時間の逆流する世界

 

1.時間のさまざまな側面

時間とはなにかを論ずるさいによく引用される聖アウグスチヌス(354−430)の次の言葉がある。「時間とは何か。それは尋ねられないときは分かっているが、しかしだれかに説明しようとすると分からなくなる。」なかなかの名言である。じっさい、だれもが時間についての、ある概念をもっている。時間がないとか、時間のたつのが遅いとか速いとか、時間にかんする言葉はさまざまある。ただ、これらの概念を学問的に明確化しようとすると、とたんに問題が発生する。というのは時間にはさまざまな側面があり、自分の考えている側面と相手のそれが一致しないと、コミュニーケーションが成立しないからである。時間のさまざまな側面とは、たとえば哲学的、心理学的、生物学的、社会学的、物理学的時間などである。

たとえばその一例をあげてみよう。1983年10月、京都ドイツ文化センター主催によるコロキウム「時間ー東と西の対話」が開催され、ドイツと日本の様々な分野の学者が集まり、時間という一つの主題について論じあった1)。物理学、文化史、社会学、心理学、哲学のセッションがあった。物理学ではドイツを代表して、シナジェティクスで有名なヘルマン・ハーケン、シュトゥットガルト大学教授が「時間の矢ー自然界における秩序の崩壊と構築の基礎」、日本側は佐藤文隆京大教授が「宇宙と時間の生成」と題して講演した。これらの講演は私には極めて明快で分かり易いものであった。私もハーケンの議論に完全に同意する。しかし、ハーケンの講演に対する哲学者、心理学者の質問が、いわゆる二つの文化(学問には自然科学系の文化と人文科学系の二つの文化があり、そのお互いは理解しあえないというスノウの説)の例であった。司会者である山崎・京大教授の感想を引用してみよう。「正直にいって残念ながら物理学者ハーケンと哲学者ビーリ、心理学者パッペルらの議論はかみあっていない。物理学者が時間の矢ということで問題にしているのは、物理学として微視的なレベルでの基本法則(運動方程式)では時間の矢の向きは未 来、過去の両方完全に同等であるのに、なぜ巨視的な日常の現象では未来へ向かう矢の向 きは一義的にはっきりしているのかという事実を理解するのに苦しんでいるのだが、物理 学者でない人々はおよそ何が問題なのかも正しく理解していない。専門の異なる人々の議 論は、このようになかなかむずかしくはがゆいものである。1)

2.劫外ー時間の外

ふたつの文化の齟齬は哲学の講演において頂点にたっした。辻村公一・京大教授が「劫 外の春」と題して講演した。辻村教授はハイデッガーの研究者として有名な方であるが、 我々には講演の題すらなんのことか分からなかった。辻村教授は西欧哲学の時間論を調べ た結果、自分のいいたいことはそれらのなかには無いと述べたあとで次のような話をされ た。28年前にある日本人が胃癌のため死の床に伏していた。かれは死がまじかに迫って いることを知っていた。かれは禅仏教の本を読み、そのなかに「一鉢の水仙、劫外の春」 という言葉を見つけ、「私は死なないように思われる」とポツンといった。これは逆説的 であるように思われる。かれにはあることが稲妻のように閃いたのであろう。

「劫外の春」とは禅語であるが逆説的な言葉である。なぜなら劫とは時間と解せるが、 ここでは気の遠くなるような「非常に長い時間」を意味している。しかし春は短い時間で あり、「劫外の春」とは時間の外の春として、全くの矛盾であるように見える。劫外とは 西欧の思想にある永遠を意味するわけではない。プラトンのイデアも、アウグスティヌス の神も、超時間的に不変な存在を意味するのに対して、劫外にはイデアも神も存在しない 。劫外とは時間の中にあって時間を離脱していること、つまり時間の外である。

一本の水仙はそれ自身のなかに無限に近い過去を担っている。なぜなら水仙はその根か ら天地とその他の物と関連して生じ、根自体も別の水仙から由来している。どうように一 本の水仙は、それ自身のうちに無限に近い未来をも指し示している。「かくして一本の水 仙は、非常に長い時間、すなわち刧をその外にー現し立てるというという仕方で、非常に 長い時間を示すー標Ex−ponentであります。一本の水仙が今咲いているというこ とは、ただそれだけのことではなくして、劫を劫の外に現し立てております。一本の水仙 は今、劫の外化として、時間の外として時間の内に咲いているのであります。1)」

この辻村教授の講演にたいして、ドイツの哲学者、物理学者からの批判的な質問がたく さんなされた。そのなかでの典型はハーケンの次のような質問であろう。ハーケンは黒板 に一本の直線を描き、その上方に点をうって「この直線が時間とすると、時間の外とはこ の点のことと理解してよろしいか?」と尋ねた。それに対して、辻村教授は「私の言う劫 外、時間の外ということは、決して時間を離れないわけでして、いわば時間の裏側みたい なものです。もしゲーテがここにいたら、自分の立っているところは地球の中心まで至っ ていると言うかもしれません。ちょうどそれに対応するようなことを言っておるわけです 」と答えた。

3.基本法則の時間対称性

哲学的な時間論はこのくらいにして、本題の物理学における時間論に戻ろう。始めのハ ーケンの講演でも述べられたように、物理学における時間論の最大の問題は、時間の矢、 つまり時間の過去と未来の非対称性の起源である。物理学における基本方程式、つまりニ ュートンの運動方程式、マックスウエルの電磁方程式、量子力学におけるシュレディンガ ーの波動方程式、アインシュタインの相対論の方程式、これらはすべて時間の過去と未来 の区別がない。つまり時間tを−tで置き換えても(時間反転)、方程式の形は変わらな い。つまり方程式は時間反転に対して不変である。量子論の場合はこれがCPT定理とい う形で、もうすこし一般的になるけれども、基本的には古典論とかわりない。ここで一つ だけ例外がある。それはK中間子の崩壊現象である。この場合には、時間反転に対する不 変性がわずかだけ破れていることが知られている。しかし、この現象の存在は以下の議論 にとって重要であるとは思えない。なぜならK中間子の存在が、われわれが目の当たりに する、圧倒的な時間の非対称性の原因であるとは、とうてい考えられないからである。 運動方程式が時間反転に対して不変であるということの意味するものは、次のようなこ とだ。いまある運動が、運動方程式の解として許されるとする。その運動をビデオに撮る 。そのビデオを逆廻しにして見ると、そのような運動(時間反転された運動)も、方程式 を満足する、つまりそんな運動も可能だということである。しかしこれはあきらかに経験 に反する。街を歩いている人をビデオで撮る。それを逆転すると、人々は後向きに歩いて いるように見える。もっとも人間が後向きに歩くことは不可能ではない。しかしテレビ・ コマーシャルにあつたように、ビルが爆破されて崩壊していくシーンを逆廻しにすると、 これは明らかに不自然であることがすぐわかる。

ビルが瓦礫から立ち直って、もとの姿になる現象も、個々の破片単位でみれば、運動方 程式に従っている。しかし、われわれは実際の現象として、ビルが瓦礫から自然に立ち直 ることはないことを知っている。それではなぜそのような現象が存在しないのか、あるい は不自然なのかというのが大問題なのである。

4.熱力学第2法則と時間の矢

時間における未来と過去の非対称性のことを時間の矢とよんでいる。時間の矢にはさま ざまな種類がある。ビルの崩壊現象もそのうちのひとつだが、熱力学的矢とよばれるもの がある。これは熱力学第2法則、あるいはエントロピー増大の法則から由来している。 いま熱い湯と冷たい水を混ぜると、生温い湯ができあがる。ところが生温い湯を放置し ていても、自然に熱い湯と冷たい水に分離することはない。つまりここに過去と未来の非 対称が生じている。熱い湯と冷たい水に別れている状態が過去で、生温い湯になった状態 が未来である。このような現象を規定するのが熱力学第2法則である。その法則を限定的 にいうなら、「熱は高温部から低温部に自然に流れるが、その逆は自然には決して生じな い」ということだ。この法則をもっと定量的にいうなら、状態を規定するエントロピーと いう熱力学量があり、孤立系のエントロピーは増大するということができる。

熱力学第2法則が適用されるのは、熱の伝導現象に限られるわけではない。動いている ビリアードの球が摩擦で静止する現象、コーヒーにクリープを混ぜて混合すると、ふたつ が混ざっていく拡散現象、電流か電線を伝わっていくうちに熱になる現象など、要するに 非可逆な運動がそうである。それどころか、エントロピーが増大しない現象こそ、太陽ま わりの地球の公転運動など純粋な力学運動に限られる。これとても、長時間のうちには地 球は重力波を放出して、太陽に落下するので完全な可逆運動とはよべない。

エントロピーはなぜ増大するのか。これにこたえるべく前世紀から多くの著名な物理学 者が悩んできたのである。問題は、ある系を構成する個々の粒子の運動を記述する微視的 な法則が時間反転に対して不変であるのに、なぜエントロピーが増大する現象だけが存在 するのかということだ。この研究の歴史を述べれば、それだけで一冊の本になる2)。そこ で分かってきたのはつぎのようなことだ。ビルの崩壊現象は複雑なので、ここでは積木で 説明しよう。いま積木で建物を作ったとする。これが低エントロピー状態だ。積木の建物 を壊してバラバラにしたとする。このようにバラバラになった状態がエントロピーの高い 状態である。積木の建物が壊れていく過程がエントロピー増大の過程である。エントロピ ーとは、ある状態の場合の数の対数で表される。積木をきちんと一定の状態に積んで、あ る建物にした状態の数は1である。積木の一つを移動しても、もとの建物とは違ってしま うからだ。だからこの状態のエントロピーは0である。しかし積木を床にぶっちゃけた状 態というのは、どの積木がどこにあってもよいわけだから、積木の配置の状態はたくさん あり、従ってエントロピーも高い。もとの建物の状態から積木を勝手に移動すると、建物 はどんどん壊れていくであろう。逆にバラバラな積木を勝手に移動しても、もとの建物の 状態が偶然にできることはほとんどありえない。つまり場合の数の小さい状態から、場合 の数の大きな状態に移行する確率は、その逆の過程の確率よりも圧倒的に大きい。これが エントロピー増大の法則だ。

ここで注意しておくことは、われわれが積木をつんで、あるプランの建物を作る過程で はエントロピーが減少することである。しかし、これは人間が介在して、情報という負の エントロピーを注入しているからである。つまり積木だけの閉じた系ではないので、そん な場合はエントロピーは減少してもよい。われわれは冷蔵庫のなかで食物を冷やすが、こ れは冷蔵庫の中のエントロピーを減少させているのである。これも電気という低エントロ ピーを冷蔵庫に注入しているので、冷蔵庫が自然に冷えたわけではない。しかし冷蔵庫の ある部屋の温度は上昇して部屋のエントロピーは増えるし、発電所とか送電線ではロスが あり、そこでもエントロピーは増大している。つまり冷蔵庫の内部だけでなく、全体を考 えるとやはりエントロピーは増大しているのである。

5.宇宙の初期は低エントロピー

これでめでたしめでたしであろうか?そうではない。エントロピーが時間とともに増大 するのは、そもそも低エントロピー状態、積木でいえば、あるプランの建物があったから である。そんな状態があったとすれば、それは時間とともに高エントロピー状態に移行す る、積木でいえば壊れる、のが自然だというだけにすぎない。それではなぜそもそも始め に低エントロピー状態にあったのか。積木では人間がそれを作ったのであって、けっして 自然にできたものではない。つまり始めに低エントロピー状態を用意する、別の低エント ロピーのもの(積木の場合は人間)があったからだ。するとその低エントロピーのものが なぜあるかというと、さらにそれを作った低エントロピーのもの(人間の生活を支えてい る太陽)があったからだ。というように原因の原因をたどっていくと、神という概念を導 入しないのであれば(神とは絶対の低エントロピーである!)、宇宙の初期にたどりつく 。つまりこの宇宙の初期が低エントロピーであったので、この宇宙ではエントロピーが増 大すると考えるのがもっともらしい。

というようにいうと当然、「どうして宇宙の初期が低エントロピー状態であったのか? 」という疑問が提出されるであろう。その原因を、昨今流行の宇宙のインフレーションと いう概念に求めることもできる。しかし、ここではもつと別の考えを提示しよう。いまこ の宇宙には始めと終わりがあるとする。(終わりが無限のかなたであっても構わない。) 宇宙の始めのエントロピーは低く、終わりのエントロピーは高いのである。なぜか?これ はセマンティクスの問題である。もし始めのエントロピーが高く、終わりのエントロピー が低いのなら、われわれはエントロピーの低いほうを、宇宙の始めとよび、高いほうを宇 宙の終わりとよぶのである。というのは人間はエントロピー増大の方向を時間の流れの方 向と認識するからである。エントロピーが増大する方向を熱力学的時間の矢とよび、人間 の認識する時間の方向を意識の時間の矢とよぶ。

6.意識の矢、歴史的矢

人間は過去の事を記憶しているが、未来の記憶はない。過去を変更することはできない が、未来は人間の意思で変更可能である(と信じている)。このように人間の意識にとっ て過去と未来は非対称である。これが意識の矢である。意識の矢というのは、熱力学的矢 と矛盾するように見える。というのは記憶するということはエントロピーか減少すること 、正確には情報量が増大することである。エントロピーが増大することは忘却である。こ のふたつの矢は同じ方向を向いている。もっとひろくいえば、生命の進化、社会の進化も 非可逆的現象であり(歴史的矢)、これは意識の矢と同様に情報量の増大の方向である。 つまり自然界のエントロピーの増大の方向と、情報量の増大(エントロピーの減少)が同 時におこるのである。

これも宇宙のせいである。現在の宇宙は膨張している。その温度は絶対3度と極めて低 温、低エントロピーである。そこに太陽があり、太陽内部の核融合反応で発生した熱は、 外部宇宙に流れ出す。その一部は地球にとりこまれ、さらにその一部が生命や人間社会を 維持するのに使われている。宇宙全体としては、熱力学の法則に従って、高温の太陽内部 から低温の宇宙空間に熱が流れるのであるが、その流れを利用して、局所的に低エントロ ピー状態をつくりあげているのである。だから熱力学的矢と歴史的矢、意識の矢は矛盾し ないのである。地球は物質的には閉じた系であるが、エネルギー的には開いた系である。 したがってエントロピーは減少しうるのである。産業活動でエントロピーを生み出しても それを最終的には廃熱という形で宇宙空間に放出してやれば、いくらでも地上に進歩した 高情報状態(低エントロピー状態を)原理的には実現できる。問題は、その速さである。 自然が処理できる以上の速さでエントロピーを発生すると、それが公害になるのである。 しかしエントロピーの概念をあまり人間活動に敷衍することは、誤解を招きやすいし、誤 った概念の利用法に導きやすいので、ここでふたたび物理にもどろう。

7.波動の矢

時間の矢を議論するさいに、熱力学的矢はよく言及されるが、波動の矢については触れ られないことが多い。波動の矢とは、わかり易い例でいえばつぎのようなものである。い ま池に小石を投じたとすると、波紋が周囲に広がっていく。これは遅延波とよばれ、未来 に向かって波面が広がっていく波である。この現象をビデオに撮って逆廻しにしてみると 、池の周囲から波が発生し、それがある点に向かって収束してくるようにみえる。こんな 波を先行波とよぶことにする。

おなじことは電磁気学でも生じる。電磁気学でマックスウエルの方程式を習ったときに 、それから導かれる波動方程式の解には遅延波と先行波の二種類あることを教わる。遅延 波とは未来の方向に向かって、光円錐上を広がっていく波であるのに対して、先行波は過 去に向かって広がっていく、あるいは未来の方向に向かって見れば、一点に収束していく ような波だ。同じことだが、ある電荷に及ぼされる影響は、その電荷のある時空点から過 去に向かう光円錐のうえにある電荷からのものであるとすると、それを遅延解とよぶ。先 行解では未来にある電荷が過去に対して影響を及ぼす。マックスウエルの方程式は時間反 転に対して不変であるから、そのどちらの解も可能であるのに、電磁気学の教科書には、 先行解は経験にあわないから捨てると、簡単に記述してあることが多い。なぜそうなのか が大問題であるのだが。これを電磁気学的矢、もっと一般的には波動の矢とよぶ。

波動の矢の原因は熱力学的矢であるとする意見が多い。池の波の例で言えば、ある点か ら広がっていった波は、水の摩擦による波の減衰とか、岸辺との衝突による減衰のために 消滅する。これらは熱力学的な散逸現象である。だから波動の矢の原因は熱力学的矢であ るのだと。しかし池の水に粘性がなく、池の大きさが無限で岸辺による吸収がなければ、 先行波が生じるのであろうか。宇宙の例でいえば、宇宙の大きさが無限で、かつ電磁波の 吸収が無視できるなら、先行波はありうるのであろうか。

われわれの意見は、波動の矢は熱力学的矢とは一応は独立であるが、同様なやりかたで 説明できるというものだ。池の例でいえば、そもそも一点に波を起こしたこと(この場合 は人間が石を投じたこと)によって、遅延波が選択されるのである。もし池の岸辺にぐる りと波を発生する装置をおき、それをうまい時間に始動して、それらで作られた波がある 一点に向かって収束するようにしてやれば、先行波を作り出すことができる。冷蔵庫のエ ントロピーを人為的に減少させられるのとおなじことだ。シュッツの統計的電磁気学とい うものがある3)。これはいまのべた考えを定式化したものである。エントロピーは減少す ると前に述べたが、これはかならず減少するのではなく、減少する確率が圧倒的に高いと いうのが本当だ。(積木を無茶苦茶に移動していたら、そのうちに立派な建物ができる可 能性も0ではない。)それと同様に、電磁気学においても、遅延解が出現する確率がふつ うの状況では圧倒的に高いのだ。

熱力学的矢と同様に波動の矢も、その根本原因は宇宙の初期に求めることができる。宇 宙の初期に対してある仮定(宇宙の初期を満たす波動に相関がないという仮定、つまり先 程の池の例では、池の周辺にある波の発生機のようなものが、この宇宙にはないという仮 定)を要請すると、全宇宙で遅延解が圧倒的な確率で出現する4)

8.ボルツマンの時間対称宇宙論

いままでの話はつぎのようにまとめられる。孤立系のエントロピーが時間とともに増大 するのは、そもそも始めに低エントロピー状態が準備されたからである。その低エントロ ピーの原因をたどっていくと、宇宙の初期にいきつく。宇宙の初期が低エントロピーであ るからこそ、この宇宙ではエントロピーが増大する。電磁気学で遅延解が実現するのもお なじことで、宇宙の初期に原因がある。つまり宇宙初期を満たしている輻射には、先行解 を実現するような相関は存在しない。一方、宇宙の終わりはこれとは全く対照的である。 エントロピーは最大になっており、輻射には完全な相関がある。

物理法則が時間反転に対して対称であるのに、なぜこの世界には一方的な時間の流れが 存在するのかといえば、それは宇宙の初期と末期が対称でないからである。つまり法則そ のものに非対称性があるのではなく、広い意味での境界条件が非対称だから、実現する現 象が非対称になるのである。宇宙の時間に二つの端があるとして、どちらを初期、どちら を末期とよぶかといえば、それはエントロピーの低い方である。なぜなら人間の意識の方 向も、熱力学的矢、波動の矢と同じ方向を向いているからである。

それでは、もし宇宙の初期と末期の条件が対称であれば、時間は流れないのであろうか 。あるいは時間の流れは存在するが、その方向が対称的になっているのであろうか。現代 宇宙論に立脚した時間対称宇宙論を考えるまえに、歴史的なモデルを見てみよう。時間対 称宇宙論はすでに19世紀から20世紀にかけて、いろいろな人により議論されてきた。 それはボルツマン、ポアンカレ、ツェルメロ、エーレンフェストたちの議論を通じて浮か び上がってきた考えである。かれらは宇宙膨張を知らなかったので、膨張のない静的な宇 宙モデルを考えていた。このモデルを仮にボルツマンの時間対称宇宙論とよぶことにしよ う。

いま宇宙をある箱の中に入った気体分子でモデル化しよう。箱に仕切りをいれて二つの 部屋に分け、気体分子を一方に閉じ込めて、もう一方を真空にする。仕切りを取り除くと 、気体分子はさっと真空の部屋に拡散して全体を一様に満たす。それ以後は興味あること はほとんどなにも起こらない。通常の時間論では、箱の仕切りがとられた瞬間を宇宙の初 期、後の一様になった状態を宇宙の末期とよぶのである。気体か膨張している間はエント ロピーが増大し、したがって熱力学的な時間が流れる。気体が箱を一様に満たした後は、 エントロピーの変動はほとんど起きないので、時間そのものはあっても、時間の前後がな くなる。つまり時間の流れが消滅するのである。(図1参照)この状態は19世紀にカル ノやクラウジウスにより熱的死とよばれた。宇宙が究極的には熱的死に到るという主張は 、今世紀初頭の思想界に重大な影響を与えた。たとえばバートランド・ラッセルは次のよ うに書いている。「熱力学第2法則によれば、宇宙は劣化しつつあり、最終的には興味あ ることがどこにも見出せないような状態になることに、疑いはない。」

しかし、きわめて長い時間待つと、気体分子がたまたま箱の一部分に集中してしまうよ うなことが偶然に起こるだろう。このときはエントロピーは減少する。もっともそんな状 態は長続きせず、すぐにまた気体は一様状態に戻ってしまうだろう。このときエントロピ ーは一度減少してふたたび増加する。この時点にエントロピーの極小ができる。エントロ ピーの増加の方向が熱力学的時間の矢の方向であるとすると、その矢の方向は極小の時点 を境にして、反対方向を向くことになる。(図2参照)

静止宇宙にこのようなことがおきたとしよう。生命はエントロピーが低い、非平衡状態 でのみ存在しうる。つまり生命はエントロピーの極小期の付近にのみ存在する。静止宇宙 には真の意味での始めも終わりもないのであるが、生命にとっては、エントロピー極小の 時点が宇宙の始めに見えるであろう。そしてそこから離れる方向が時間の流れの向きと感 じられる。なぜならその方向に向かってエントロピーは増大しているからである。時間の 流れは極小期を挟んで対称的になっているので、図のAの時期に生存する生物とBの時期 の生物は、たがいに反対方向に向かって生きているのである。これを全宇宙に適用したの が、ボルツマンの時間対称宇宙モデルである。

ところが箱の例でもそうなのだが、気体分子がたまたま箱の半分に集中し、残りが真空 状態になるなどという事態はほとんど生じない。いわんや全宇宙において、それが熱平衡 状態(熱的死の状態)から大きくずれる確率は極めて小さい。実際、ある状態(この場合 は低エントロピー状態)が起こって、それに極めて近い状態が再現するまでの時間を、ポ アンカレの再帰時間とよぶが、それは極めて長い。全宇宙にある粒子の数が有限としても 1010 年の程度であり、われわれが知っている宇宙の年令1010年とは比較にならない ほど長い。

ではそれほどまれな状態の近くに人間がいるのはなぜか。エーレンフェストはこの問い に対して、「人間原理」で答えるのである。長い熱的死の期間には、時間すら流れないの で、あらゆる生命活動が停止する。だからその時代の存在は人間に認識されない。たとえ て見れば、人間が寝ている間の時間は、われわれにはほとんど認識されないのだから、時 間がたっていないのとおなじことだ。数百年の眠りからさめたお姫様にとっては、その眠 りは一瞬のものであったろう。

9.現代的時間対称宇宙論

現代宇宙論はハッブルの宇宙膨張の発見から出発している。それによれば現在の宇宙は 膨張しており、時間を逆にたどると、いまから150億年ほど昔に、高温・高密のビッグ バン状態に到達する。つまり宇宙の始まりである。この膨張宇宙論における時間対称モデ ルは1959年にゴールド5)により唱えられた。宇宙の平均密度の低い、開いた宇宙モデ ルでは、宇宙膨張は止まらないので、初期と末期はかならず非対称になる。しかし平均密 度がある値以上に高い、閉じた宇宙モデルでは、宇宙膨張はやがてとまり、宇宙は収縮を 開始する。高温・高密度のビッグバンから膨張を開始した宇宙は、最大膨張をすぎて、再 び高温・高密度のビッグクランチになっておわる。ふつうの考えではビッグバンとビッグ クランチの状態は対称ではなく、ビッグバンはエントロピー最小、ビッグクランチは最大 の状態であると考えるのである。

しかしもしビッグバンとビッグクランチが巨視的にみて同じ状態、つまり宇宙の終末の エントロピーが始まりのそれと同じであればどうなるのだろうかと考えるのは興味ある思 考実験である。しかもそのエントロピーは最小で、最大膨張時のエントロピーが最大と仮 定するのである。そうすると時間対称宇宙が実現するはずである。その場合、時間はビッ グバンとビッグクランチから、最大膨張の状態に向かって流れるはずである。最大膨張で 時間の流れの向きは反転する。つまりそこでは時間の流れは止まる。だからこの時点をホ イラーはビッグストップとなずけた。(図3参照)

この時間対称宇宙論では、宇宙は膨張状態しか存在しないことになる。なぜなら意識の 時間の矢と宇宙膨張の方向は同じ方向を向いているから、収縮も膨張と見なされるからで ある。ゴールドは宇宙が膨張する方向を宇宙論的時間の矢とよび、これがあらゆる時間の 矢の根源であると主張した。

時間対称宇宙論はいろいろな人により考えられてきたが、最近ではホーキング6)が量子 宇宙論と関連して、ゴールドの時間対称宇宙論を復活させようと試みた。

10.初期値問題か境界値問題か

この時間対称宇宙論は常識とは極めて掛け離れているように見えるので、あまり真面目 に考える人は少ない。それどころか、例えばデイビスなどはその本で、時間対称宇宙論の 矛盾点を指摘し、強い反対をとなえている。いっぽうホイラーは、この問題は真剣に考え る価値ありとして、デイビスの本に対する書評の中で次のように述べている。「この問題 がまだ未回答であり、今日の大きな謎であることに、大多数の研究者は同意するであろう 。しかし、ある人々にとっては、どちらかの答えが完全に正しく、疑問の予知などない。 これが時間の矢の問題の狂気的な側面である。標語的にいえば、ある回答を正しいと思う かどうかが問題なのではなく、そもそもこれを問題と考えるかどうかが問題なのだ。」 時間の流れが一方的であることに疑問を感じる研究者は多くない。それは物理学者とい えど普通の人間であり、身の回りの経験に束縛されているからである。物理学では問題を 初期値問題として解くことが多い。たとえば質点の力学を考えよう。いまある時刻の質点 の位置と速度が分かっているとする。そこでニュートンの運動方程式を時間(の正の方向 に)積分すれば、未来の質点の配置を決定することができる。しかしニュートンの運動方 程式は時間反転に対して不変であるから、この問題を終末値問題としても解けるはずだ。 つまり最後の時点における質点の位置と速度を与えて、時間の負の方向に積分して、過去 を予言(遡言)することもできる。あるいはもっと時間対称的にすれば、初期と末期にお ける質点の位置のみを与えて(速度は与えられない)、その間の運動を解くことができる 。いわば運動方程式を時間に関する2点境界値問題として解くのである。

これが無意味でないことは、そもそも運動方程式自体が変分原理から導かれることでも 分かる。このことはニュートンの運動方程式に限らない。物理学の基礎方程式はすべて、 変分原理に帰着できる。変分原理においては、初期値問題とは違って、時間の過去も未来 もすでに含まれているのである。例として光の伝播に関するフェルマーの原理を考えてみ よう。光がある点から別の点に伝播するとき、伝播に要する時間が最短になるように伝わ る。あたかも光は行きさきが分かっていて、最短の経路をたどるように見える。因果律と は普通、過去が未来を規定するというように考える。しかしアリストテレスは因果律を分 析し、そのなかで目的因と呼ばれるものを分類している。そこでは目的が原因を規定して いるのであるから、未来が過去を規定しているともいえる。これは変分原理的発想であろ う。

コッケ7)はエーレンフェストの二つの壺の問題から出発して、統計力学や量子力学が、 初期値問題としてではなく、2点境界値問題として定式化できることをしめした。ホイラ ーもその本8)のなかで、この問題を詳細に論じている。というわけで、時間対称宇宙論は デイビスの言うような、全くナンセンスな理論ではなく、物理学的に正しく定式化できる 理論なのである。

11.時間対称宇宙の観測可能性

とはいえ、いかなる物理理論といえど、実験とか観測で実証されなければ、それは机上 の空論にすぎない。量子力学のように一見クレージーな理論でも、実験にあえば正しいと 認められるし、また逆に、いかに理路整然とした美しい理論であっても、実験や観測に合 わない理論は捨てられる。

そこで時間対称宇宙論の観測可能性が問題になる。ホーキングはこの問題に関しては否 定的な見解を示している。というのは熱力学的時間の矢は局所的な性格のものであるから だ。かれは宇宙の終末の先取りとしてのブラックホールに一縷の可能性を見出している。 ブラックホールの内部の特異点は宇宙の終末の特異点と同じ性質を持ち、その近傍では時 間の流れは逆転するであろう。しかしブラックホールの内部に飛び込んで、そのことに気 付いた宇宙飛行士は、そのことを外部に報告できないから、われわれには真相は分からな いと、ホーキングは述べている。しかしながら、ほんとうをいえば、宇宙飛行士の熱力学 的時間が逆転すれば、かれの意識の矢も逆転するはずだから、かれが時間の逆流を意識す るはずもないのである。

ホイラーはもっと現実的な可能性を提案している。それは放射性同位元素レニウム18 7が崩壊してオスミウム187になる現象を利用するのである。その半減期は400億年 ときわめて長いので、もし未来に宇宙が膨張から収縮に転じ、かつ時間の流れも逆転する と仮定すると、その影響がかならず現れるはずであるからだ。もし時間が普通の考えどお りに一方的に流れるのであれば、元素の崩壊は、よく知られた指数法則に従う。しかし、 時間対称宇宙では、放射性崩壊も時間対称的に生じるはずだから、指数法則からのずれが かならず存在する。レニウムだけでなく、半減期が13億年のカリウム40、500億年 のルビジウム87、1300億年のサマリウム147を用いることもできる。しかし現在 までのところ、時間対称宇宙論にたいする肯定的な結論は、もちろんえられていない。

12.時間対称宇宙における波動の矢

そこでわれわれは別の可能性として波動的時間の矢、とくに電磁波における時間の矢を 考えてみた。もしわれわれの宇宙が閉じていて、かつ時間対称的になつていたとする。す るとわれわれから見て未来の収縮期には熱力学的時間の矢が逆転するだけでなく、電磁気 的矢も逆転すると考えるのが当然であろう。つまり収縮期には荷電粒子は遅延波ではなく 先行波を放出するはずである。先行波は以前のべたように、(われわれの)過去から未来 の方向に向かって眺めると、波源に収束していくような波であるが、見方を変えると未来 から過去の方向に球状に広がっていく波であると見なすこともできる。つまり先行波とは 未来から過去に伝わる波である。もっとも未来の収縮宇宙に住む人間にとっては、意識の 矢も逆転しているのであるから、われわれから見て収縮宇宙も膨張宇宙に見えるし、先行 波も遅延波に見えるので、かれらにとって常識に反する奇妙なことはなんら生じない。 図4には遅延波と先行波の伝播の様子を時空図で示した。時空図とは縦軸に時間をとり 、それに垂直に空間軸をとったものである。空間は3次元であるが、その全部を描くこと はできないので、紙の上には空間の2次元ないしは1次元のみを示すことができる。この 図では2次元(x−y)を示した。ある点から出た光は、その点を中心とした球面上を広 がっていくが、それは時空図では図4に示すような円錐で示される。これを光円錐とよぶ 。上に開いた光円錐が遅延波であり、下に開いたものが先行波である。このことから先行 波が過去に向かって広がっていく波であることが分かるであろう。

さて電磁波は局所的な現象ではなく、宇宙を伝播していくという点がわれわれの議論に とって本質的である。未来の時間逆転宇宙で発せられた先行波が、時間軸を過去に遡って 、われわれの宇宙にやってきたとしたら、それはどのように見えるのであろうか。このこ とを見るために、閉じた宇宙全体の時空図を描いてみよう。いま宇宙モデルとして、一様 ・等方を仮定した標準的なフリードマンのモデルを採用する。3次元空間のうち、2次元 にのみ限定すると、閉じたフリードマン宇宙は球面に例えることができる。それを示した ものが図5である。この図で北極に相当するところに一つの光源があるとする。北極から の角度をθであらわす。

図6にこの宇宙の時空図を示す。縦軸は宇宙の始めから終わりに到る時間を表し、横軸 はθである。(この時空図では空間の3次元のうち1次元のみを表示した。)宇宙膨張は スケールされてしまい、この図には現れない。図の左端はθが0、つまり光源の世界線で あり右端は図5の南極に相当する所、つまり光源から見て宇宙の反対側の世界線を表す。 図の下半分は宇宙の膨張期、上半分は(われわれから見て)収縮期を表す。

縦軸と横軸の単位を適当にとると(時間を年で表せば、長さを光年で表す)、光の伝播 を表す光円錐は傾きが45度の直線で表される。そこで光源から発せられた光の光円錐を 描いてみよう。もし時間対称宇宙でない、常識的な宇宙モデルを採用すれば、光は常に遅 延波として放出されるから、光はつねに光源から未来の方向に広がる光円錐の上を伝わる 。この光は図5で見れば、北極を中心として等緯度線を波面として南に伝播していく波で ある。その波は赤道に達するまでは広がっていくが、赤道をすぎると逆に狭まっていく。 そして南極に到達すると1点に収束して、北極にある光源の像(実像)を南極につくるは ずである。それから波は再び広がって北に向かう。図6ではその現象は、右上がりの線が 右端で跳ね返って左上がりの直線になることで表される。図のaの位置にいる観測者は光 源から来る光を観測するが、未来の収縮期のbの位置にいる観測者は、南極にある像から 来る光も見ることになる。図から分かるように宇宙の始まりにでた光は、宇宙を1周して 宇宙の終わりに、元の光源の位置に戻る。

図6は明らかに時間対称的になっていない。先に述べたように、時間対称宇宙論におい ては、宇宙の収縮期には光はわれわれから見て、先行波として放出されるはずである。そ れを描いたのが図7である。図の上半分における光源から放出された光は始めは右下がり の光円錐として伝わり、右端で反射して左下がりの光円錐となる。さてaおよびbにいる 観測者が未来から発せられた光を受け取ったとして、それはどのように見えるのであろう か。そもそも未来から来る光を観測することなど、できるのであろうか。先行波を受ける とはどういうことなのだろうか。

これはなかなか難しい問題である。遅延波を眼球が受取り、それが網膜に像を結び、視 神経がそれを感知する。その時間反転は網膜から光が出て、眼球から光が放出されること である。(目が光るなんて、オカルト映画の怪人のようだなあ。)だから先行波を人間が 観測することなどできないように思われる。(自分の目が光ったことなど分からないから )。

ここで議論を簡単にする為に、光あるいは電波をうけとる観測者として複雑な眼球とか パラボラ・アンテナではなく、試験電荷を考えよう。この電荷は電磁波をうけると反応し て振動する。しかし電磁波を反射したり吸収したりはほとんどしないと仮定する。観測者 は試験電荷の振動を観測することにより、未来から来た電磁波を原理的には観測できるは ずである。ところがaにいる観測者にとって、試験電荷を揺らした電磁波が未来の光源S から来た波というより、南極に位置するSの実像Aから来た波であると判断するであろう 。というのは、観測者aの意識の時間の矢は図では上を向いているから、像Aから来た遅 延波とみなすのが自然であるからだ。図7で表されている波は全て球面波であるが、それ は光源とか像の極めて近く以外では平面波と考えてよいとすると、aにとって左から来る 先行波はむしろ右から来る遅延波とみなされるのである。

もう少し具体的な例で述べよう。いま北極にラジオの送信所があり電波を出していると する。その電波は地上にそって進むとし、電波の減衰は無視できるとする。すると先に述 べたように、電波は南極に送信所の像を結ぶ。さて南極近くにバーアンテナをもったラジ オを数台配置する(図8参照)。ラジオをくるくる回転させて、もっともよく受信できる 方向をさだめると、その方向はアンテナの向きに垂直であろう。そこでもう1台のラジオ で同じことをすると、送信所の位置が分かるはずだ。つまりアンテナに垂直な直線(この 場合は大円)の交わる点が送信所である。ところがふたつの大円は北極と南極で交わる。 ラジオにとって、電波が北から来たか南から来たかは判定できないので、送信所が北極に あるのか南極にあるのか判定できないはずである。

ここで反論があるかもしれない。以上の議論は電磁波の反射とか吸収を無視した議論で ある。もし吸収を考慮すれば、Sからでた先行波はaの眼球に吸収されて、A点まで伝播 しないから上の議論はなりたたないと。その問題については正直いってよく分からない。 しかし上の試験電荷で述べたような例は実際の波でありうる。長波長の電波もそうだし、 重力波では吸収がほとんど無視できるので、いまの議論に適している。重力波の存在を観 測するには重力波計の振動を電気的振動に変換して、観測することになる。重力波は物質 との相互作用が極めて弱いので、重力波が観測されたとしても、重力波の来た方向が、あ る直線上にあるということをいえても、右から来たか左から来たかをいうことはできない であろう。つまり重力波計は先行波と遅延波を区別できないとおもわれる。われわれは重 力波計が振動したら、ただ経験的にそれは過去に放出された遅延波によるものだと信じて いるにすぎないのかもしれない。(もっとも、まだ重力波が検出されたことはないので、 ここの議論は仮想的なものであるが、しかし重力波の存在を否定する研究者はほとんどい ないであろう。)重力波をもちいて信号を送ることは、現在の技術では不可能であるが、 ここでの話は原理的なものであるから、それが可能としよう。

13.時間対称宇宙の異常な世界

以上の議論をまとめるとつぎのようになる。時間対称宇宙においては、未来の収縮期に は熱力学的時間の矢だけではなく、波動の矢も反転しているはずである。したがってそこ からは常識的な遅延波ではなく、先行波が放出される。この波は宇宙を伝播し、われわれ の住む膨張期に侵入してくる。それを観測すると、未来の波源からでた先行波としてでは なく、その波源の像からでた遅延波として認識される、というものである。

そのことを前提とすると、とてもおかしなことになる。それを示したのが図9である。 いま膨張期に住む観測者を考える。かれの世界線の一部a−aaについて見る。またこの 観測者とちょうど反対側で、かつ収縮期に住む科学者を考えよう。その世界線の一部をb −bbとする。(かれの体を構成する粒子が、われわれのものと同様な素粒子であるなら 、かれの世界は時間反転しているので、われわれからは反粒子に見えるはずである。そこ で、かれを反人間とよぶことにする。)

われわれにとってaaはaの未来である。しかし反人間の意識にとってはbはbbより 過去である。だからわれわれが反人間の振る舞いを観察できたとすると、かれはあたかも ビデオを逆廻ししたような行動をするであろう。このことの奇妙さは次の例で決定的にな る。いまわれわれが彼に信号を送るとする。aaの時点でbに向かって送られた信号を、 反人間は受け取り、それをしばらく蓄えて(たとえばテープレコーダーとか、ビデオとか に)bbで送信し、それをわれわれがaで受け取ることができる。するとわれわれは、わ れわれの未来を知ることができるのである。これは明らかに常識的な因果律を破っている 。いわゆる自由意思というものも存在しない。

自由意思がないということ自体はそれほど驚くべきことではない。通常の時間非対称宇 宙モデルにおいても、時空図なるものを描く限り、未来はすでに決まっているのである。 未来は時空図の上では、すでにあるのである。ただわれわれはそれを知りえないだけなの である。そういうと自由意思を尊重する西欧人には評判は悪いかもしれない。しかし自由 意思なるものは、ひとつの思想なのであって、科学的な事実ではない。時間対称宇宙の奇 妙な点は、未来を見ることができても、現在の行動を変化させることができないことにあ る。そんなことをすれば時空図が一枚ではすまなくなってしまう。つまり時間対称宇宙は すべてのことがあらかじめ決まっている決定論的世界である。しかも、たとえ未来のこと が分かってもどうしょうもない、そんな奇妙な世界なのである。

時間対称宇宙の奇妙な点はそれだけにつきるわけではない。最大膨張期、ホイーラーの いうビッグストップに注意を向けてみよう。ここでは時間の矢の方向が逆転するので、時 間が停止するのである。ここに近づいた観測者は意識が朦朧となり、前後不覚になるはず である。ここでの時間の逆転は宇宙全体としておこるので、観測者が時間の逆転を観測し ようと、地下深く潜って宇宙の他の部分からの影響を避けようとしても、観測者の体内の 原子が反乱を起こして、時間の逆転をおこしてしまう。彼はビッグストップをすぎるとだ んだん若くなっていく。

しかし彼の人生はビッグストップに関して、完全に対称になつているのであろうか。も し宇宙の歴史全体が完全に対称になっているのなら、問題は少ない。しかしそうなってい る必然性もないように思われる。そうなっていないとすると、奇妙なことになる。物理的 にいえば、ビッグバンとビッグクランチの微視的な情報を完全に等しくすれば、微視的に も巨視的にも完全に対称な世界ができる。しかし巨視的には対称であるが(たとえばエン トロピーなどの熱力学量が等しい)、微視的にはそうでないという条件もおける。その時 はビッグストップをいきぬいた存在の、ピッグストップ前後での歴史は完全には対称であ る必要はない。ビッグストップをいきぬいた歴史書は宇宙の過去のことを物語っているの であろうか、それとも未来の事を物語っているのであろうか。このように時間対称宇宙論 は物理学の基本法則という観点からのみ見れば、矛盾のない理論を形成できると思われる が、巨視的にみるとさまざまな問題点を提出する。どのような問題点があるかを考えるの は楽しい頭の体操になるであろう。

14 おわりに

先に述べたように、いかなる物理理論も実験とか観測で証明されなければ仮説にすぎな い。それでは時間対称宇宙論を確証しようとすれば、どのような観測事実を見出せばよい のであろうか。もしわれわれが時間対称宇宙に住んでいるとしよう。そのとき夜空に見え る星の光は過去からやって来たものであろうか、それとも宇宙の裏側にある未来の星の像 を見ているのであろうか。われわれの銀河のなかに、未来の星の像が混じっている可能性 は少ない。そうなるためには、われわれの銀河のちょうど裏側にも銀河が存在しなければ ならないからだ。それではよその銀河の中には、未来のものが混じっているのであろうか 。その場合、どうすれば過去のものと区別できるのであろうか。逆廻しのビデオを見れば 、ふつうはそれに気付く。しかし天体現象の場合、時間スケールが長いので、たとえ銀河 が逆回転していたとしても、それに気付くことは難しいであろう。もっと時間スケールの 短い現象を考えねばならない。例えば超新星爆発。その光度曲線を逆向きにみれば、その 差異には気付くであろう。星がだんだん明るくなって、あるとき急に暗くなる。そしてそ こに巨星が残されるはずである。

そんな現象が観測されていないとすれば、もっとも簡単な説明は、そもそもわれわれは 時間対称宇宙に住んでいないというものであろう。しかし逃げ道がないわけではない。宇 宙の裏側から長い道のりを通ってきた光は、吸収や散乱をうけ、きれいな像を結ばないの かもしれない。あるいはわれわれの見える宇宙の裏側では、(未来の)星や銀河が燃え尽 きてしまった状態であるのかもしれない。そうかどうかは採用する宇宙の寿命によって異 なる。あるいは裏側はボイドであるのかも知れない。 ともかく既成の常識をとっぱらって、こんなことを考えるのは楽しいことである。知的 に楽しいということは、科学の発展の動機でもあると思う。本来は常識に挑戦してこそ、 科学の進歩はあると思われるのだが、多くの科学者は常識を強化することにのみ専念して いるように見える。なおここで論じた時間対称宇宙論の数学的な側面に関してはわれわれ の論文9) を、一般的解説としてはわれわれの本も参考にされたい10)

参考文献

1)「時間」ー東と西の対話、服部セイコー(1986)

2)P.C.W.Davies:The Physics of Time Asymmetry,Surrey University Press(1974).

3)B.F.Schutz: Phys. Rev. D.,22,249 (1980).

4)T.Futamase & T.Matsuda: Prog. Theor. Phys., 72, 38 (1984).

5)T.Gold: La structure et l'evolution de l'Universe, Proc. of the XI Internati onal Solvay Congress (Stoops, Brussels, (1958)

6)S.D.Hawking: Phys. Rev. D., 32, 2489 (1985)

7)W.J.Cooke: Phys. Rev. A, 160, 1165 (1967).

8)J.A. Wheeler: Frontiers of time, in "Enrico Fermi course 72", North-Holland (1977)

9)T.Futamase & T.Matsuda: Nuovo Cimento, 100B, N.2, 277 (1987).

10) 松田卓也、二間瀬敏史:時間の逆流する世界ー時間・空間と宇宙の秘密、丸善、1987


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