「カンター教授のジレンマ」

カール・ジェラッシ著、中森道夫訳、文芸春秋社、2400円

 カンター教授はなれないホテルのトイレでひざをしたたかぶつけたときに、ガン研究についてのノーベル賞級のアイデアが閃いた。斯界のボス、ハーバード大学医学部のクラウス教授のセミナーは、厳しいことで定評がある。しかしカンターのゼミは大成功であった。あとは実験的確認である。これなくしては、どんな美しい理論も意味が無い。

 カンター教授は博士号をとったばかりのポスドク助手、スタフォードを呼んだ。「この実験はどの教科書にものるようになるだろう。3ヶ月以内にやりたまえ」スタフォードの寝食を忘れた努力によって実験は成功した・・・。カンターはカンター・スタフォードの実験の結果の要約を英国の雑誌、ネイチャーに投稿してさっそく受理された。米国の雑誌ではアイデアが盗まれるかもしれないからだ。別刷り請求が山のようにやってきた。

 しばらくしてクラウスから電話があった。「うちの優秀な助手、大橋に君の実験の確認をさせているが再現できない」もし余所で実験の再現ができないとなると、カンターはウソの論文を書いたことになり、信用を失うはめになる。カンターはこんどは自分のいる前で、実験するようスタフォードに命じた。今度も成功した。しかしカンターの部屋に差出人不明の手紙が投げ込まれていた。「スタフォード博士は日曜日の晩、実験室でなにをしていたのでしょうか」

 本書の著者はスタンフォード大学の化学の教授であり、ピルの開発につながる発見をした。アメリカの大学のシステムを知り尽くした人である。ここでかかれていることはアメリカの理科系の大学における内幕である。教授と助手、大学院生の関係、教授と女子学生の関係、論文の著者の順番をめぐる葛藤、研究者として成功するために不妊手術をした女性研究者の話しなど、なまぐさい話しが多い。アルファベットの始めのほうの教授は、著者名の順番はアルファベット順であるべきだと主張する。そのために名字を変えた女性も登場する。

 話しの最後で、ノーベル賞を授賞したカンター教授にクラウス教授が脅迫する。「私をノーベル賞候補に推薦するように。推薦書類は私自身が書く。君は署名をしてくれるだけでいいんだ」いやはやなんとも、ノーベル賞とはそんな世界なのか。

 日本の大学は、ここに描かれている米国の大学ほどし烈ではない。ある雑誌で日本の有名大学の大学院生の座談会があった。そこでは教授の横暴とか、自分が奴隷のようだとか不満が語られていた。それにたいして、早稲田の大槻教授は、日本の院生は甘い、米国の院生こそ奴隷なんだといわれていた。日本の大学院に不満な院生は留学したほうがよいようだ。プリンストン大学から帰国した研究者がなにかに書いていた。「院生は地下室にいるのですよ。彼らは地上に這いでることを夢見て研究しているのです。」

 本書は教授、助教授、助手、院生、学生をとわず理科系の大学関係者にとっては、きわめて興味深い小説であろう。米国への留学を希望する人にも参考になる。


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