また新宿の高層ビル街に行った。朝日カルチャーセンターで講演するためである。新宿住 友ビルの25階にセンターはある。ブラックホールは宇宙の水力発電所のようなものであ るという話で、私と大学院生のグループがNHKの「銀河・宇宙オデッセイ」という特別 番組のために作ったコンピュータ・シミュレーションのビデオを見せて話をした。聴衆は 中学生とかせいぜい高校生なのであるが、かれらの知的好奇心はなかなかのものがある。 出てくる質問も結構するどいものである。学校の勉強とはべつに、このようなカルチャー センターにわざわざ金と時間を投じて来るということは、やはり相当熱心であるといえよ う。ただ住友ビルの25階では、少し足が地に付いていないような気もする。以前にもこ のような年令の生徒を対象に話をしたことがあるが、やはり一部の生徒の質問にはするど いものがあった。
これと少し対照的なのが、大人を対象としたカルチャーセンターである。あるとき京都 のカルチャーセンターで講演したら、聴衆には老人が多かった。ところがそのなかに、な んと大学時代に物理を教わった教授がいるではないか。いまは退官されて悠々自適の生活 を送っておられるようにみえる。私は緊張して話を始めたのだが、途中でふとその名誉教 授を見ると、なんと居眠りをしておられるではないか。大学時代に私がしたことを、そっ くりお返しされたようだ。
ところで新宿は発見の街である。前回はチャウシェスク・タワーのゴジラよけを発見し た。今回はどんな発見があるのであろうか。住友ビルの近くにセンター・ビルというのが ある。その地下の飲食街に行って、とある寿司屋にはいった。客はそんなにいない。とこ ろがいくら待っても注文を取りにこないのである。ようやく注文とりがきて、料理は比較 的早く来たのであるがお茶がこない。食事が終わってもお茶はこない(他の客には来てい るのに、私だけを除け者にして!)。しかたがないのでウエイトレスにお茶を注文すると 「はいっ!」と返事だけはよいのだが、しかしいくら待ってもやはりお茶はこない。しか たがないので、ついに出てしまった。そこでふと大法則を発見した。「ビルの大きさとテ ナントの従業員の態度は比例関係にある。」
いや、くだらないことを書いて紙面を無駄にしてしまった(それが目的だったりして、 ふっふっふ)。前回の私のコンピュータ遍歴の続きを今回は書く予定であった。しかし途 中は省略して現在に飛ぼう。しかも自分のことではなく、友人の話をしよう。私の友人に U研究所のK助教授がいる。この友人は私以上にコンピュータ、しかも最高速のスパコン にほとんど偏執狂的とでもいえるような愛情をもっている。流体力学の数値シミュレーシ ョンが専門であるが、この分野はどんな高速のスパコンがあっても十分とはいえないとい うとんでもない分野である。大学や研究所にできるだけ高速のコンピュータを導入しよう として、官僚主義や無理解と戦ったあげく、いっそスパコンを個人で買って、自宅に置こ うと思いついた。こんなとんでもないことを考え、かつ実行したのは世界ひろしといえど もK助教授だけであろう。ほとんど天才的な着想であるが、SF小説にでてくるマッドサ イエンティストを彷彿とさせる。たまたま先祖が東京の下町にかなりな広さの土地を持っ ていて、それをもとにして、夢を実現されたそうだ。土地が極めて高い日本、それも一極 集中の東京にして始めて可能な話である。たしかにK助教授はいわゆる金持ちであろうが べつにとりたてていうほどのものではないであろう。実際アメリカやアラブには、もっと はるかにすごい金持ちはいるし、日本にも株や土地で儲けた成金はいくらでもいる。さら に絵を百億円以上も出して個人で買う人もいる。しかし、問題は金の使い方である。死ん だら棺桶に絵を入れて焼いてほしいというようなとんでもない、ほとんど傲慢といっても よい考え方とは正反対である。
自宅のガレージを壊してスパコン用の建物を建てた。スパコンが自宅にあるという意味 で、K助教授のお宅は正にスパコンおたくといってよいであろう。研究所は目蒲線の沿線 にあり、けっこうゴミゴミした下町の近くである。西小山本通りとかニコニコ通りといっ た買物客にあふれた活気ある道を通って研究所に行くのである。スーパーマーケットでは ないが、まあスーパーみたいなものなので、スーパーにあるスーパーコンピュータだと、 私は冗談をいっている。
現在は富士通のVP2600が1台、日立のS820が2台、NECのSX−3が1台 と、日本のスパコン・メーカーの最大モデルはすべてそろっている。これらは米国のクレ イ社のスパコンの最大モデルに匹敵ないしは、2倍以上速いマシンばかりである。さらに 米国のコネクション・マシンも最近1台はいった。これは本来、人工知能用に開発された のだが、数値計算にも力を発揮するようで、その最大構成のマシンは上記のものよりさら に速くすることもできるそうだ。このほかにコンベックスというミニ・スーパーコンピュ ータ、タイタンやステラといったスーパー・グラフィック・ワークステーション、さらに は風洞まであるという。部屋が狭いので、端末やワークステーションは本当にごろごろと 床に落ちているといった感じである。研究所の写真なんかは、最近はいろいろの雑誌で紹 介されているので知っている人も多いかと思う。最近は「科学朝日」で評論家の立花隆さ んの記事があった。
組織は民間の研究所になっており、民間の会社に計算流体力学のコンサルタントとか、 計算時間の切り売りをしている。これだけならいかにスパコンが多いとはいえ単なる民間 の計算センターであり、ほかにいくらでもある。ユニークな点は、その収益をもとに半分 以上のCPU時間を純粋の科学研究に割り振っていることであろう。K助教授によれば利 益はどうでもよく、趣味の流体計算ができればそれでいいとのことであり、実際はかなり 赤字であるそうだ。当然であろう。その研究所の研究員はもとより、大学の研究者や外国 の研究者にもCPU時間を割り振っている。みんな計算流体関係の研究を行っている。だ からこの研究所には外国人の研究者がごろごろいるし、外国からの視察はひきもきらない 。私の友人の外国の教授たちもよく来ているようだ。ある人などは、そこでパタッと4年 ぶりにお会いしたのである。ところで、実はさきの「銀河・宇宙オデッセイ」のコンピュ ータ・シミュレーションの部分など、この研究所の援助がなければ、資金的に不可能であ ったろう。NHKも実は結構しぶい(予算がない)のである。 さきほどまでは富士通のスパコンはVP400とVP200であったが、それが昨年V P2400に、そして最近VP2600にアップグレードされた。それではVP400は どうなったかというと、実は大阪のT不動産会社と共同出資して、大阪にも同様な研究所 ができて、そこにはこばれた。大阪の中心である谷町の不動産会社に、なんとスパコンが 鎮座しているのである。といっても不動産の計算をしているのではなく、れっきとした科 学技術用である。来年には独立したビルを建てて、もっとたくさんのスパコンを置く予定 であるそうだ。この計画が順調に進むことを期待する。