カーナビと巡航ミサイルと相対論について
2002年7月、物理学会九州支部講演会、九州大学国際会議場にて
神戸大学理学部地球惑星科学科 松田卓也
要約
相対性理論は間違っているといった疑似科学的言説が横行している。相対性理論の基本原理である光速度一定の原理は、GPS衛星が働くための基本的な原理である。GPS衛星は身近なところではカーナビや、巡航ミサイルの位置決めにも利用されている。光速度一定が成り立たなければ、カーナビは働かないのである。GPS衛星には原子時計が搭載されている。一般相対論によれば、高空を飛ぶ人工衛星の時計は地上の時計より遅れることが予言されるが、GPS衛星の時計はその遅れに対する補正もなされている。要するに、特殊相対論、一般相対論は最新技術に応用されており、もはや初歩的な意味で間違っているというような時代ではないのである。
相対論は間違っている!?
アインシュタインが20世紀初頭に創始した相対性理論(相対論)は人気のある学問である。書店に行き、物理学のコーナーを調べるとたくさんの教科書や解説書を見つけることができる。一方、量子力学は相対論と同等、いやそれ以上に重要であり、現代科学技術の根幹を担っているのだが、それに関する本は相対論の本ほどには多くない。その理由は、相対論は夢のある物理学であり、また比較的理解しやすいと思われているからである。実際、特殊相対論のエッセンスは高校卒業程度の数学の知識があれば理解できるものである。テンソル解析は、より高度な理解には必要であるが必須というわけではない。一方、一般相対論になるとテンソル解析、リーマン幾何学の知識は必須となり、これを理解することはきわめて困難である。
ところで本屋に並んでいる本の中には、アインシュタインの相対論は間違っているといった一群の本がある。この手の議論は20世紀初頭からあり、未だに連綿と続いており、ひとつのジャンルを形成している。相対論が間違っているといったときに、その議論を二種類に区別する必要がある。物理学の高度な素養を持った研究者が、特殊相対論や一般相対論の限界を論じたまともな議論で、国際的な科学雑誌に掲載されているものと、物理学の非専門家やアマチュアによる誤った議論である。前者を科学的反相対論、後者を疑似科学的反相対論とよぶことにする。
ここでは後者に限定して議論するが、その前に、前者の立場について一言述べておく。特殊相対論はニュートン力学のある種の拡張であり、一般相対論は特殊相対論の拡張である。逆に言えば、特殊相対論の特殊な場合、具体的には運動速度が小さい場合の極限として、ニュートン力学が成立する。一般相対論で重力が弱い場合は、特殊相対論に帰着する。量子力学に於いても、プランク定数の小さな極限、つまり巨視的物体に於いては、量子力学はニュートン力学に帰着する。物理理論のこのような構造とか、その発展の歴史を考えれば、たとえば特殊相対論を包含するような、より広い理論が存在することは否定できない。そのような理論のある極限、たとえば低エネルギーの極限で特殊相対論に帰着する拡大理論が存在する可能性は十分にある。
疑似科学的議論について述べる。相対論は誤っているという議論のほとんどは特殊相対論に関するものである。なぜなら比較的簡単な数式や図的な説明で理解できるので、理解しやすいと思われているからである。一般相対論が間違っているとする議論は、特殊相対論が間違っていれば、どうせ一般相対論も間違っているに違いないといった幼稚なレベルである。一般相対論は正しいが特殊相対論は間違っているという、とんでもない議論すらある。特殊相対論を一般相対論の極限だから、一般相対論が正しければ、特殊相対論は正しいのは論理的な帰結である。相対論批判の議論というのは、その程度のレベルなのである。
正統科学、疑似科学と科学の方法論
先に筆者は科学的反相対論と疑似科学的反相対論を区別したが、どのような基準で区別するかを述べよう。それは議論が科学的方法、作法に則って行われているか否かによる。物理学の研究成果は、通常、学会などで口頭発表された後、英語の論文として国際的な科学雑誌に投稿される。その論文は一名ないしは二名の審査員(レフェリー)が査読し、そのOKが出れば雑誌に掲載される。即座にOKが出ることは少なく、修正を求められることが多い。審査員が即座に認めない場合、論文の著者は審査員と論争するか、あるいは審査員が理不尽とか、不公正と感じる場合は、審査員の交代を求めることもできる。その判断は編集者が行う。それでも掲載不可となった場合は、著者は別の雑誌に投稿するという手もある。
そのようにしてなんとか審査をパスした論文は学術雑誌に掲載されるが、そのことがその論文の正しさとか価値があることを保証しない。印刷された論文は世界中の物理学者の目に止まり、それが重要であると思われた場合は、別の論文に引用される。だから引用の多さが、論文の価値の、ひとつの尺度になる。世の多くの論文(約半数)は、一度も引用されることなく書棚に埋没してしまう。本当に価値ある論文は長く引用され、最終的には教科書に載せられる。これが正統科学の方法論である。
一方、世の多くの疑似科学的議論はこの手続きを経ないものである。たとえば、アマチュアであれば自費出版にしたりプレプリントにしたり、最近なら自分のウエブに論文を掲載したりする。多少とも権威のある人、出版社にコネのある人は、日本語の通俗書として自分の意見を述べることが多い。しかし、もし相対論が間違っているとすれば、これはノーベル賞級の大発見であり、世界の科学者の認知を受けなければならない。日本国内で、それも一般読者だけを相手に議論しても意味が無い。だから通俗書による反相対論はそれだけでうさんくさいと思わなければならない。
特殊相対論と光速度不変の原理
特殊相対論の根本原理は、1)光速度不変の原理と2)(特殊)相対性原理である。1は2のひとつの特殊な場合といえないこともないが、一般的には二つを別扱いする。光速度一定の原理とは、光の速度はどの慣性系から見ても一定ということである。(慣性系とは力が働かない物体が等速直線運動するというニュートンの運動の第一法則が成立するような座標系のことである。)
あるひとつの慣性系にいる観測者が光速度を測定すると、秒速約30万キロメートルであると観測する。その慣性系に対して、たとえば秒速10万キロメートルで等速直線運動している第二の観測者がいるとする。第二の観測者が光速度を測定すると、それは秒速40万キロメートルや20万キロメートルではなく、やはりもとの30万キロメートルである。このことは19世紀末にマイケルソンとモーレーというアメリカの物理学者が実験的に初めて明らかにした。その種の実験は、その後も現在に至るまで何度も繰り返され、光速度が慣性系によらないということは、実験的に確立している。
しかし光速度不変の現象は、ニュートン力学的常識になれた我々には非常に理解しがたいことであり、そのことが強固な疑似科学的反相対論の原因になっている。あるピッチャーが秒速150キロメートルのボールを投げることができるとする。そのピッチャーが秒速300キロメートルで走っている新幹線の列車の中で、列車の進行方向に投げたとすれば、ボールの対地速度は450キロメートルになる。列車の進行方向と反対向けに投げたとすれはせ、ボールの対地速度は150キロメートルになる。このことを速度の加法則とよぶ。ところが速度の加法則は光に対しては成立しない。もっと厳密にいえば光の速さに近い速度の物体に対しては成立しないと、特殊相対論は結論づけるのである。
光速度不変という現象は、我々の常識からは非常に理解しがたいことではあるが、実験的に確立した事実なのである。長さ、重さ、時間を測定すること、つまり度量衡は現代科学技術の根幹である。長さの基準1mは、昔は金属でできたメートル原器で計った。しかし最近は、光速度が一定であることを利用して、原子時計を用いて光がある時間内に走る距離を1mと定義しているのである。そうなると、光の速さを測定することはもはや意味が無くなる。
相対論と相対性原理
相対性理論と相対性原理を混同する人がいるが、これは区別すべき概念である。なぜならニュートン力学でも相対性原理は成立するからである。この場合をガリレイの相対性原理と呼ぶ。特殊相対論では特殊相対性原理が成り立ち、一般相対論では一般相対性原理が成り立つ。ガリレイの相対性原理とは次のようなものだ。ある慣性系でニュートンの運動の法則や運動方程式が成立すると、その慣性系に対して等速直線運動している座標系でも、やはりニュートンの運動法則と運動方程式が成立する。その慣性系間をつなぐ式をガリレイ変換と呼んでいる。難しくいえば、ガリレイの相対性原理とは、ガリレイ変換でニュートンの運動方程式の形が変わらないことをいう。
古典物理学の基礎方程式としては、ニュートンの運動方程式のほかに、電磁気学におけるマックスウエルの方程式がある。ところがこの方程式はガリレイの相対性原理を満たさないことがわかっている。光は電磁波の一種であり、電磁波の伝播を支配するのは、マックスウエルの方程式から導かれる波動方程式と呼ばれるものである。波動方程式もガリレイの相対性原理を満たさない。つまり波動方程式にガリレイ変換を施すと形が変わってしまうのである。するとある慣性系で波動方程式が成立しても、他の慣性系では成立しないことになる。光の速さは波動方程式に現れる定数である。波動方程式が(ガリレイの)相対性原理を満たさないということは、光の速さは慣性系ごとに異なるということになる。ところがこれは、先に述べたように実験的に否定されている。
ということは、ガリレイの相対性原理およびニュートンの運動法則が、厳密な意味では正しくないということである。そこでどのような慣性系でも、マックスウエルの方程式と波動方程式が成立する(形が変わらない)ように、相対性原理を変更したものが、特殊相対性原理である。特殊相対性原理を満たすような、慣性系間の座標変換をローレンツ変換と呼ぶ。
GPS衛星と光速度一定の原理
話がかなり難しいことになってしまったので、ここでもっと平易な話に戻そう。GPS衛星という人工衛星がある。これはアメリカ軍が打ち上げた人工衛星で、24機でひとつのシステムを構成する。衛星は地球中心から2万5千キロメートルの上空を半日で地球を一周する。GPS衛星には原子時計が積まれており、その軌道情報や時刻を常に送信している。
地上のGPS受信機は少なくとも3台のGPS衛星からの電波を受信すると、受信機の位置を決めることができる。その原理は次のようなものだ。衛星からきた電波を受信すると、その電波が発信されたときの衛星の位置と時刻がわかる。電波を受信した時刻は、GPS受信機に備えられた時計でわかるので、電波が衛星から受信機に届くまでの時間がわかる。これに光速度をかけると、衛星までの距離がわかる。もし3台の衛星までの距離がわかると、受信機の位置が決定できる。
本当はもう少し複雑である。衛星に積まれた時計は原子時計で精度が高いが、受信機の時計は水晶時計で、それほど精度は高くない。その問題を解決するために、もう一機のGPS衛星が必要になる。4機の衛星が受信機から観測できると、受信機のある位置(緯度、経度、高度)と正確な時刻という4つの変数を決めることができるのである。こうして決まった位置の精度は、受信機が単独の場合は、軍用と民間用で少し異なるが、10メートルの程度で決まる。時刻の方は、なんと原子時計の精度で決まる。
上に述べた位置決定法で重要なことは、電波の速度が方向によらず一定であるということだ。疑似科学的反相対論者のいうように、光速度が方向によってたとえば1万分の1程度も変わると、受信機の位置に2キロメートル程度の誤差が出ることになる。これはとうてい許容できない誤差である。このことからして、光速度一定の原理とそれに基づく特殊相対論は、確固たる基礎付けを得ているといえる。
GPS衛星にはさらに高度な一般相対論的影響まであるのだ。一般相対論の予言によると、高空を飛ぶGPS衛星に積んだ時計は、地上の時計に比べると10億分の4程度進むはずである。GPS衛星には実際、そのような一般相対論的補正がなされている。つまり一般相対論といえども、いまや実用的技術の一環なのである。
カーナビと巡航ミサイル
GPSのもっとも身近な利用法はカーナビであろう。自動車にGPS受信機を積んで、自動車の位置を決定することができる。位置決めの精度は、衛星のみの利用では数10メートル程度で、実用的に問題になるときもある。トンネルに入った場合など、衛星からの電波を受信できない場合もある。このような場合には、次に述べる慣性航法装置や、他の情報を利用して、正確に自動車の位置を決めることができる。
古来、船などの乗り物の位置を知ることは、航海術として重要であった。精密な時計が発明される以前の航海術は、陸地を見ることで自分の位置を決めるといった原始的なものであった。船の位置は緯度と経度で決まる。緯度は星を観測することにより、比較的簡単に決めることができる。しかし、経度を測定するには、精密な時計が必要なのである。この両者を用いた航法を天測航法と呼ぶ。大航海時代にヨーロッパ列強が新大陸などを発見し、植民地化していったのも、まさに天測航法の確立(それは正確な時計の発明による)によるものである。
天測航法の時代はずっと最近まで続いた。第二次大戦後に、電波を用いて船や飛行機の位置を決めるロラン航法が発達した。またICBMや航空機では慣性航法という技術が用いられるようになった。航海術のもっとも最近の革命がGPSなのである。航海術の革新は、まさに世界を変えるのである。航海術を制したものが世界を征するといっても過言ではない。
GPS衛星は本来、米軍が軍事的な目的のために開発したものである。湾岸戦争の時くらいから実用的になり、さきのアフガン戦争の時は完全に実用になった。さまざまな応用があるが、ミサイルと精密誘導爆弾がその例である。ここではまず、講演の題になっている巡航ミサイルについて述べよう。
ミサイルはその推進機構によって、ロケットエンジンを積んだものと、ジェットエンジンを積んだものがある。後者が巡航ミサイルである。ドイツが第二次大戦中に開発したV1ミサイルを元祖とする。ロケットミサイルの元祖もドイツのV2ミサイルである。これは後に大陸間弾道弾(ICBM)として発展していった。ミサイルを標的に当てるためには、相手の位置と自分の位置(の相対関係)を正確に知る必要がある。固定したターゲットの場合、相手の位置は決まっているので、自分の位置を知る必要がある。ICBMでは先に述べた慣性航法装置を用いている。
巡航ミサイルの最新のものはアメリカ軍のトマホークであろう。トマホークには核爆弾搭載型と普通爆弾搭載型があるが、現在は普通爆弾型が主力である。命中精度が上がったので、大きな破壊力を必要としないからである。トマホークには空中発射型と艦船発射型があるが、艦船発射型が多く使われている。トマホークの誘導方式は、本来は慣性航法装置と地形等高線対照である。後者はあらかじめ目標付近の地形の高低を測定しておき、レーダーで地形と地図を照合しながら目標に突入するという方式である。さらにレーダーや光を用いるシステムもある。最近のものはさらにGPSが搭載されている。
ミサイルは推進機構を備えているが、爆弾はそうではない。爆弾にもダム爆弾とスマート爆弾がある。スマート爆弾は、テレビやレーザー、GPSを用いて目標に突入していくタイプのもので、命中精度が高い。湾岸戦争当時はスマート爆弾の割合は低かったが、アフガン戦争になると、その割合が飛躍的に増大した。アメリカ軍が当初の予想に反して、短期間にタリバン軍を殲滅したのも、まさにこれらのハイテク兵器のせいである。先にも述べたように、航海術を制したものが世界を征するのである。
参考文献
「なっとくする相対性理論」松田卓也、二間瀬敏史著、講談社、1996年
「相対論の正しい間違え方」松田卓也、木下篤哉著、丸善、2001年