宇宙論における人間中心主義

 

 宇宙とはなんであろうか。もっとも常識的 な定義としては、全時間・空間およびそこに 含まれる全物質ということになるであろう。 われわれの住むこの世界がどのようなもので あるのか、どのようにしてできたかについて の見方を宇宙観という。世界の多くの民族に は独自の宇宙観がある。聖書の創世説にしろ 日本のいざなぎ神話にしろ、ひとつの宇宙観 である。

 宇宙観は時代と場所によって異なる。認識 しうる世界の大きさが違うからである。人間 が認識できる範囲は、子供から大人に成長す るにしたがって拡大していく。それとどうよ うに、人類の認識の範囲としての宇宙も時代 とともに拡大してきたのである。

 宇宙観が神話や宗教ではなく、科学的な衣 をまとうようになったのはギリシャにおいて である。ギリシャの多くの天文学者、哲学者 たちの宇宙観の集大成として、アリストテレ ス(Aristoteles) - プトレマイオス(Ptolema ios)の天動説がある。天動説においては宇宙 の中心に地球があり、月、惑星、太陽は地球 のまわりを回転している天球上にある。一番 外側には恒星がちりばめられた天球があり、 一日で地球のまわりを一回転する。実際のモ デルはもっと複雑なもので、観測に合わせる ため、天球上にさらに周天円とよばれる小円 を導入したり、離心円とよばれるものを導入 した。

 天動説の特徴は世界の中心にわれわれの住 む地球があること、宇宙の大きさが有限であ ること、地上の法則と天上の法則は異なるこ となどである。この天動説はギリシャからア ラビアに移りそして再び西欧中世に輸入され た。この思想は、神は人間のためにこの世界 を造ったというキリスト教の人間中心思想に 調和するとして、中世からルネッサンスにい たる西欧の思想界を支配した。

 これにたいしてポーランドのコペルニクス (N.Copernicus)は宇宙の中心は太陽であると する地動説をとなえた。コペルニクスの地動 説では、惑星は正しい順序にならべられ、天 動説では理解できなかったさまざまな現象が 簡単に理解できるようになった。しかし宇宙 の大きさが有限であるとする立場は保持され ていた。

天動説から地動説への転回は、ひとつの重 要なパラダイムの転換であり、たんに天文学 上の問題にとどまらず、われわれ人間や地球 が世界の中心的位置から追放されるという哲 学的意味を持つこととなった。現代宇宙論も 基本的には、その流れの中に位置づけられる のである。人間が世界の中にあって、選ばれ たものでもなく、とりたてて重要なものでも ないという考えを「平凡性の原理」と称する 。現代科学は、人間をも分析の対象となる物 理的存在とみなしている。こういった思想も 歴史をたどればコペルニクスにたどりつくの である。

ブルーノ(G.Bruno)はコペルニクスの思想 をさらに進め、コペルニクスにも残っていた 宇宙の有限性を打ち破り、宇宙は一様で、そ の大きさは無限であると主張した。有限宇宙 から無限宇宙へのパラダイムの転換も近代、 現代宇宙論に大きな影響を及ぼした。

ニュートン(I.Newton)たちにより惑星の運 行の力学的な基礎があきらかになり、その後 のさまざまな天文学的発見とあいまって19 世紀には近代的無限宇宙論が成立した。この 立場では宇宙は一様で無限の大きさを持ち、 また始まりも終わりもない静的なものである とされた。しかし静的な無限宇宙論には、夜 空はなぜ暗いのかといった難点( オルバース の背理) があり、その解決は20世紀におけ る膨張宇宙論を待たなければならなかった。

現代宇宙論の基礎はアインシュタイン(A.E instein)の一般相対論にもとずいている。そ れまでの考えでは、時間・空間は始めからア プリオリに与えられている容器であった。し かし一般相対論では、時間・空間の中に存在 する物質が、容器としての時間・空間の形を 規定するようになっている。いわばバケツの 中の水がバケツの形を歪めるようなものであ る。

一般相対論の方程式は複雑な偏微分方程式 の形をしており、それを数学的に解くには、 さまざまな簡単化の仮定を必要とする。アイ ンシュタインはまず、宇宙の密度分布は一様 で、かつあらゆる方向は同等であるという仮 定( 等方性) の仮定をした。この仮説を「宇 宙原理」とよぶ。現在の観測では、宇宙原理 は非常に良い精度で成り立っていることが分 かっている。

 アインシュタインはさらに、宇宙は静的で あると仮定した。これらの仮定により方程式 は極めて簡単になり、容易に解くことができ る。ところがもともの方程式を、この条件の もとで解くと解が存在しないことがわかり、 アインシュタインは基本方程式を少し変更し て、解を求めた。この解をアインシュタイン 宇宙モデルとよび有限な体積を持つ閉じた世 界になっている。

後に宇宙は静的ではなく膨張状態にあるこ とがハッブル(E.Hubble)たちの観測により発 見された。アインシュタインのもとの方程式 を、宇宙原理は仮定するが、宇宙は動的であ るという条件で解くと、いくつかの解が得ら れる。これらの解を発見者の名前をとってフ リードマン(Friedmann) の宇宙モデルとよん でいる。フリードマンの宇宙モデルは、とり うるパラメターの大きさにより、有限の閉じ た世界の場合と、無限大の開いた世界の場合 がある。われわれの宇宙がそのどちらの場合 に属しているのかは、原理的には観測で決定 できる。今までの観測では、開いた無限宇宙 の可能性が強いとされている。

 現在の宇宙は膨張しているのであるから、 時間的に遡って見ると収縮していくことにな る。収縮にともなって、宇宙は小さくなり、 密度と温度は上昇するはずである。現在の膨 張率から計算すると、いまからほぼ150億 年前には、宇宙の大きさは極めて小さく、非 常に高温度、高密度の状態があったはずであ る。この時期をビッグバンとか宇宙の誕生と よんでいる。

 戦後、ガモフ(G.Gamow) はフリードマンの モデルをビッグバンまで徹底的に採用して、 そのなかで生じる原子核反応を計算して、よ り簡単な素粒子から複雑な化学元素が生まれ てくる様子を研究した。宇宙のそとわくの研 究から中身の研究への転換である。

 1965年になってビッグバン時の高温の 輻射のなごりである電波が発見され、その温 度が絶対3度であることが判明した。これは ビッグバン宇宙論のひとつの有力な観測的証 拠となった。もうひとつの証拠として、宇宙 初期の3分間に形成されたとされるヘリウム の計算量と観測値がよくあうことがあげられ る。これらのことから、フリードマン宇宙モ デルに基づく宇宙論はその大筋において確認 されたといつてよいであろう。

 最近では宇宙初期の1秒以前の超高温度、 超高エネルギーの時代の歴史を、最新の素粒 子理論をもとに解明する、いわゆる素粒子論 的宇宙論が流行している。また宇宙がそもそ もなぜ存在を開始したのかも研究の対象とな っている。しかしながら、これらの理論は、 理論的整合性はあるものの観測的裏づけにと ぼしく、定着した理論とはいいがたい。むし ろ素粒子の理論の確認が加速器では不可能で あるような超高エネルギーの現象を、宇宙を 実験室として確認しようという、むしろ逆転 した論理構造をもっている。

 これまでの宇宙観の歴史、科学の歴史は、 基本的にはコペルニクスに始まる近代化の延 長線上にある。しかし最近、宇宙における人 間の地位を見直そうという考えが一部の宇宙 論学者の間で唱えられている。それは「人間 原理」という思想である。その思想において は、人間はこの宇宙にあって偶然的に発生し た、宇宙にとってあってもなくてもよいもの 、どうでもよいものではなく、宇宙の性質を 規定するのに本質的重要性をもっているとす る立場である。

 その理由は人間のような知的生命がいなけ れば、宇宙は認識されず、認識されない宇宙 はないのとおなじことだからだ。そこで炭素 生命体である人間が存在するためには、宇宙 を規定するパラメターや、物理定数、さらに は物理法則自体が、どんなものであってもよ いということはなく、ある狭い範囲に限定さ れるであろう。このようにして、人間存在が 世界を規定するという立場が人間原理である 。標語的にいえば「人間のため世界はあるの 」ということになる。人間原理は平凡性原理 にたいする一つのアンチテーゼであり、アリ ストテレス以来の目的論的哲学を復活させた ものといえよう。


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