「専用計算機によるシミュレーション;デスクトップ・スーパーコンピュータ入門」

杉本大一郎編、朝倉書店

 評者の専門は宇宙物理学であり、もっぱら数値流体力学の手法を応用して宇宙現象の数値シミュレーションを行っている。この場合、時代の最先端をいく、最大、最高速のスーパーコンピュータ(スパコン)を必要とする。

 日本にはスパコンを備えた大型計算機センターが旧帝国大学に設置されてい る。しかし、その計算機使用料は市価に比べて圧倒的に安く設定されている とはいえ、大学の研究予算の貧困から、十分に利用することはできない。そ こで、評者と同様な立場にある研究者は、研究所などにある、使用料がタダ のスパコンを探し歩くことが仕事になる。

 本書の編者の杉本さんも評者と同業の宇宙物理学者であり「スパコン求め て三千里」という状況は同じであった。杉本さんの偉いところは、その解決 法として、それではスパコンを作ってしまおうと考えたところにある。杉本 さんがいかに著名な宇宙物理学者であり、コンピュータ使用の専門家である といっても、コンピュータのハードについては素人のはずである。それが、 自分でスパコンを設計して作ろうと思ったところがすごい。

 その契機は本書でも述べられているように、国立天文台の近田さんの提案 にあった。近田さんは野辺山の宇宙電波観測所において、10年前にデジタ ル信号処理器を作った。それは当時のスパコンの千倍速いというのがうたい 文句であった。しかしそれは、スパコンというよりは、観測装置の一部であ り、専用の計算機であったのだ。

 ところで天文学においては、重力の計算が重要になる。たとえば銀河や星 団の力学的な進化を計算するには、それら天体を構成する多数の星の間に働 く重力を計算しなければならない。粒子数をnとすると、計算量はnの自乗 に比例する。典型的な球状星団内の星の数は10万−100万、銀河の星の 数は1千億程度もある。したがってnが増えるに従って、計算量は急速に増 大する。ここが計算上の一番のネックになる。そこで重力計算のみを専用計 算機で行ったらどうかというのが近田さんの提案であった。それ以外の計算 はホスト計算機で行うのである。

 杉本さんはそのアイデアに乗って、1989年からGRAPEとなずけら れた専用スパコンの開発を開始した。その間の経緯は、講談社ブルーバック ス「手作りスーパーコンピュータへの挑戦−テラ・フロップス・マシンをめ ざして」(1993)に詳しい。

 その間の事情を知るものとして、いちばん感心したことは、コンピュータ の設計から実際のハードの制作にいたるまで、コンピュータの全くの素人が 行ったことである。とくに4回生であった伊藤智義さんが、制作の主体にな ったということは興味深い。本書にはその制作に係わった多数の人達が、G RAPEのハードウエア、ソフトウエア、それを利用した宇宙物理のシミュ レーションなどについて述べている。

 評者がGRAPEの計画を聞いたときに危惧したことは、それが狭い問題 にしか使えない専用計算機であるという点であった。たしかにn体問題には 、大きな威力を発揮するであろうが、しかしそれで数編の論文を書いたら、 それでおしまいではないか。それに対する杉本さんの回答は、本書にも述べ られているように、けっこう様々な問題に利用できるということである。重 力と同じ法則に従う力として、当然、電磁気力がある。さらにたとえば渦糸 の間の力も、ビオ・サバールの法則で計算できる。流体を多数の渦糸の集団 に分ける渦糸法にGRAPEは利用できる。

 また宇宙物理学で多用される流体力学の手法の一つとしてSPH法という ものがある。これも流体を多数の粒子で代表させ、その間の力を計算して圧 力勾配力を計算する。この力は長距離力ではない。しかしGRAPEは、重 力計算の副産物として、近傍粒子のリストを返してくるので、それが利用で きるのである。

 また距離の逆自乗則を少し変更すれば、分子間力の計算にも利用できる。 本書にはタンパク質の分子動力学とか照明問題への応用にまで触れられてい る。GRAPEの成功に味をしめた杉本グループは、さらにさまざまな専用 計算機の提案を行い、実際に制作していることが述べられている。

 評者はGRAPEの能力を評価するために、神戸大学の数人の研究者と共 同でGRAPE3を1台、インターフェース込みで180万円で購入した。 ホスト計算機はサンのスパーク・クラシックである。1台あたり4.8ギガ フロップスといううたい文句である。われわれは渦糸法、SPH法、分子間 力を考慮した宇宙塵の形成などの問題にGRAPEを使う計画である。渦糸 法のテスト計算では、十分な速度がでていることが分かる。

 一つ注意すべきことは、GRAPE3の高速性は計算精度を犠牲にして得 られているということである。計算精度の必要な計算には、GRAPE2や 4のシリーズを用いる必要がある。問題によって、正しい物の選択しないと なにをやっているのか分からないことになる。

 この書評の読者のなかでGRAPEを実際に購入したり使用したりしよう と思う人には、本書は必読書である。それ以外の人にとっても、興味深い読 物である。


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