このところロシアからのお客さんのラッシュである。6月にはモスクワにある物理問題研究所の教授が1カ月ばかり滞在した。9月にはそこの助教授が数週間滞在した。そして11月末からはそこの若い研究員が、1年間の予定で筆者の研究室に滞在している。いずれも宇宙物理学の研究者である。1988年に、私がモスクワで開かれた「宇宙気体力学」の国際会議に1週間ばかり招待された、いわばその返礼である。当時はまだゴルバチョフのソ連時代で、ソ連科学アカデミーは絶大な権限をもっており、われわれ外国からの参加者は手厚くもてなされた。科学者たちも社会のエリートで、高給をもらっていたと思う。
ところが現在では、ロシアの研究機関は悲惨な状態にあるという。たとえば教授の給料が月5千円程度であるらしい。ふつうの労働者の収入より少ない。研究に必要な本や雑誌が買えない、コンピュータが買えない。だから若い研究者は争って、国外に流出しようとしている。日本でもできるだけ多くのロシア研究者を受け入れようとしている。日本学術振興会がその資金を提供しているが、なかなかの厚遇である。たとえば、その若い特別研究員の場合、モスクワから大阪までの往復運賃、月給が27万円、家族手当てが5万円、それに10万円までの家賃の補助、旅行者保険、日本語を学ぶ場合はその費用、といたれりつくせりである。教授クラスならもっと多い。このお金を溜めてロシアに帰れば、金持ちになれる。昔は日本人もそうであった。アメリカ帰りの教授が家を建てたという話はざらであった。
彼らを世話していて、一番大変なのがビザである。彼らはいわば政府のお客さんであるから、ビザの発給になんの問題もないはずだが、なかなかそうはいかない。今回、一番腹が立ったのは、外務省からモスクワの領事館にビザの確認が送られたのにもかかわらず、ビザの発給が、窓口のロシア人の故意か怠慢のため、1カ月も遅らされたことである。そのため予定の飛行機をキャンセルしなければならなかつた。外務省に交渉してもらちがあかなかった。結局、その研究者の父親の偉い学者が、日本領事に面会したら、すぐに発給されたという。一方で、招待状も身元保証書もない観光目的(どうだか)の女性に対しては、係官は「夜にこっそり来なさい」といったそうだ。体か金の賄賂を要求するのであろう。金でビザが買えるという噂はロシア人の間では信じられているそうだ。もし日本の領事館の窓口がこのように腐敗しているのが真実ならば、困ったことだ。