タイムトラベルのパラドックス
神戸大学・理学部 松田卓也
バックトゥーザフューチャー
タイムトラベル(時間旅行)というのは、多くの人の夢であろう。実際、有名なH.G.ウエルズの「タイムマシン」(1895)をはじめ、多くのSFなどで取り上げられてきた。タイムマシンは時間的に過去や未来へ自由に旅行できる機械のことで、航時機などと訳されている。日本では小松左京の「地には平和を」などがタイムトラベル小説の代表であろう。映画でもいろいろ取り上げられてきたが、代表的なものにマイケル・J・フォックス主演、ロバート・ゼメキス監督の「バックトゥーザフューチャー・シリーズ」があげられる。
タイムトラベルに関してもっとも有名なパラドックスは「親殺しのパラドックス」である。タイムマシンに乗って、自分が生まれる前の過去にさかのぼり、自分の親を殺すと、自分はいったいどうなるのかという逆説である。「バックトゥザフューチャー」(1985)では、親殺しのパラドックスが少し違った形で登場する。映画ではマーティーという高校生が主役である。彼はマッドサイエンティストのドクが発明したタイムマシンである自動車デロリアン号に乗って過去にさかのぼる。そして、マーティの父と母の高校生時代にたどり着く。父親となるはずの若者は恥ずかしがりで、なかなか母親となる女性に近づけない。それどころか、母親になるはずの女の子は、自分の未来の子供であるマーティーにほのかな恋心を寄せるのであった。両親が結婚しないとマーティーは生まれない。映画では、その危機が迫ると、マーティーの写真が薄れていくというように表現してあった。しかし、こんなことで問題は解決しない。写真が薄れようが、マーティー本人は厳然といるのだから。マーティーは、そこで未来の父親と母親の仲を取り持とうとする。映画ではマーティの努力は実を結び、両親はめでたく結ばれるのであった。
「バックトゥーザフューチャー2」では、マーティーは今度は未来へと飛ぶ。そこで見かけた「スポーツ年鑑(1950−2000)」を持ち帰る。それで未来のスポーツの結果が分かり、大もうけできると考えたからだ。ところがその年鑑は悪い友達に奪われ、歴史が改変されてしまう。友達が大金持ちになり、マーティーの父親は死に、母親は悪い男と再婚させられる。マーティーは歴史を元へ戻すべく、活躍をはじめる。
未来へのタイムトラベル
バックトウーザフューチャー2では未来へ行って未来の情報を持ってくるのだが、行くことは必須ではない。未来に自分が行かなくても、居ながらにして未来の情報だけを知ることができれば、未来のスポーツの結果は分かるはずだ。だから競馬などで大もうけできることは確かである。そこで私はタイムマシンを二つに分類したい。人間を含む物体を時間を超えて未来や過去へ送るタイムマシンを物体移動型のタイムマシンとよぼう。それに対して情報を未来や過去に送る機械、これを情報移動型のタイムマシンと呼ぼう。
タイムラベルの別の分類として、未来へのトラベルと過去へのトラベルがある。このなかで、未来へのタイムトラベルには原理的な問題は存在しない。冷凍睡眠という技術がある。人間を低温状態で保存して老化を防ぎ、未来に再生するという方法だ。ロバート・ハインラインの「夏への扉」というSFは冷凍睡眠を利用して未来へ行き、自分を裏切った恋人と友人に復讐しようと言う話である。SFレベルではなく、不治の病になった人を冷凍睡眠させて、その病気の治療法が開発されているであろう未来へ送り込むことを真剣に考えたり実行したりしている金持ちがいる。これは未来への物体移動型のタイムマシンである。
未来への情報移動型のタイムマシンとしては、タイムカプセルというものがある。たとえば1970年に開催された日本万国博覧会のときにタイムカプセルが埋められた。最近、保存状況を調べるために発掘されたと新聞記事にあった。また実際、未来へのメッセージを送るためのタイムカプセルを販売している会社も存在する。これは未来への情報移動型のタイムマシンであり、ここに物理的、論理的な問題点は全くないことは容易に理解できよう。問題が生じるのは過去へのタイムトラベルなのである。
ウラシマ効果と双子のパラドックス
冷凍睡眠やタイムカプセルは、真の意味でタイムトラベルではないと思われる人がいるかも知れない。真の意味で未来へタイムトラベルする物理的方法は存在する。それは特殊相対論によるウラシマ効果を利用する方法である。これは後に述べる、過去へのタイムトラベルでも利用される。特殊相対性理論では、高速で移動する物体に積み込まれた時計は遅れるという効果がある。実際、飛行機に原子時計を積み込んで、この効果を確かめた実験も存在する。大気上空で宇宙線と空気分子が衝突してミューオンという素粒子が発生する。ミューオンの寿命は非常に短く、たとえ光の速さで走っても地上には到達しないはずである。ところが地上でミューオンは観測される。その理由は、ミューオンが光速に近い速度で運動しているために、ミューオンの時計が遅れ、地上から見ると寿命が延びたように見えるのである。そのため地上にまで到達する。このように運動する時計の遅れという現象は、完全に確立した現象である。このことをことさら強調するのは、なかにはこれが常識に反するから間違いであると主張する反相対論論者がいたり、そんな本が出回っていたりするからである。
ここに非常に高速の宇宙船が存在するとする。それは光の速さの60%もの速さで航行できるとする。その場合、宇宙船上の時計の遅れは0.8にも達する。つまり地上での10年が宇宙船では8年にしかならないのだ。双子の兄弟がいたとして、弟は地球に残り、兄は宇宙船に乗って6光年離れた星まで宇宙旅行をするとする。6光年を光速の0.6倍の速度の宇宙船で行くと、地球から見て10年かかる。しかし宇宙線の兄の時計では8年しかたっていない。兄は目的の星に到着した後、すぐに反転して地球に戻るとする。兄が地球にたどり着いたときに、地球では20年が経過したことになるが、兄の時計では16年しか経過していない。つまり兄が弟より4歳若くなる。これがウラシマ効果である。
ここで双子のパラドックスについて少し説明しよう。上で述べたウラシマ効果は奇異な感じがする。なぜなら地球に残る弟から見れば、兄は光速の6割で運動して、その時計が遅れるかも知れないが、兄から見れば、地球と弟が反対方向に光速の6割で運動していることになるので、時計が遅れるのは弟のほうではないかという疑問が生じる。ポイントは兄が目的の星で宇宙船の方向転換をするところにある。この時点で兄とそのロケットは大きな加速運動をする。そして大きな見かけの重力を感じる。しかし弟と地球は、兄の方向転換時に加速運動をしないし、見かけの重力も感じない。つまり兄と弟は完全には相対的ではないのである。双子のパラドックスの解説に関しては、本書の佐藤勝彦さんの解説を参照のこと。私は雑誌パリティの「相対論の正しい間違え方」と題する連載記事で双子のパラドックスを詳細に解説している。(松田卓也、木下篤哉、2000年03,04号)
さてウラシマ効果を用いれば、未来へのタイムトラベルは可能であることはすぐに分かる。先の例では、兄は16年しか経過していないのに、20年先の地球にたどり着いた。ロケットの速度を上げたり、行き先の星までの距離が増えると、ロケットと地球の時間差は、原理的にはいくらでも大きくすることができる。浦島太郎が竜宮城から戻ってみると数百年たっていたという話は、原理的には不可能ではない。竜宮城は海の下ではなく、遠くの星にあったのではないだろうか。
ブラックホールとワームホール
未来へ物体や情報を送り込むことに、なんの原理的問題もないことが分かった。問題は過去へ物体や情報を送り込むことである。これは一見不可能であるように思えるが、原理的には可能であると主張する物理学者もいる。その中でも有名なのは、アメリカの相対論の大御所であるキップ・ソーンである。彼はワームホールを用いたタイムマシンを1988年にフィジカル・レビュー・レターズ誌で提案した。
一般相対性理論はブラックホールという奇妙なものの存在を予言する。これは重さの割には大きさが非常に小さなもので、重力が非常に強くなる。そこで光すらも、そのものから外へ出ることができなくなる。だからブラックな穴(ホール)なのである。ブラックホールは一般相対論がその存在を予言した非常に奇妙な存在ではあるが、宇宙にはたくさん存在していると考えられている。実際、X線星や活動銀河の中心核のいくらかはブラックホールの候補とされている。
一般相対論はブラックホールのほかにホワイトホールというものも予言する。これはブラックホールとは逆に、重力はあるのに、何者もその中に落ち込めないと言う、さらに奇妙な存在である。もっともホワイトホールは理論的には存在しうるが、実際的には存在しないと言うのが普通の考えである。それはたとえば、熱が低温から高温に自然に流れることは、エネルギーの保存則とは矛盾しないと言う意味で、原理的にはあり得ても、実際的にはほとんどないのと同じことである。
さてそのブラックホールとホワイトホールをつないだものはワームホールといわれる。ブラックホールに飛び込んで、ホワイトホールから出ると、別の宇宙へ飛び出すことも原理的には可能である。
キップ・ソーンのタイムマシン
普通ブラックホールには事象の地平面というものがある。これがあるワームホールは、問題のタイムマシンには使えない。なぜならワームホールを抜けることができないからだ。そこで何らかの方法で負のエネルギーを作り出すことができたとすると、事象の地平面のないワームホールを造ることが原理的にはできる。このワームホールは宇宙のある地点と、同じ宇宙の別の地点を結ぶトンネルのようなものである。宇宙を普通に航行すると、とても距離が遠いのに、ワームホールを通過すると、非常に近いということがある。SFによく使われるワープ航法というのは、このようなワームホールを使ったものが考えられる。宇宙船の速度は、ワームホール内では光速度を超えないとしても、外の宇宙から見ると、光速度を越えているように観測される。これは実は重大な問題で、後で述べるように、光速度を越えることが可能なら、タイムマシンが作れるのである。
ソーンによるタイムトラベルの方法は、ウラシマ効果を利用するものである。何らかの手法で、負のエネルギーを作り、事象の地平面のないワームホールを造る。その一つを地球にとどめておいて、もう一方を高速度で宇宙旅行させ、遠くの星で反転させて再び地球へ戻す。するとさきほどのウラシマ効果のために、宇宙旅行した方のホールは時間があまりたっていない。そこで実験者はそのホールに飛び込み、地球においてあったホールから出てくる。すると過去へ戻れるというのである。
この考えにはもちろん強力な反対もある。ソーンとならぶ相対論学者として高名な、英国のスティーヴン・ホーキングはその一人である。彼は時間順序保護仮説なるものを唱え、ソーンの言うようなタイムマシンはたとえできても爆発してしまって機能しないと述べている。
負のエネルギーとワームホール
その問題を回避したとしても、ワームホールを造るには負のエネルギーが必要である。エネルギーがゼロである空間から正のエネルギーだけを引き出すことはできない。負のエネルギーとともにならば、エネルギー保存則に矛盾しないで、原理的には引き出すことができる。負のエネルギーというのは、質量が負であるから、重力が引力ではなく、反発力になるのである。そのためにブラックホールの事象の地平面ができるのを押さえることができる。ここで言う負のエネルギーはインフレーション宇宙論で現れるものとは異なる。
負のエネルギーは実際、1948年にオランダのカシミールによって発見されたカシミール効果によって、その存在が確認されている。帯電していない2枚の平行な金属板を置くと、それが引き合うという現象がある。平行板の間の真空に揺らぎが生じて、空間のエネルギー密度が負になったと考えられている。平行板の間隔が狭いほど引き合う力も大きい。実はここが問題になるのである。つまり大きな領域で大きな負のエネルギーを作ることはできない。量子論に特有の、ハイゼンベルクの不確定性関係とある意味で似ている。
負のエネルギーを作る別の方法として、スクイーズド真空状態を利用する方法がある。これは強力なレーザー光で物質を励起して一対の光子を作り出す。この光子が真空の揺らぎを押さえて、空間に正エネルギー領域と負エネルギー領域を作り出すというのである。ここでも問題は、負のエネルギー領域を作ると、必ずそれに対応した、あるいはそれ以上の正のエネルギー領域ができてしまうことだ。負のエネルギーを、そう都合良く作り出すことはできそうにもない。
超光速通信
以上の話は、物体を超光速で運ぶとか、過去へ運ぶ話であった。先に述べたように、情報だけを超光速で運んでも、タイムマシンを作ることができる。その可能性について述べる。情報を運ぶ最も速い手段は光、電磁波である。光の速さは光速と決まっているようなものだが、そうではないという実験がある。それはドイツのニムツ教授による1992年の実験である。マイクロ波を発生させて、それを二つに分離する。一方は空気中を伝わって検出器に届くが、他方は障害を通過して届く。電波は障害を波の形では通過しないが、量子力学で知られているエバーネッセント領域の中を通過する。量子力学的に言えば、光子がエバーネッセント領域をトンネル効果で通過したわけだ。ところがこの光子の速度が光速度を超えているという。この実験はその後、世界のいろいろのところで追試されて、現象自体は確認されている。その速度は実験によっては、光速の1.7倍であったり4倍であったりする。
さて問題は一つの光子が光速度より速く伝わったかどうかではない。量子力学的に言えば、それは不確定性関係の範囲で可能である。問題は情報を光速度より速く伝えることができるかどうかである。情報を伝えない超光速はいくらでもある。サーチライトのビームを回転させる。そのビームの当たったところは、光の点が通り過ぎる。この光の点の速さは、それが到達する距離を大きくすれば、いくらでも大きくできる。こんな超光速はなんの情報も運ばないので、タイムマシンにすることはできない。先の実験で電磁波が超光速で伝わったとして、問題はその速度が位相速度か群速度かということである。情報を運ぶのは群速度だからだ。位相速度は光速より速くなったとしても、群速度がそうならない限り、情報を超光速では運べないのである。
NHKでも放映されたBBCの「タイムマシン」いう番組があった。ここではソーンがキャスターになって、彼のタイムマシンのアイデアを話し、ホーキングも出ていた。また負のエネルギーの実験も紹介された。その番組でニムツ博士も登場して、彼の装置を見せた。同じような実験をしたアメリカ系中国人のチャオ博士は、超光速現象は認めるものの、それは情報を運べないとする立場を述べた。それに対してニムツ博士は、マイクロ波にモーツアルトの交響曲第40番を載せて、それを障害を通過させた後、録音した。その音楽をパナソニックのテープレコーダで再生しながら、「モーツアルトはアメリカ人には情報ではないかも知れないが、ヨーロッパ人には情報である」という皮肉で応対した。
この問題に関しては国際会議なども行われ、いろいろ議論されているようだが、決着はついていないと思う。もっともこの現象を利用して過去に情報を送ろうとすると、ニムツ博士も認めているように、地球からアンドロメダ銀河まで障害物をおいて、そのなかを電波を伝わらせる必要があるという。全くナンセンスである。ここでも分かることは、仮に過去に情報を送ることができたとしても、非常に近い過去、たとえば100億分の1秒前とか、であろう。意味のある過去に情報を送ろうとすると、非常に長い障壁を必要とするので、それを通過するには巨大なエネルギーが必要になる。負のエネルギーの場合と同様に、意味のある超光速を得るには、非常識に大きいエネルギーを必要とするのである。
熱力学第二法則と時間の矢
ソーンのタイムマシンを含め、今までに提案されたすべてのタイムマシンには、時間の矢の考察がないことが筆者(松田)と東北大学の二間瀬敏史には不満であった。それで我々はタイムマシンに関する独自の考察をした。それを以下に紹介しよう。
そもそもタイムマシンに意味があるのは時間に方向があるからだ。時間は過去から未来に流れると感じられる、いわゆる時間の矢が存在する。人間は過去の出来事は変更できないが、未来の出来事は自由意志で選択できると信じている。昨日の夕食のメニューは変更できないが、今日の夕食に何を食べるかは自由である。過去の記憶はあるが、未来の記憶はない。
いっぽう時間と対比して空間には、前も後ろも右も左も区別なく行くことができる。つまり空間はその方向に関して対称的である。しかし時間は後ろに進むことができず、常に前進しかない。タイムマシンがあれば強力だと思われるのは、このように時間に方向性があること、つまり時間が非対称的だからだ。時間を逆行できるタイムマシンができたら、昨日の夕食のメニューを変えることができるかも知れないのである。
先に述べたように人間の意識に関しては、過去と未来には圧倒的な非対称性がある。これを意識の時間の矢と呼ぶ。人間の意識だけではない。人間の歴史も、地球の歴史も宇宙の歴史もしかりである。これを歴史的時間の矢とよぶ。
時間の過去と未来の非対称性(時間の矢)の原因に関しては、19世紀のボルツマン以来、長い研究と論争の歴史がある。今までの多くの議論は時間の矢の原因を、熱力学第二法則に求めるものであった。熱力学第二法則とは、熱は高温から低温の方向に流れ、その逆は自然には起こらないというものである。「自然に」というところが重要である。冷蔵庫では熱は内部の低温部から周りの高温部に流れているが、それは電力を供給して冷却器を動かしているからである。
熱力学第二法則は明らかに時間の過去と未来を区別する、つまり時間の矢を導入する。この法則は他の物理法則と比べて異質である。熱力学第一法則とはつまりエネルギー保存の法則であり、これは自然界の基本法則であると考えられている。この法則をなにか他の法則から導出することはできない。それに対して第二法則は、他の物理法則から導出可能ではないかと考えられてきた。ボルツマンはそれをニュートン力学から導こうとした。しかしそれは多くの批判にさらされて成功しなかった。しかしボルツマンの研究を契機として、その後さまざまな研究がなされ、決着を見ないままに現在に至っている。熱力学第二法則は、他の法則から導出できない基本法則なのか、導出可能な二義的な法則なのか。多くの物理学者は後者の立場をとっている。
なぜなら、物理法則の基本法則はほとんどが、時間対称的なのである。ニュートン力学、電磁気学、相対性理論、量子力学すべてそうである。時間対称とは、難しく言えば、時間の方向を反転しても、物理法則を記述する方程式は形を変えないことである。わかりやすく言えば、ある現象をビデオで撮り、それを逆回しにしても、そのビデオの映像は不自然ではないということだ。たとえば太陽を回る惑星の運動がある。それをビデオに撮り、逆回しして、太陽系を知らない宇宙人に見せたとしたら、特に異を唱えないであろう。つまり物理の基本法則には時間の矢はないのである。
しかしガラスコップが机の上から落ちて粉々になる現象、たばこの煙が広がっていく現象、これらをビデオに撮り逆回しすると、明らかにおかしい。宇宙人でもそのおかしさはすぐに分かるはずだ。これらの現象に熱力学第二法則が関与しているのである。基本法則はすべて時間対称なのに、第二法則が関与する現象は、時間非対称的である。そして我々の身の回りでおきる現象の多くは、ビデオを逆回しすると不自然な現象、つまり時間の方向がある現象なのだ。
波動の矢
時間の矢を示す自然現象として、もう一つ重要なものに、波動の矢がある。放送局のアンテナから電波を放出すると、その電波は「未来の方向に向かって」広がっていく(これを専門的には遅延波とよぶ。)決して過去の方向に向かって広がっては行かない。何を当たり前のことをと言われるかも知れない。しかしこれが当たり前ではないのである。先に述べたように電磁波を記述するマクスウエルの方程式は、時間に関して対称的である。すると未来に向かって広がる電磁波もあれば、過去に向かって広がる電磁波(先行波とよぶ)も同様にあってよいはずなのだ。過去に向かって広がるとはどういうことか。水の波で考えよう。水面に石を落とすと波紋が広がっていく。そして池の縁に達すると一部は反射し、一部は吸収されるであろう。これをビデオに撮り逆回しすると、池の周りから波がある一点に集中してくるように見える。これがつまり過去に向かって広がる波を、過去から未来の方向に向かって眺めた様子である。ところでこんな現象は、普通はないのである。マクスウエル方程式からは、先行波を排除する理由はないのに、自然界には存在しないのである。放送局のアンテナから放出された電波の大部分は宇宙に向かって広がっていく。もし先行波があれば、宇宙のかなたから電波が地球に集まってくることになるのだ。なぜ自然界に先行波が存在しないのか。それは熱力学第二法則から導かれるという説、それとは独立だという説などある。
松田・二間瀬のタイムマシン
先にも述べたように、ソーンたちのタイムマシンには、時間の矢の考察が入っていない。もし時間の矢を考えないのなら、実はタイムマシンなんて比較的簡単に作れるのである。一つの電子を考える。これは過去から未来へと存在している。ところが電子が未来から過去へと存在したらどうなるか。それは我々の目からは陽電子と見えるということが素粒子論の知識から分かっている。陽電子、反陽子に代表される反粒子は、実はタイムトラベルしている普通の粒子であると解釈できるのである。
そこでタイムトラベルするデロリアン号を作るには、反粒子を集めて作った反物質を材料にして、反デロリアン号を作ればよいのだ。反デロリアン号が過去から未来に存在することは、デロリアン号が未来から過去へとタイムトラベルしていることと解釈して問題はない。デロリアン号をタイムトラベルさせるには、具体的にはこうする。粒子加速器を用いて大量の反陽子、反中性子をつくり、それを集めて反原子核をつくる。それに陽電子を加えて反原子をつくる。反水素のほかに反鉄とか反ゴムなどもつくる。これらを集めて、もとのデロリアン号D1にそっくりのデロリアン号D3と反デロリアン号D2をつくる。このとき、D2とD3は対生成で作ったので、構造などは全く同じだが、材料はD3が物質、D2が反物質という点だけ異なる。反デロリアン号D2を他の物質と接触させないように大事に保管しておく。そして未来のある時点でデロリアン号D1と接触させる。物質と坂物質が接触すると、対消滅のため大爆発してエネルギーになってしまう。こうしてD1とD2は対消滅する。
さてこれでタイムトラベルはできたのだ。どういうことかというと、デロリアン号D1が未来のある時点でタイムトラベルをはじめD2となる。それが過去のある時点で、タイムトラベルを中止して普通のデロリアン号D3になる。こう考えると、デロリアン号がタイムトラベルしたと解釈できるのである。
ここで読者は疑問をもたれるであろう。そんなのはタイムトラベルではない。マーティーはどうしたと。そうマーティーをタイムトラベルさせるには、マーティと反マーティーを作らねばならないのである。そんなことができるわけはない。フランケンシュタインじゃあるまいし人権に反する。人間では問題が大きいので、ロボットで話をしよう。人間同様の知能があるロボットができる時代の話だ。そうするとロボットと反ロボットを作ることは、原理的には問題はない。
しかし、このロボットのタイムトラベルは実は、魂のないロボットのタイムトラベルなのである。魂をタイムトラベルさせなければならない。具体的に言えば、未来から来たマーティーは未来の記憶を持っているのである。ここが重要な点で、先の知能のないデロリアン号とは本質的に違う点だ。タイムトラベルしてきたロボットには未来の記憶がなければ、常識的な意味でタイムトラベルしたと言うことはできない。
そこでロボットに未来の記憶を持たせなければならない。どうするか。それは未来を予測してロボットD2の人工頭脳に入れておくのである。そうすると未来から来たと称するロボットD2は、未来はかくかくしかじかであるということができる。嘘臭い話しと思われるかも知れないが、矛盾はないのである。その未来予測が当たるかどうか。それは時間スパンが短ければ短いほど、良く当たるであろう。タイムトラベルするロボットが、狭い環境に閉じこめられて外界の影響が少ないほど、未来予測は当たるであろう。
つまり松田・二間瀬流のタイムトラベルは、短期間、狭い場所に限定すればするだけ成功率が高くなるのである。ここにもハイゼンベルクの不確定性関係に似た関係が成立する。タイムトラベルの時間間隔をのばそうとすると、それだけ投入するエネルギー量を増やす必要がある。
冷蔵庫は熱を低温から高温に流し、熱力学第二法則の時間の矢を逆転させているという意味では、一種のタイムマシンなのである。広い部屋を冷却するには、より多くのエネルギーが必要である。その関係と同じことなのである。私たちの主張は、タイムマシンを論じるには、時間の方向、つまり時間の矢のことを考えなければ意味がないということだ。
タイムマシンを考えると言うことは、時間の本質を考えると言うことで、物理学だけでなく、生物学、脳科学、情報科学、哲学とも関連する実に奥の深い問題である。