科学朝日原稿  「時間の矢」

                     神戸大学・理学部 松田卓也

時間についての常識と、物理学における非常識

われわれは現在、過去、未来など時間に関してのさまざまな概念をもっている。 しかしこういった概念は、現代の物理学と調和させるのが難しいといったら、驚 かれるであろうか。

常識では、過去は過ぎてしまったことで、それを変更することはできない。未 来はまだ存在していないので、自由意思によってある程度は変更できる。昨日の 夕食は変更不可能だが、明日の夕食はどうとでも決めることが出来る。過去の記 憶はあるが、未来の記憶はない。このように過去と未来は対称的ではない。この 一見、自明と思われる事実も、物理学においては自明ではないのである。

時間は過去から未来のほうに向かって流れていくと、われわれの常識は告げて いる。この時間の非対称性をさして、英国の天文学者エディントンは「時間の矢」 とよんだ。光陰矢の如しというくらいだから、時間の矢とはなかなかうまいネー ミングである。時間の矢を物理学的にどのように説明するのか、というのが時間 論の最大の問題である。

ニュートン力学の時間対称性

まずは、物理学の基本であるニュートン力学から考えてみよう。ニュートンの 運動方程式において、時間t を-tに置き換えたとしても、運動方程式の形は変わ らない。時間を含む部分が二乗の形になっているからである。このことをさして、 ニュートンの運動方程式は時間反転に対して不変である、あるいは時間対称であ るという。

ニュートンの運動方程式で記述される、例えば振り子の振動を考えよう。ここ では振り子に働く空気の抵抗とか、軸受けの摩擦は考えないとする。すると振り 子は永久に振動を続けるであろう。この様子をビデオに撮り、それを逆回しする。 ビデオを見ただけでは、それが順送りか逆送りかをいうことはできない。どちら の運動も自然だからである。つまりビデオを逆回ししたような運動も、ニュート ンの運動方程式の解になっている。このことからして、ニュートン力学では過去 と未来は対称的であり区別はつかず、時間の矢は存在しない。

しかし、空気の抵抗や軸受けの摩擦を考えると事態は異なる。振り子の振動は、 もしゼンマイのような動力源がないのなら、やがて停止するであろう。そのよう すをビデオにとり、逆回ししたら、それが異様であることはすぐわかる。止まっ ていた振り子がだんだんと大きく振れだすからである。この現象には、摩擦とか 抵抗といったものが関与している。それはあとで述べる熱力学第二法則と関連し ている。熱力学第二法則まで考えにいれると、時間の方向性が発生する。そのこ とを、熱力学的時間の矢という。

ここで問題ととなるのは、空気の分子までニュートンの運動方程式にいれて解 けば、それは完全に可逆(時間対称)であるはずなのに、どこで非可逆性(時間 の矢)が入り込むのだろうかということだ。

その他の基本法則の時間対称性

ここまではニュートン力学について述べたが、事態は特殊相対論、一般相対論 になっても変わりないのである。つまりアインシュタインの方程式も時間対称に なっている。一般相対論で現れるブラックホールというものがある。これを時間 反転したものはホワイトホールとよばれている。

ニュートン力学とならんで古典物理学のもうひとつの柱に電磁気学がある。そ の基本はマクスウエルの方程式である。この方程式も時間反転に対して不変にな る。このことを分かりやすくするためには、電磁波の伝播を記述する波動方程式 を考えると、これは2階の偏微分方程式である。この波動方程式を解くと、二種類 の解が得られる。それを遅延解と先行解とよぶ。

池に石をなげいれると、波紋が外に向かって広がる。これが遅延解である。こ の様子をビデオにとり、それを逆回ししてみると、池の淵から波紋が、ある一点 に集中してくるように見える。これが先行解である。先行解は過去に向かって波 動が伝播していくと解釈することもできる。遅延解と先行解はそれぞれ、おたが いを時間反転したものになっている。遅延解も先行解も、波動方程式の解として、 数学的にはどちらも許される。しかし、現実には先行解はない。もし電波の先行 解があれば、過去に向かって通信を送ることができ、さまざまなタイムパラドッ クスを生じる。先行解を捨てて、遅延解をとるのは経験的な理由であるが、これ を波動の時間の矢とよぶ。

ここまでは古典物理学であった。量子力学でも基礎方程式であるシュレディン ガーの方程式は、時間対称である。電子の運動を記述するディラックの方程式も 時間対称である。電子を考える。これを時間反転したもの、つまり時間を逆行す る電子は、電子の反粒子、つまり陽電子とみなせる。このことはCPT定理から 出てくる。

以上をまとめると、ニュートン力学、電磁気学、相対論、量子力学、いずれを とっても、その基本方程式は時間反転に対して不変であり、時間対称的である。 つまり時間の過去と未来の区別は、理論そのものからはでてこない。

熱力学第二法則と熱力学的時間の矢

物理学の法則としては、もっと経験的なものも存在する。熱力学第二法則がそ の例である。「熱は温度が高いほうから低い方へ流れる、その逆は自然には発生 しない」という経験事実を定式化したものが、熱力学第二法則である。もちろん 冷蔵庫やクーラーでは、熱を低いほうから高い方へ流すことができる。これは系 が孤立していなくて、外部から手を加えているからである。熱力学第二法則は、 厳密に言えば孤立系、つまり外界との物質やエネルギーのやり取りのない系で成 立する。熱力学第二法則は熱の流れのほかに、たばこの煙の拡散現象、摩擦現象 などにも適用される。熱力学第二法則は、非可逆な現象、つまり時間的に非対称 な現象を記述している。このようにして現れる時間の非対称性を熱力学的時間の 矢とよぶ。

熱力学第二法則を、もっと定量的に述べたものがエントロピー増大の法則であ る。エントロピーとはクラウジウスという19世紀の学者が導入した熱力学的量 である。これを用いると、熱力学第二法則は「孤立系のエントロピーは増大する (減少しない)」と言い表す事ができる。

ボルツマンによる熱力学第二法則の「証明」 19世紀末、オーストリアの物理学者ボルツマンは、熱力学第二法則を気体の 分子運動にニュートン力学を適用することにより証明しようと試みた。そして一 見成功したかにみえた。ところが、その証明の問題点をさまざまな人により批判 された。

ボルツマンは統計力学を創始して、つぎのような結論に達した。エントロピー は確実に増大するのではなく、統計的に増大するのであると。つまりエントロピ ー増大の可能性は減少の可能性よりも圧倒的に高いと。そこで生まれたのが、ボ ルツマンによる有名なエントロピの定義式S=klogWである。ここでS,k,Wはエント ロピー、ボルツマン定数、場合の数である。

こうすると、低エントロピー状態とは場合の数の少ない、特殊な状態である。 一方、高エントロピー状態は場合の数の多い、ありふれた状態である。だから初 期に特殊な低エントロピー状態にあれば、その後はありふれた状態に移る可能性 が高いのは当然であろう。

しかし問題は、それではなぜ、初期の状態が低エントロピー状態なのか、とい うことである。それは宇宙が熱的に非平衡であり、そのような低エントロピー状 態が用意できるからである。つまり問題は宇宙論にまで立ち入らねばならない。

進化の時間の矢

熱力学第二法則によれば、世界の状態はエントロピーの低い状態、つまりより 整然とした秩序だった状態から、エントロピーの高い状態、つまりより秩序の無 い状態に向かうはずである。ところが宇宙を見ると、宇宙初期の一様な状態から、 銀河や星がうまれ、そのなかで惑星が生まれ、地球という惑星の上で生命が誕生 した。生命も単純な単細胞生物から多細胞生物へ、低級な生物から高級な生物へ と進化した。そして人間がうまれ、社会ができた。社会も単純な原始社会から、 高度に発展した社会へと進化してきた。これらの事実は、エントロピーの増大と いうよりは、むしろ減少を思わせるものである。つまり宇宙全体のエントロピー は増大していくはずなのに、われわれのまわりではエントロピーはむしろ減少し ている。このような進化の方向を、進化の時間の矢とよぶ。これは、熱力学的時 間の矢と矛盾しているように見える。

ベルギーのノーベル賞物理学者プリゴジンたちは、熱平衡から離れた系におけ る熱力学、つまり非平衡系の熱力学を展開し、そこでは秩序があらわれることを さまざまな例からしめしている。問題は、われわれのまわりが熱的に非平衡であ るということだ。そうであるからこそ進化がおこり、さまざまな複雑なものが発 生しうるのだ。

宇宙論的時間の矢

われわれの回りがどうして熱的に非平衡かという疑問をつきつめていくと、宇 宙の始めにまでたちいたる。宇宙の始まりは、高温、高密度の物質と光が一様に 分布していた。通常の熱力学の常識では、この状態は熱平衡のはずである。する と、それ以上エントロピーは増大しない、いわば終局的な状態のはずである。と ころが重力まで考慮に入れると、この状態は熱平衡どころか、それからもっとも 隔たった状態なのである。重力まで考慮にいれた重力熱力学では、物質の密度分 布は一様より非一様のほうがエントロピーが高いとされている。その究極はブラ ックホールである。宇宙は時間がたつにつれてブラックホールがごろごろある状 態に進んでいくが、現在はその終局的状態からははるかに離れている。つまり熱 的非平衡な状態なのだ。このことが、地球、生命、社会の進化の根源的な理由で ある。

結論をいえば、物理の基礎法則は時間対称であっても、その方程式にかせられ る初期条件、境界条件といったものが時間非対称であるので、時間の矢が発生す るのである。もっとはっきりいえば、宇宙の初期状態が、熱平衡から隔たってい たからである。

世に擬似科学の種はつきまじ

筆者は科学朝日の4月号で、相対論は間違っているとする擬似科学説のいくつ かを具体的に批判した。ところがそれが出版される前から、筆者のその議論を批 判する本が出版されるしまつである。なんのことはない、筆者の文は擬似科学本 の宣伝になり、かれらの飯の種になってしまっている。擬似科学者には、フリー ライターといった人のほかに、物理学でない分野の大学教官も交じっている。か れらは専門書を勉強するのではなく、啓蒙書を読んで、それを誤解して、その誤 解した理論を攻撃するというのがひとつのパターンとなっている。

最近、熱力学第二法則を批判する擬似科学書もでた。しかも筆者の本を半分読 んで誤解して、批判しているのである。もっときちっと読んでから批判して欲し いなあ。でも具体的に筆者が反論すると、また疑似科学の飯の種になるのでこれ で止める。パソコン通信のニフティサーブの科学フォーラム物理会議室、SFフ ォーラム超科学会議室、インターネットのfj.sci.physicsには、これら疑似科学 本を批判する文が山のように投稿されている。日本の若者の良識は健在である。 オウムばかりが理工系エリートの集まるところではないのである。

文献

「時間の逆流する世界・・・時間・空間と宇宙の秘密」松田卓也、二間瀬敏史著、 丸善、1987年。

科学は言いっ放しではなく、観測、実験による実証が必要である。本書は時間 対称宇宙の実証可能性を論じた。ある疑似科学者は本書を攻撃しているが、本書 は知的冒険と考えるべきである。「時間の逆流のような問題を、そもそも問題と 考えるかどうかが問題である」とはホイラーの含蓄あることばである。

「時間の本質」松田卓也、二間瀬敏史著、講談社現代選書、1993年、熱力学 第二法則と宇宙論の関係を論じた。

「皇帝の新しい心」ロジャー・ペンローズ著、林一訳、みすず書房、1994年、 人工知能と物理学の関係を論じた大著。なかで著者独自の時間の矢の理論を展開 している。それによれば宇宙の初期条件と終末条件の違いが、熱力学第二法則を 規定しているとする。

「時間の矢、生命の矢」ピーター・コヴニー、ロジャー・ハイフィールド著、野 本陽代訳、草思社、1995年、化学と生物における時間の矢も論じている。プ リゴジンなどブリュセル学派の立場に立つ。


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