二間瀬さんとタイムマシンの話をしていて、興味ある 着想をえた。ふつうは「タイムマシンはできるのかで きないのか」といった議論がなされる。つまりイチか バチか、オール・オア・ナッシングの議論である。前 回に述べた、ワームホールを利用するタイムマシンで あれ、次回に述べるコズミック・ストリングを用いた タイムマシンであれ、そのようなものである。もしタ イムマシンができるとすれば、電子1個を時間旅行さ せることも、コインを時間旅行させることも、あるい は人間を時間旅行させることも同様に可能であるとい うように、同じレベルで考えられている。また1秒過 去にもどることも、1年過去にもどることも、ほとん ど同じレベルで考えられている。はたしてそうであろ うか。電子1個なら簡単に時間旅行できるが、人間は 無理であるとか、1秒過去にもどることは容易だが、 1年なら難しいといったファジーなものなのではない だろうか。そのようなタイムマシンの話をしよう。
本連載の第1回目の話で、電子のような素粒子を時 間旅行させることは原理的には簡単であるという話を した。忘れた人のために、その話の要点を繰り返して おこう。あらゆる素粒子には、反粒子というものが存 在すること(電子に対しては陽電子、陽子にたいして 反陽子)、粒子が未来から過去に旅行することは、反 粒子が過去から未来に旅行するのと同等であるという ことが基本である。粒子がAという時点からBという 時点まで過去にもどり、そこから普通の時間の流れに のるという現象は、図1のような時空図で表される。 この現象は別の見方では、B点で粒子と反粒子を対発 生で作り、A点で別の粒子と対消滅させると解釈する こともできる。だからタイムマシンを作るには、B点 にエネルギーを集中して粒子・反粒子対をつくり、A 点でエネルギーを開放すればよい。単なる素粒子1個 を時間旅行させるだけではおもしろくない。そこでコ インを時間旅行させようとすれば、B点でコインと反 コインを作り、A点で反コインと別のコインを対消滅 させればよい。これが話の要点であった。
ここまでの話は現代物理学とまったく矛盾しない。 しかしながら、コインを時間旅行させてもおもしろく ないであろう。人間が時間旅行できるかどうかが問題 なのである。そのためには、人間と反人間を無から対 発生させなければならない。とはいえ原子や反原子を 集めて人間と反人間をつくるというようなことはでき そうにもない。しかし人間は無理であっても、コンピ ュータと反コンピュータなら、それほど無理はないで あろう。現在は無理でも21世紀の技術なら可能であ るかもしれない。コンピュータは記憶をもっているの で、人間の代わりをさせることも可能であろう。コン ピュータの記憶は時間とともに増加するとする。この ことは人間がさまざまな経験を記憶することと同等で あると考えるのである。さらに進んだコンピュータを 搭載したロボットを時間旅行させることができれば、 話としては十分であろう。
A点におけるコンピュータはa点におけるコンピュ ータより時間的に後にあるので、より多くの情報、知 識をもっているはずである。B点でコンピュータと反 コンピュータの対をつくるさいに、a点におけるコン ピュータとおなじもの、とくにa点のコンピュータが 蓄えている情報と同じ情報を持つコンピュータと反コ ンピュータを作ったとしよう。その場合、コンピュー タがA点からB点に時間旅行する途中で、情報を失っ た、つまり記憶を失ったと解釈することができる。し かし、それではコンピュータにとっては、時間旅行を したという実感はないはずである。つまりA点からB 点に進むにしたがってコンピュータの心理時間は逆流 したと解釈できるからである。タイムマシンが意味が あるのは、B点の時刻がA点より以前であるにもかか わらず、タイムマシンに乗っている人間ないしはコン ピュータの心理にとっては、後の時刻でなければなら ない。つまりA点からB点への時間旅行における心理 時間と、タイムマシン以外の世界の物理時間は逆向き になっていなければならない。
それではどうすれば、ふつうの意味でのタイムマシ ンをつくることができるだろうか。「バック・トゥ・ ザ・フューチャー」でもそうであるが、ふつうA点か らB点への時間旅行にようする時間は短い。もし10 0年前の時代に戻るのに100年もかかるようでは、 過去に戻る前に死んでしまう。そんなタイムマシンは あまり実用的ではない。そこで、ここでは一瞬に過去 に戻るようなタイムマシンを考えよう。そのためには B点で作るロボットと反ロボット、さらにはそのロボ ットに搭載するコンピュータと反コンピュータの状態 をA点での状態と同じにする必要がある。ところがB 点はA点より過去であるから、未来のA点での情報な ど分かるはずはないと思うかもしれない。
しかし、そうでもない。われわれは日常生活におい て、つねに未来予測は行っている。天気予報もそうで あるし、株価の予測もそうである。今日の夕方、河原 町の阪急の前で会いましょうと友人と約束したとすれ ば、まずほぼ確実に私は今日の夕方にはそこにいるで あろう。もっと短い未来であれば、予測はさらに確実 になる。階段を下りている時に、次の一歩がどうなる かはほとんど確実に予測がつく。しかし目をつむった り、暗闇の中で階段を下りたりすると、未来の予測が つきにくいので、われわれには極めて不安になる。逆 にいえば、未来予測があるからこそ、われわれは階段 を安心して下りられるのである。つまり未来の予測と は絶対に不可能なのではなく、程度問題である。つま り短い未来の予測は簡単にできるし確実であるが、遠 い将来の予測は困難だし不確実である。
したがって、A点とB点がそれほど時間的に隔たっ ていないならば、B点でA点のコンピュータの内部状 態を予測して、そのようなコンピュータ対を作ること は難しいことではない。しかしA点とB点が時間的に 離れていると、B点での予測とA点での実際は、かな り異なる可能性がある。その場合は、コンピュータが A点から時間旅行してB点にたどりついたと解釈する と、時間旅行中にコンピュータの記憶が狂ったと解釈 するのである。つまり時間旅行には記憶の喪失とか、 記憶違いが生じるといった、ある種の危険がともなう のである。記憶だけではない。a点とA点のロボット の腕は2本だが、B点で作ったロボット対には腕が1 本しかないとすれば、それは時間旅行の時に腕が吹っ 飛んだ、あるいはA点に腕をおきわすれたと解釈する のである。
ここで述べた時間旅行には、タイムパラドックスは 一切存在しない。現時点で考えられるもっとも矛盾の ない完全な時間旅行の実現法なのである。しかしなが ら、B点で未来予測をするのであれば、タイムマシン を作る意味がないと思われるかもしれない。正にそう である。タイムマシンの最も有用な使い方は、未来の 情報を用いて株を買ったり、カケに勝ったりすること であろう。するとここで述べた大袈裟な装置を使うよ りは、競馬新聞を買ったほうがましである。しかし私 が述べたかったことは、現代物理学に対して矛盾のな いタイムマシンが原理的には作れるということ、小さ いものを時間旅行させるのは容易だが、大きいものは 困難であること、近い過去に戻るのは容易だが、遠い 過去は難しいこと。つまり、タイムマシンはファジー な論理に従うことを主張したかったのである。