JAPAN SCEPTICS NEWSLETTER書評 

  松田卓也

「ミステリーサークル黙示録」ジョン・マックニッシュ著、田中嘉津夫訳、かもがわ出版、1400円、1997年

「ミステリーサークル2000」パンタ笛吹著、たま出版、1600円、1999年

ミステリーサークルとは主として英国の穀物畑にできる現象で、作物をいろいろの形状に倒したものである。ミステリーサークルという呼び名は日本だけのもののようで、英語ではクロップサークル(穀物にできた輪)と呼ばれる。1970年代末から現れ始め、1990年代に最盛期を迎えた。その原因を巡ってさまざまな議論が展開された。

 その説を大別すれば、イタズラ説と本物説に分類できる。本物説はさらに自然現象説と宇宙人説に分類できる。上記の二冊は全く違ったスタンスで書かれている。「黙示録」は、始めは本物説を信じていた著者が、テレビ作りを通して調査を進め、イタズラ説に到達する話である。「2000」は逆に、にせものだろうと軽く考えていた著者が、英国旅行を通じて本物説に傾いていく話である。

 もしこの二冊を読むとすれば、「黙示録」を先に読むことを勧める。もっともそれはあたかも手品のネタばらしを読んでから手品を見るようなもので、「2000」はアホらしくて読めなくなるが。そう、それは買う必要はなく店頭で眺めて、そのあとそっと書棚に戻しておけばよいのである。もっとも「2000」のほうが、ミステリーサークルのカラフルな写真がいっぱいあるので、それを楽しみたい人には、向いているかもしれない。  「黙示録」の著者は英国のフリーランスのテレビ・プロデューサーで、BBCや日本テレビの「木曜スペシャル」の番組制作を通じて、ミステリーサークルにのめり込んでいく。そしてサークルビジョンという会社を作りミステリーサークル関係のビデオや著作を進めている。「2000」の著者はアメリカで寿司店を経営しながらオカリナ奏者もしているという変わった経歴の人で、さまざまな著作があり、講演活動も行っている。

 「黙示録」の内容を概説しよう。1989年著者はBBCのテレビ番組制作をきっかけにミステリーサークルにであう。それを撮影中にビデオカメラがおかしくなり、マイクにも変な雑音が入るという奇妙な現象に出くわす(それは後に説明がつくのであるが)。そこで著者はブラックバード計画というものを立て、サークル出現の瞬間を録画するという計画を、日本テレビとも共同で始める。そこでインチキなサークルや、サークル専門家が本物と太鼓判を押すさまざまなサークルに出会い、著者はだんだんとサークル本物説に傾いていく。

 ところが1991年になって大変なことが起きる。サークルは自分が作ったとダグとデイブという二人の男性が名乗り出たのだ。著者は始めは半信半疑であったが、二人とつきあう内に、彼らを信じるようになる。犯人でなければ知り得ない様々な事実を知っているのだ。  先に述べたようにサークル本物説は二つに分類できる。気象学者のミーデン博士はサークルをある種の気象現象、つまり渦巻きやプラズマの渦だとする説を展開していた。ダグとデイブはそれが気に入らないので、つまり宇宙人の仕業と見せかけたいので、単純な円ではない複雑な形状のサークルを作る。ところがミーデン博士は即座にそれも自説を変更して「説明」してしまうのである(もっとも博士は最終的には降りてしまうのだが)。

 いっぽう、サークルが未知の知性、つまり宇宙人によって作られたと信じる「サークル専門家」やクロッピー(サークルファン)は、そんなことではめげない。ダグとデイブが作ったと白状した数より遙かにサークルの数は多いのだから(これも後でサークル制作を始めたたくさんのグループの存在で説明が付く)。著者はそこでダグとデイブと共謀してサークルを作り、それを「サークル専門家」に見せて、本物であるというお墨付きをもらう作戦を密かに開始する。こうして一部の専門家は降りるのだが、熱狂的なサークルファンは現在に至るまで、サークルは未知の知性によるものという信念を変えない。ところで日本テレビの「木曜スペシャル」はそういうスタンスで作られており、本書の訳者によれば、本書を読んだ後で「木曜スペシャル」のビデオを見れば抱腹絶倒であると請け負っている。「サークル専門家」が、これぞ人間の手では作り得ない証拠と述べることのほとんどが、ダグとデイブにより、いとも簡単に実現されてしまうのだ。

 「2000」では、著者はレッドツェッペリンのCDのジャケットに印刷されたサークルを見て興味をひかれ、英国に渡ってサークル見学を始める。ところでこのサークルだが、後にその形状はある日の天気図から取ったことが明らかになる(それでも著者はサークル本物説をとるのはどうしてだろう)。様々なサークルを見て、その中に入ると霊感を感じ、クロッピーと交流を深め、彼らの主催する会議で講演を聴く内に、著者はサークルにのめり込んでいく。そして当初の半信半疑の立場から、サークルは本物だという確信に変わっていく。

 あるとき、サークルができる瞬間を撮ったビデオに出くわす。そこではサークル出現の瞬間に白い光の玉が現れているのだ。ビデオ分析家はそれを1コマ5時間もかけて丹念に調査して、それが本物であることを保証する。ちなみに「木曜スペシャル」ではこのビデオが、サークル宇宙人説の証拠として使われている。著者もこれがサークル本物説の証拠として様々な機会に講演する。ところが著者がインターネットを駆使して調査した結果、このビデオはインチキだというさまざまな傍証、それどころかビデオを撮った本人の、あれはインチキだという告白まで発見してしまうのである。ところがどういうわけか、それでも著者はサークル本物説を捨てない。

 本書の最後はコンピュータの2000年問題の警告で終わっている(本書の刊行は1999年)。後知恵だが、本書で盛んに警告しているY2K問題は幻であったのだが。本書は要するに著者がどのようにしてサークルに惹かれ、サークル本物説を信じるようになったかという個人的体験談である。

 上記の二冊を読んだ感想は、サークル自体に関する興味よりも、人間がどれほどアホになれるのかということである。分別を備えたはずの大人が、いとも簡単にだまされていく。さらにはインチキと分かった後でも、いやそのなかには本物もあるはずだとしがみつくこの人間のアホさ加減がおもしろい。そのなかには博士号を持つ学者もいるのである。こうなると、もはや宗教的信念というほかはない。

 評者は当初の単純な円形のサークルはともかく、それ以後の複雑な形状のサークルを見た瞬間に、これはインチキ以外の何者でもないと確信した。しかし本会のサークルに関するシンポジウムを読んでも、そうは思わない人がいるからおもしろい。日本でもサークル自然現象説を展開した学者もいた。サークル研究は、人間がいかにだまされやすい存在であるかということを警告してくれる。