「鬼平犯科帳(二十四)特別長編 誘拐」
池波正太郎著、文春文庫、400円
鬼平犯科帳の最終回が発売された。私はこのシリーズを含む池波さんの本には、思い入れがある。しばらく前に、消化器の病気でなんども入退院を繰り返した。1か月もの間、絶食をして、胸の大静脈に針をさしこんで点滴で栄養をとるIVHという治療法を言い渡された。手術をしたわけではないから、心理的にはそれほど重病人ではないのだが、空腹で空腹でたまらなかった。考えることは、食事と食物のことばかり。大部屋なので他の患者の食べる(普段ならおいしいとは思わない)病院食が、よだれのでるほどおいしそうに見えた。そこで家内や見舞い人に頼んで、料理の本、食い歩きの本を買ってもらったり、スーパーのちらし(魚の宣伝)を持ってきてもらい貪るように読んだ。健康な時は、病院か刑務所に入れば時間はたっぷりあるから、じっくりと本を読んで勉強できるだろうと、いいかげんなことを想像していたが、とんでもない。そんな元気はでないのである。仕事をすると、病気が確実に悪化する。ワープロを持ち込んで仕事をしたら、看護婦さんや主治医に見つかり、しかられた。実際、見舞いの学生に頼まれて推薦書を書いた時は、数日間ひどく苦しんだものだ。
同室の患者に田中さんという人がいた。この人は20数度の入退院を繰り返しているという、私など足元にもよらない病院生活のベテランであった。彼が池波正太郎さんのファンで、この「鬼平犯科帳」シリーズと「仕掛人・藤枝梅安」シリーズを貸してくれたのだ。これらの本を読んでも、病気には差し障りはない。じつに気楽な本であり、正に入院の友ともいえるであろう。これらのシリーズは何度もテレビ化されており、内容は皆さん周知のことであろう。
鬼平とは、江戸幕府の火付盗賊改方の長官、長谷川平蔵のことである。与力、同心、密偵たちと協力して、江戸の暗黒街や盗賊たちと戦う話である。ところどころに挟まれる食べ物の話が、とくに絶食中の私の興味をそそった。池波さんは食べ物についても蘊蓄があり、そのエッセーもある。それにしても平蔵は日中からもよく酒を飲む人である。
さて本書には「女密偵女賊」「ふたり五郎蔵」という短編と、「誘拐」という長編が収められている。「誘拐」では、おまさが誘拐されてしまうのである。ところが、これからというところで、池波さんの逝去のため、正にブッツリと途切れてしまっている。このあとが読めないというのは、誠に残念でならない。
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