
万物は進化する。
ダーウィンの「進化論」以来、生物が時間とともに進化してきたことが明らかになって きた。生命はまず単純な単細胞生物として発生し、それがしだいに複雑な多細胞生物へと 進化した。
それでは進化するのは生物に限ったことだろうか。人間社会も原始の単純な社会から現 代の複雑な社会へと発展してきた。これなども進化の一種と見なせるのではないだろうか 。宇宙物理学においては、宇宙、銀河、星の進化が語られる。こんな無生物に対しても進 化という概念をもちいてよいのであろうか。
システムの進化
それは進化という言葉の定義の問題である。私は、進化とはシステムがより複雑なシス テムへと非可逆的に変化していくことをさすと定義する。このように進化の定義を拡大す ると、宇宙にある多くの存在が進化してきたことになる。
システムとは多くの要素から構成された系である。システムにはその要素を結合させる 力が存在する。たとえば原子というシステムを考えると、それは原子核と電子という要素 が、電磁気力で結合したものである。原子核は陽子と中性子が核力で結合したシステムで ある。原子は二つ以上集まって分子というシステムになる。その結合力は電磁気力にもと ずく分子間力である。分子には蛋白質とか核酸のような巨大なものまで存在する。非常に 単純な生命といえど、多くの分子からなるシステムである。多細胞生物は、それぞれ役割 分担をした多くの細胞の集まりからなるシステムである。社会において、個々の人間は細 胞のように特定の役割をはたしている。鉄道や道路などの交通は、生物の循環器を思わせ るし、マスコミは社会の神経である。このように社会はひとつの巨大な生命になぞらえる ことができる。社会において、構成要素たる人間を結びつけている結合力はなんであろう か。愛の力とでもいっておこう。宇宙においてはそのほか、地球、太陽、銀河系、銀河団 、超銀河団といった、重力で結びついたシステムが存在する。
温度の低下とシステムの発生
宇宙は約150億年まえに、高温・高密度の状態で誕生した。宇宙の始まりにおいては いかなるシステムも存在しなかった。宇宙が膨張していくとともに温度が低下し、まずク ォークと電子が生まれ、それからクォークの結合システムとしての陽子、中性子などの核 子が発生した。
システムにおいては、その要素を結合させる力と、分解させようとする力が働く。そこ で、システムが形成されるためには、結合力が反発力に打ち勝つ必要がある。一般に温度 とは、物質を構成する要素の乱雑な運動の激しさである。だからシステムの温度が高いと 反発力が強く、システムは結合するより要素に分解する。夫婦というシステムも、個人の 運動が激しくなると、結合力が負けて離婚になるのでと同じことだ。宇宙は膨張すると温 度が低下する。その結果、先に述べたようなシステムが発生してくるのである。
宇宙の進化においてもっとも重要な事件として、宇宙始まりの3分間におきた元素合成 がある。これは陽子、中性子、ニュートリノといった素粒子が反応してヘリウムの原子核 というシステムが全体のほぼ25パーセント程度形成されたことである。残りは水素の原 子核(陽子)のままであった。ヘリウムが形成されたことが重要というよりは、水素が大 量に残ったということのほうが重要である。その理由はあとで述べる。
さらに宇宙膨張が進み温度が3000度程度に低下すると、原子核と電子が電磁気力で 結合して原子が生まれた。宇宙誕生後10万年程度の後である。さらに温度が低下して水 素原子どうしが結合し、水素分子が誕生した。それをきっかけにして気体分子、原子は重 力で引き合い、星や銀河、銀河団といった天体を形成した。これも宇宙膨張による温度低 下のおかげである。このようにして温度の低下とともに、宇宙につぎつぎといろんなシス テムが発生してきた。これが宇宙進化の姿である。
太陽は生命の母
生命システムを維持するにはエネルギーが必要である。太陽エネルギーは生命の母であ る。動物は植物や他の動物を食べて必要なエネルギーを獲得する。植物は太陽の光を利用 して光合成するのだから、動物といえども結局は太陽からエネルギーを得ている。太陽エ ネルギーを利用して、生命は進化してきた。人間社会も同様で、社会を維持するエネルギ ー源は基本的には太陽である。水力発電は太陽エネルギーの変形であるし、石油や石炭は 過去の生物が蓄積した太陽エネルギーである。だから社会進化の原因も太陽エネルギーに 求めることができる。
太陽の内部では水素の原子核が核融合反応でヘリウムの原子核に転化しつつある。その ときエネルギーが発生し、宇宙空間に流れ出す。生命や社会はそのエネルギーの流れの一 部を利用しているのである。太陽が燃えることができるのは、水素という核燃料があるか らである。宇宙に水素がある理由は、宇宙始まりの3分間の核反応が不十分で、すべての 原子核がヘリウムやそれ以上の重い原子核にならなかったことである。核反応が不十分で あった理由は、宇宙膨張が速く、温度、密度の低下が激しかったので、十分に核反応が生 じる時間がなかったことである。もっとも膨張があまりに速いと、こんどは星や銀河のよ うな天体が形成されないので、やはり生命の発生はありえないことになる。宇宙膨張の適 当な速さが、それ以後の宇宙進化の原因といえる。
生命にとって宇宙膨張の必要性はこれだけではない。太陽内部で発生した熱が外部に流 れ出すのは、太陽中心部の温度が、宇宙空間の温度(絶対3度)より高いからである。宇 宙空間の温度がこのように低いのは、宇宙が膨張したからである。
おちこぼれ現象と宇宙の進化
太陽が現在燃えていられるのは、その中心部に水素という核燃料があるからだ。宇宙膨 張がもっとゆっくりとしたものであれば、宇宙初期に水素はすべてヘリウムやもっと重い 原子核に転化していたであろう。太陽の中心では、宇宙初期におこりそこねた核反応を、 ゆっくりと再現しているのである。宇宙の始まりの3分間に核反応が十分進まなかったこ とをさして、おちこぼれ現象とよぶ人もいる。宇宙膨張とそれにともなう温度の低下は、 いわば環境の急速な変化である。環境の変化に十分についていけないことをおちこぼれと よぶとする。ワープロを打てない中高年の人は社会の急速な変化におちこぼれたのである 。しかし宇宙におけるおちこぼれは、ダメなことではなくて、進化の根源なのである。つ まりあとでゆっくりと追いつくことが進化なのである。
宇宙膨張とおちこぼれ現象はつぎのような模擬実験で表現できる。図のような容器に仕 切りを入れて、その片側に水をいれる。仕切りを上げると水はもう一方の部分に流れ出し て全体を満たす。仕切りの下の部分に水車をおくと、水の流れを利用してエネルギーを取 り出すことができる。これは水の位置エネルギーを水車の運動エネルギーに変換したので ある。さて水が片側にある状態を水素だけがある状態、容器の全体を満たした状態を水素 が燃えてヘリウムになった状態にたとえる。水素が燃える際に、熱エネルギーが発生する が、それは水車が回転することに対応している。仕切りの上げ方が核反応の速さに対応し ている。仕切りを大きく上げると、あっというまに水は容器全体をみたしてしまう。しか し仕切りの上げ方が小さいと、長い間にわたって水車を回すことができる。
しかも宇宙が膨張するということは、容器の右の部分の体積が増大することにも対応し ている。すると左の水位が下がっても、右の水位はいくらでも下がるので、もっと長い時 間にわたって水車を回すことが、原理的には可能になるのである。このように宇宙膨張が 生命を始めとするさまざまなシステムの生存と進化にとって、基本的に重要な現象である といえるであろう。