「常温核融合スキャンダル・・・迷走科学の顛末」

ガリー・トーブス著、渡辺正訳、朝日新聞社、3200円

 1989年3月16日、ユタ大学は記者会見を行い、化学科主任のポンズ教授とフライシュマン教授が常温核融合に成功したと発表した。ところが同じ州内のブリガムヤング大学の物理学者ジョーンズ教授が、自分も常温核融合を見つけたと報告したため、大騒ぎが持ち上がった。それはそうだろう。核融合は未来のエネルギー源であると長年期待され、米国、ヨーロッパ、日本でも数千億円の巨費を投じて研究してきたのに、はかばかしい成果はえられていない。それが物理学者ではなく化学者がいわば試験管の中で核融合を実現したというのだからだ。評者もこの話を当時聞いて、物理学者のはしくれとして、核融合が 試験管の中で生じるとは、物理学の常識からは信じがたいと感じた。しかしもし本当なら大したものだと思って、パソコン通信を通してニュースを集めた経験がある。本書は、この常温核融合物語の顛末をジャーナリストの立場から、257名もの科学者にインタビューしてまとめたものである。その結論は本書の題名が示すように、スキャンダル、あるいは一種の科学犯罪としてとらえている。

 ポンズ、フライシュマン両教授の当初の意図とはうらはらに、運命のいたずらがこのようなことの顛末に導いたようだ。フライシュマンは英国の電気化学の大家として知られ、ポンズはその弟子であった。ふたりはこのとんでもない着想を、じっくり調べるためにエネルギー省に研究費の申請を行った。ところがその申請の審査員の一人が、別の観点から常温核融合を研究していたジョーンズ教授であった。そのことが分かり、研究を盗まれると思ったポンズ、フライシュマン、それにユタ大学当局は、もし本当ならノーヘル賞ものの研究の権利を守るために、記者会見による発表という、科学では通常行わない方法にう ったえた。この混乱の背景には、研究資金の獲得、研究競争、化学者と物理学者の対立、マスコミの暴走、ユタ州とユタ大学の貧困解消を狙う政治的動きなどという、いずれもいかにもアメリカ的な問題があった。

 それからあとは、大騒ぎである。世界中の研究機関が追試に乗り出し、成功したとか失敗したという報告が新聞にあふれた。本書のスタンスは一貫しており、成功したという報告はよくて誤りか無能、悪くすればデータの捏造の産物であるという。一方、反対者はまともな科学者と見なされている。たしかに科学実験の重要なポイントである、実験の再現性がないのだ。発表後のポンズの科学者としてのモラルに欠いた言動が批判されている。あれから5年たったいまでは、あのフィーバーもおさまってしまった。日本は本書にちょくちょく現れる。この研究を進めないと日本に横取りされるという、米国人の被害妄想の 対象として。本書の最後で、日本だけがまだこのヨタ話を真面目に考えていることを紹介している。


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