
連星とはふたつの星が共通の重心のまわりを回転しているようなシステムである。そのな かでもふたつの星の距離が近く、流体力学的な相互作用が生ずるようなシステムを近接連 星系とよんでいる。太陽のような星は主系列星とよびその大きさはひじょうに安定してい るが、進化の終わりに近づくとふくれあがって巨星とよばれる段階になる。さらに進化が 進むとその先の運命は星の重さによって異なるが、最後は太陽程度の重さで地球程度の半 径の白色矮星、太陽程度の重さで半径が10KM程度の中性子星、太陽の3倍以上の重さで半 径はやはり10KM程度のブラックホールになる。これらの星は重さのわりには半径が極めて 小さく稠密であるので、まとめてコンパクト星とよぶ。
連星系はその進化の過程で巨星とコンパクト星の対になる場合がある。この場合、さま ざまな複雑な現象が生じる。ふたつの星が円軌道を描いて回転している場合を考える。そ のとき回転系で見ると、ふたつの星の重力のほかに遠心力、コリオリ力のようなみかけの 力が発生する。重力と遠心力はまとめてポテンシャル力となるが、これをロッシュ・ポテ ンシャルとよぶ。ふたつの星はそれぞれ重力のなわばりを持ち、その境は8の字の形をし ていて、そのくびれたところをL1点とよぶ。さて巨星が進化の過程で膨張すると、8 の字 の形のなわばり一杯になり、ついにはL1点からガスが溢れだしてコンパクト星のなわばり に流れ出す。そんな流れをロッシュ・ローブ溢れ流とよぶ。
溢れ出たガスはコンパクト星の重力に引かれて落下するが、コリオリ力の存在のため直 接コンパクト星に落ちることはできず、コンパクト星をまわる軌道上に落ち着き、コンパ クト星のまわりに薄いガスの円盤をつくる。これを降着円盤とよんでいる。降着とは英語 ではアクリーション(Accretion) とよび、ガスが天体の重力にひかれて落下することをい う。降着円盤のガスはコンパクト星のまわりを回転しながら、なんらかの機構で角運動量 を失い、渦巻状の軌道を描きながらだんだんとコンパクト星に近づく。すると重力エネル ギーが開放され、その半分は運動エネルギーに、残りの半分は熱エネルギーに移り、ガス の温度は高くなる。どのくらい高くなるかは、コンパクト星により異なるが、中性子星と かブラックホールの場合は、1 億度にもなりX 線が放出される。こんな天体をX 線星とよ び、人工衛星で観測されている。
理論的には降着円盤において、なぜガスが角運動量を失うのかという問題がある。標準 降着円盤モデルでは降着円盤は乱流状態にあり、乱流粘性によって角運動量が外側に輸送 されると考えている。乱流渦の強さをパラメターαであらわすのでαモデルともよんでい る。しかし、そもそも降着円盤は、レイノルズ数の大きさ1014にもかかわらず、はた して乱流的であるかどうかは自明ではない。
そこでわれわれは降着円盤の数値シミュレーションを行った(Sawada et al. 1987, Matsuda et al. 1990)。計算を簡単にするために、空間2次元に限った。つまり連星系の 回転面(赤道面)付近の流れに限定し、かつ降着円盤の厚みは一定とした。また流れは層 流であるとして乱流粘性は仮定しなかった。熱的には断熱であるとして、比熱比γだけで ガスを表現した。ガスにたいする加熱、冷却は表だってはとりいれていない。しかし小さ なγの値をとり(1.2 )冷却効果をいくぶん考慮はした。
計算領域は巨星とコンパクト星を囲む十分に広い範囲をとった。採用した座標系はマル チ・ボックス型の一般曲線座標である。計算法としては、MUSCL タイプのFlux-Splitting 法を採用した。境界条件としては、巨星の表面の直下におけるガスの密度、音速をあたえ 、表面を横切る流束はリーマン問題を解いて求めた。コンパクト星は実際にはきわめて小 さく、その表面まで計算することは不可能である。そこでコンパクト星を囲む適当な大き さの円を考え、そこを境界とした。その境界の内部は真空として、表面での流束はリーマ ン問題から求めた。この場合、可能な最大の降着が実現するはずである。外部境界の外側 は極めて低密度、低温と仮定した。計算の初期には、全領域にきわめて希薄なガスをおい たが、これらは後にはコンパクト星に降着するか、計算領域外にでていくかして結果には 大きな影響はおよぼさない。時間積分は陽的に行い、ほぼ定常状態に達するまで行った。 そのためには連星系の公転周期の数倍の時間は必要になる。この問題の最大の難点は、コ ンパクト天体付近の計算格子が小さく、しかもそこでのガスの速度は最大である。したが って時間刻みがその付近で制限される。計算ステップ数は百万におよぶび、100 ×121 程 度の粗い格子でも、富士通VP400Eをもちいても20時間程度のCPU 時間を要した。
ビデオ[QT 4.2MB] [MPEG 3.6MB]に結果の一例を示す。全領域の密度分布である。巨星を包みこむようなガスの一部 がL1点からコンパクト星の縄張りに流れだし、そのまわりに降着円盤を形成していること が分かる。特徴的なことは降着円盤に一対の渦状模様が発生していることである。降着円 盤の流れは超音速であるので、これは衝撃波である。このような衝撃波の存在はこの計算 ではじめて明らかになった。ガスは渦状衝撃波に衝突すると角運動量を失い、徐々にコン パクト星に向かって降着する。つまり衝撃波が角運動量を外向きに輸送しているのである 。この場合は、乱流粘性は必要ではないのでαモデルとは違うモデルが成立する。
私たちは、そこで富士通のスーパーコンピュータVP400Eを用いて、いま述べ たようなガスの流れのコンピュータ・シミュレーションを行った。スーパーコンピュータ を用いても、これはたいへんな計算で、完全に現実的なモデルを作ることは難しい。私た ちは流れが薄い円盤のなかに閉じ込められていると仮定し、2次元計算を行った。X線な どの電磁波の放出は、もちろん重要であるが、それを直接扱うのは難しいので、ここでは 簡単なモデルを採用した(ガスの比熱比を1.2とする)。
始めには降着円盤は存在しないと仮定し、時刻0からガスが巨星から流れ出して、降着 円盤ができるまでの過程を計算した。その結果は富士通のCGMSシステムを用いてビデ オのアニメーションにした。ビデオにすると、流れの動的な様子が非常によく分かる。写 真はそのスナップショットである。色は密度の大きさを表し、白いほど密度の高い部分で ある。降着円盤の上に2本腕の渦状の模様が観察される。これは衝撃波である。
実際の降 着円盤にこのような渦状衝撃波が存在するかどうかは、知られていない。もし存在が確認 されたとしたら、それは望遠鏡ではなく、コンピュータで発見されたということになるで あろう。
また2 次 元流と3 次元流は性質がことなるので、3 次元計算を行わなくてはならない。またこの計 算におけるガスの温度は現実よりかなり高い。そうでないと計算がさらに困難になるから である。まだまだ研究すべき問題は多い。
「近接連星系における降着円盤」で説明したように、巨星とコンパクト星が近接連星系を 構成しているばあい、興味ある流体力学的現象が生じる。巨星がその重力の縄張りから溢 れ出るほどには大きくはないが、巨星の表面からガスがいきおいよく風として吹き出す場 合がある。これを星風とよんでいる。その風はコンパクト星に吹きつけ、その一部が降着 して重力エネルギーを開放してX線を放出するのである。
巨星とコンパクト星の両方を考慮すると問題が複雑になるので、ここではコンパクト星 のみを考える。重力をおよぼすコンパクト星に無限上流から一様流が流れてくると、問題 を理想化しよう。まず流れが軸対称的であると仮定しよう。流れが極超音速であるとする と、風の運動エネルギーV2/2に比べて熱エネルギーは無視できる。コンパクト星による重 力エネルギーはGm/r2 である。ここでm はコンパクト星の質量、G は重力定数である。こ のふたつのエネルギーの比較から2Gm/V2という特性長さが出てくる。これを降着半径とよ ぶ。
しかしマッハ数があまり大きくない場合は、熱エネルギー、つまり圧力の効果を取り入 れる必要がある。そんな場合には、簡単な解析的理論では不十分で、数値計算に訴えなけ ればならない。
計算を簡単にするためにガスの粘性は無視し、加熱、冷却も無視する。ガスの比熱比γ は単原子気体のそれ5/3 を採用する。座標としては極座標を採用する。計算法はMUSCL タ イプのOsher 法であり、空間精度は2 次である。時間積分はLU-ADI法を用いて陰的におこ なった。格子数は動径方向に106 、角度方向に65である。外部境界は降着半径の5 倍に設 定し、内部境界は1/66においた。外部の境界条件としては一様流を仮定した。内部境界は 真空条件とした。内部境界に近い格子の大きさが極めて小さく、かつそこでの流速がいち ばん大きいので、時間刻みは極めて小さくなる。その結果、VP400Eでもほぼ定常的な解を えるまでには15時間程度かかる。
ビデオ[QT 2.6MB] [MPEG 3.9MB] にHoたち(1989)の結果を示す。下の軸は対称軸であり、上半分のみを示す。スケー ルは降着半径である。上流マッハ数は10 である。マッハ数分布を示した。そ のなかでも赤い部分はよどみ点である。固体球をすぎる超音速流の場合とは違って、よ どみ点は物体の前方ではなく後方にできる。降着は主として球の後部から生じていること がわかる。球はガスを最大限に吸収するにもかかわらず、衝撃波が前面にでるのが特長で ある。この衝撃波をバウ衝撃波とよぶ。降着率は極超音速にたいする解析解の6 割程度で あった。
さて軸対称という仮定はどれほどよいものだろうか。軸対称の計算では流れは、ほぼ定 常である。しかし観測によれば、中性子星からでるX線の強度は時間的に不規則に変動し ている。これは流れの不安定性と関係があるかもしれない。そこで軸対称の仮定をはずし た計算をおこなった(Matsudaたち,1990)。完全な3 次元計算は大変なので、ある面内に限 定した2 次元計算を行った。つまりコンパクト星は円柱のようなもので近似される。しか し重力は3 次元的なものを採用した。
計算をスピードアップするために、座標としてデカルト座標を採用した。だからコンパ クト星は厳密には四角の穴として表現されている。計算法は陽的なRoe 法である。上流マ ッハ数は3 、格子数は128 ×128 である。コンパクト星をあらわす中心のあなを1 セルと すると、流れは始めは対称的であったが、やがて大きく乱れ首を不規則に左右に振るよう になった。ある時刻で穴の大きさを5 ×5 のセルに拡大した。すると衝撃波の振れは規則 正しくなりあたかもカルマン渦のような状態が実現した。写真3 にそのときの密度分布を 示す。赤から緑、青と密度が下がる。軸対称の場合とは異なり、衝撃波は穴にくっついて いる。