京大合気道部第4代の松田美之(よしゆき)さんが亡くなられた。本日(10月9日)に理化学研究所 からとどいた連絡によると、米国カリフォルニア大学ローレンス・リバモア研究所の研究 員をしていた松田さんは、1991年10月6日(日)に、サンフランシスコのお寺でボ ランティア活動として、屋根に登って木をきる作業中に頭から墜落して、死亡されたとい う。御通夜は8日よりダンビルの自宅にて行われ、御葬式は10日にウオールナット・ク リークのお寺で行われる。自宅は
724 Turnbridge Road, Danville, California 94526, USA
電話 415-838-9104
奥様は松田むつ子様
である。奥様とお子さんは今週末はアメリカ、次週に日本に一時帰国されるとのことであ る。本葬は現時点では未定であるが、福井県鯖江市で次週に行われるのではないかとのこ とである。松田さんの実家は 福井県鯖江市三六町(さんろくちょう)2−7−22で お父様は松田昌二(まさに)様である。
松田さんは第4代で私は2代であるが、実は私は3代といってもよく、松田さんとは学 年が1年違うだけである。松田さんの学年は松山さん始め、元気な人がいっぱいいたこと が特徴的であった。松田さんは工学部の電子工学教室の前田憲一先生のもとを昭和41年 に卒業され、アメリカに行かれた。
私が修士の1回生のとき、長野県の学生村に滞在したことがある。その時に泊めてもら ったお宅の娘さんが友達をつれて、私に会いにわざわざ東京の大学から来るという事件が あった。その時、友達のほうの面倒を一日だけ、だれか私の友人に見てほしいといわれ、 とっさに思いついたのが松田さんであった。彼はけっこう優男で、優しそうに見えるから 良いだろうとおもったのだ。確か、松田さんはその時はすでに彼女がいたと思う。私は大 学の4年間は彼女のいない、くらーい生活を送っていたのであった。
松田さんとは今年になって、実は2度もお会いしているのである。最初は4月、奈良で 天体プラスマ物理学の国際会議があり、その会場で思いがけなく声をかけられたのだ。卒 業して25年もたつのだから、とっさには分からなかったが、すぐに思い出した。その後 はずっと一緒に、食事や博物館の見学などに行った。彼はローレンス・リバモア研究所で プラズマの研究をしているが、天体物理学の分野に興味を持ち始めたという。私と同じよ うな分野の研究を、本来ならば行うはずであったのだ。
2度目の来日は今年の夏である。ローレンス・リバモア研究所は核兵器などの研究も行 っているところであり、クレイを始めとしたスーパー・コンピュータがゴロゴロあるとい う。そのなかには、日本人が触れさせてもらえないものもあるそうだ。松田さんは、コネ クション・マシンという新しい並列計算機に興味をもち、それは問題によっては、クレイ より速い場合もあるといれこんでいた。彼は日本のスーパー・コンピュータにも興味を持 ち、ぜひそのスピードを調べてみたいといっていた。今年の夏に名古屋のプラズマ研究所 に滞在したおりに、京都を訪れ、京都大学大型計算機センターのスパコンである富士通の VP2600のテストをしたいといわれた。ローレンス・リバモア研究所にはリバモア・ ループという、スパコンのスピードを測定するプログラムがある。それを富士通の上で走 らせたいというわけだ。
あいにく、松田さんが京都に来られたときは、私は入院中であったので、私の院生に松 田さんの世話をお願いした。松田さんは、スピードの測定後に院生といっしょに、わざわ ざ病院に私を見舞いにこられた。その時の話では、富士通のスパコンは画期的に速い、あ るプログラムに限っていえば、富士通の公称値よりも速いスピードがでたといわれた(本 来はそんなはずはないが、時間を測るさいの誤差などでそうなるのであろう)。日本のス パコンが米国のクレイよりも圧倒的に速いというので、私はよろこんで、その事を計算セ ンターの記事に書いてほしいと頼んだのであった。しかし、残念ながらそれも実現しない でおわってしまった。御冥福をお祈りするしだいである。