私はこのごろ、本、雑誌、新聞の原稿はおろか、手紙でさえワープロで打つようになってしまった。手書きをするのは、手帳と手紙のサインくらいのものである。しかし、久しぶりに万年筆で手紙を書いてみると、これもなかなかいいものだと思った。
そのオノト万年筆についてきたのが本書である。本書は明治45年(1912年)丸善の発行で定価は30銭である。内容は万年筆に関するさまざまなエッセーと、さまざまな万年筆およびインキなどの説明とカタログである。また幸田露伴など著名人の万年筆での筆跡、北原白秋のオノトについての詩などもある。
エッセーの一番バッターは夏目漱石で「余と万年筆」という題である。ペリカンを買ったがどうも調子が良くない。「夫でペリカンの方でも半ば余に愛想を尽かし、余の方でも半ばペリカンを見限って、此正月「彼岸過迄」を筆するとき又一時代と時代退歩して、ペンとさうしてペン軸の旧弊な昔に逆戻りをした。」しかしその漱石もペンの煩わしさには往生したようだ。内田魯庵がオノトを送ってくれて「大変心持ちよくすらすら書けて愉快であった」と、それ以後は万年筆派に転向した。
カタログにはオノト、オリオン、ウオーターマン、ペリカンなどがあげられている。オノトのもっとも安い無装飾が6円、銀飾付7円、金飾付9円とある。もっとも高価なモデルは60円もする。オリオンは廉価版で2円80銭とある。戸川秋骨の「二万三千哩の万年筆」と題するエッセーには鉛筆が1本3−5銭とあるから、万年筆はけっして安くはない。ところで彼は舶来品で最も重宝するものは万年筆と安全剃刀であると結論している。興味深いことに、その本にはシステム手帳とリフィルの宣伝も登場する。システム手帳はここ最近の流行であったが、意外に古いものである。
「万年筆の過去、現在、未来」と題するエッセーでは、「今日でも最早、市中の筆屋は大抵文房具店と名称を更めて、インキや鉛筆やペン軸や洋紙のノートブックを店頭の主脳としてをる。墨や筆は何処かの隅に潜れて了つてる。・・・慣例の難(やか)ましい公文書にさえ此頃はペンを用ゆるのを許されている」などと述べている。その後で、万年筆の便利さを強調して、筆と墨を用いなければならないとする古い人達を批判している。そういえば、ワープロ登場の初期に、小説はワープロで書いてはいけないと主張する人がいたが、本書を読むと歴史は繰り返すのだなあという、感慨をもよおす。