バブルの時は良かった。宇宙科学研究所の桑原助教授が庭に研究所を建てて、そこに6台ものスパコンを導入して、私を含む国内外の友人にただで使わせてくれた。スパコンは買えば、一台が20億円もするものである。いかにレンタルとはいえ、個人でこんなにスパコンを持てたというのは、世界中を見渡しても空前絶後、まさにバブルのおかげであり、超絶的な発想の成果でもある。バブルのお金が有用なことに使われた希有の例である。
バブルが弾け、私も京大から神戸大学に異動して、とたんに貧窮のどん底につき落とされた。旧帝国大学は腐っても鯛、予算的にも人員的にも恵まれている。それに比べると地方大学はスパコンはないし、予算も人員も比較にならないほど貧しい。
さて本書の著者の杉本さんは、東大教授ではあるが、東大の中の地方大学、駒場の教授である。杉本さんは私の京大での先輩にあたり、やはり宇宙物理学者である。スパコン求めて3千里という状況に変わりはなかった。杉本さんの凄いところは、それならスパコンを作ってやろうと考えたところにある。まったくの素人が手作りで、スパコンを作ろうというのである。
コンピュータ動作の基本的なアイデアは、国立天文台の近田さんが出した。実際の制作は、4回生の伊藤君であった。伊藤君は「ヤングジャンプ」誌に「栄光なき天才たち」というマンガの連載をもっているという変わり種である。伊藤君は化学の卒論を書いた後に電子回路の勉強を始めた。さらに大学院生の牧野君、神戸大学から異動した助手の戎崎さんもそれに加わり、手作りスパコンは半年ほどで完成した。制作費は20万円であった。
このスパコンはグレープと名付けられ、天体力学において重要な役割を果たす重力(のみ)を高速に計算する、専用スパコンである。クレイとか富士通の汎用スパコンと違って、用途は限られている。しかし、だからこそ安くできたのであり、発想の転換である。グレープはその後も、ますます改良され高速になっている。評者も180万円で1台買ったが、4.8ギガフロップスの性能であり、そこらのスパコンと比べて遜色はない。
東大生が優秀ということもあろうが、指導者が適切な見通しと意思を持てば、若い人の(いわゆる)無限の才能を引き出して、ここまでできるのだなあ、というのが私の感想である。「部下や学生がダメだとすれば、それは上司や教授が無能だからだ」とまで言い切るのは、ちょっとつらいなあ。なおグレープの詳細は「専用計算機によるシミュレーション、デスクトップ・スーパーコンピュータ入門」杉本編(朝倉書店)にある。