「スプーン・・・超能力者の日常と憂鬱」森達也著、飛鳥新社、2001年3月27日刊、1700円、ISBN4-87031-450-9

スプーン曲げの清田益章、UFOの秋山眞人、ダウジングの堤裕司という3人の「職業超能力者」の日常を、テレビのドキュメンタリー番組制作を通して描く。著者はフリーのテレビ・ディレクターとして、オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画「A」を公開した。

清田といえばスプーン曲げで一世を風靡した人だが、今はどうしているのだろうかと興味がわくだろう。彼は一時テレビでもてはやされたが、あるときテレビの隠し撮りでトリックが暴露されて以来、表舞台から姿を消した。途中、離婚などの経験もあり、最近ようやく再婚もして立ち直りつつあるところのようである。秋山はUFO肯定論者としていまでもマスメディアに良く登場するし、ちゃっかり金儲けに利用している。堤は、ダウジングは技術であると主張して、幽霊狩りなどをしているが、地味な存在である。

著者の森は、彼らの日常をテーマとした番組を作ることを思いつくが、簡単には実現せず、何年にもわたった経過の末に、ようやく1998年2月になって「職業欄はエスパー」と題してフジテレビ系列で放映された。本書はその経過をつづったものである。

 森のスタンスは超能力やUFO、ダウジングを全面的に信ずるわけではないことを、文中さかんに強調しており、かつ批判的な考察もなされている。しかし超常現象否定派に対してはほとんど憎悪に近いものがあり、大槻や安斎に対して悪罵とも言うべき言葉が投げられている。

確かに清田のスプーン曲げの技術は卓越しているようで、そこから森の清田に対する信頼、否定派に対する憎悪が生まれるのは確かだろう。しかし清田がバイキング火星着陸船の所に行って字を書いてきたという主張を聞けば、誰だって引いてしまうはずなのだが。秋山は宇宙人が地球にたくさん来ていて、彼らと良く話をすると主張する。これに対して森は、普通人からすればそれは秋山が分裂病であるか、詐欺師であるかのどちらかと考えるだろうと、適切にコメントする。また秋山のする近未来予言(通りかかる自動車の番号予言)を全く信用していない。しかしながら、それでも彼らに対するシンパシイはなくならないのは何故だろう。本書の最後で、あるテレビ番組の企画で八王子城にロケに行き、秋山と清田は首が飛び跳ねていると主張するのに対して、堤はダウジングから、何も変なことはないと主張する。この三者の矛盾と、彼らに対する信頼の齟齬をどう考えるのだろうか。

本書でおもしろいと感じたことは、国民大衆はいかにマスメディアが宣伝しても、超常現象を完全には信じていないことに対する、彼らのいらだちである。評者の感じは逆で、本会の松井豊の研究でも明らかなように、超常現象に対する信用度は年輩者より明らかに若者に多くなっている。これは明らかにマスメディアとくにテレビの影響であると思う。しかし森や超能力者たちは、逆のこと、つまりメディアの不十分さを嘆いているのである。

 超常現象とマスメディアの関係に興味を持つ人には、おもしろい本かも知れない。