会に属する先生方、文化人、知識人も同罪であると思う。官僚は何らかの政策を実行する場合、審議会に諮問する。しかし官僚がやりたい政策は始めから決まっていて、それにゴーサインを与えるイエスマンのみが、審議会委員になるのである。もちろん中には反対意見を述べる人もいるだろうが、所詮は刺身のつまにしかすぎない。その意味で、反社会的な政策の片棒を担ぐ審議会委員の先生方の罪は重い。たとえばあの薬害エイズ事件では、審議会を取り仕切った元帝京大副学長は、全く反省の色を見せていない。文部省の学力低下政策ではエイズのように死者は出ないであろう。だから気がついたときには完全に手遅れになるであろう。日本の、教育、科学技術の崩壊という現象が、巨大な規模で着々と進行中なのである。

 評者は最近、著者と個人的にお会いしてこの問題を話し合った。著者の意見では、文部省に確信犯がいるそうである。この場合は薬害エイズ事件の責任者の官僚のように逮捕するわけには行かないから、よけい始末が悪いと評者は感じた。オカルトや超能力などの疑似科学を国民が信じるのは、科学的知識の欠乏がその重要な原因であると評者は信ずる。そうだとすると、文部省は国を挙げて、学力崩壊とともに疑似科学を推進しているということになるだろう。