「ダーウィン教壇に立つ」

リチャード・ M ・ イーキン著、 石館三枝子、 石館康平訳、 講談社、1800 円

 午後の講義は眠い。もう30年も前のことであるが、私が京都大学の物理学科の学生であった時のことである。量子力学の講義の最中に、眠気を堪えるために尖った鉛筆の先で、顔や手をつついたことを思い出す。自分が教える側になると、眠っている学生がよく目につく。コンピュータの使い方を教える「 情報数理」 を教えながら、何人かの寝ている学生を見て、こういった。「このあとコンピュータ演習をするのに、寝ていて出来るのでしょうか。」それに対して学生がレポートにこう書いてきた。「クラブやバイトで忙しいので寝る時間が少ないのです、こらえてください。」

 1960年代の末に、カリフォルニア大学バークレー校で「 動物学講義10」 を担当していたイーキン教授は、欠席者が増えることを憂えていた。当時の学生たちは、教授に古い教育の有りかたを変えることを求めていた。イーキン教授は、ある朝シャワーを浴びているときにある思いつきを得た。何人かの大生物学者のいでたちとメイクアップをして、彼ら自身の口から、自身の発見、思想、哲学などを語らせよう。演劇学科の教授、メイクの専門家の助けを得て、ある日突然に学生の前に、血液循環の正しい理論を発見したウイリアム・ハーヴェイとしてエリザベス朝風の衣装をまとい、心臓の模型と血液にみたてたトマトジュースをもって現れた。この試みは大成功であつた。

 その後、遺伝法則を発見したメンデル、進化論のダーウィン、消化の研究をしたボーモント、胚の発生についてのオルガナイザーを発見したシュペーマン、それにパスツールもこれに加わった。イーキン教授の試みは国際的な反響を読んだ。そのためさまざまな大学から招聘され、講義を行った 。多くの要望には答えられないので、彼の演じた4 人分については映画に収録された。本書はその講義の内容を本にしたものである。

 正直言って、内容は平易でたいへんおもしろかった。私は生物学には素人であるので、シュペーマンとボーモントは知らなかった。シュペーマンはノーベル賞学者で、著者のイーキン教授がドイツで博士研究員として指導された人物であるから、もっとも実像に近い。

 ボーモントの話はもっとおもしろかった。ボーモントはアメリカ陸軍の軍医で、ミシガン州の砦に勤めていた。そこで銃の事故により胃に穴が開いた猟師を救った。この猟師は胃に穴を明けたままで生存したのである。ボーモントは、その胃から胃液をとったり、さまざまな食物を入れて消化の様子を観察して、「胃液と消化の生理学」とする研究を発表したという。

 いやともかく講義に学生を引きつけるというのは、なかなか大変な努力を必要とするものである。講義の技術では一般に大学の教官より予備校の先生のほうが優れているときくので、われわれもイーキン教授とまではいかないが、工夫が必要であろう。


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