私は新し物好きである。流行にとびつくオッチョコチョイである。とはいっても、服装の 流行を追うわけではない。自慢ではないが(自慢できることではないが)私は服装には全く 無頓着である。靴なんか、あまり同じ靴を長年履き続けたので、底から釘がでてしまつた。 その次の靴は、東京に出張中に底がペラペラとはがれてしまつた。料亭に行くことなど滅多 にないが、そこでは靴によって客の程度を見るという。そこでは私などは最低の軽蔑すべき 客であろう。家族も、友人も「もうかなりの歳なのだから、それ相応の服装をしたら」と勧 めてくれる。しかし、「ちゃらちゃらした服を着てなにになる、男は中身で勝負だ・・・」 なーんていう人に限って中身のないことが多いのだが。
2. パソコンの宣教師たる私
その私も、ハイテクの流行には弱い。パソコンが日本に流行りかけたころ、私は大枚を 叩いて、アメリカ製のパソコン、PET2001を買った。ペット様がわが家に来られて 3日で、日本の暑さに暑気当たりされたので、人間には必要ないとして買わなかったクー ラーを買って差し上げた。しかし、そのペット様も大型ゴミになって、もう何年になるだ ろうか。その点、その時に買ったクーラーは、まだ働いている。ハイテクの産物の寿命は 短いが、クーラーのようなローテクな物の寿命は長い。そこで詠める歌
「ハイテクの色は移りにけりな、いたずらに、我が身よにふる、眺めせしまに」
私のパソコン狂いは、それ以後アメリカ製のIMSAI8080 、FM7,FM16βと遍歴を繰り返し たことで分かるであろう。現在は富士通のFM16βを使っている。世間がPC98一色の時に、 どうしてソニーのベータに似たネーミングの、最初からマイナーになることが運命つけら れていた機種を買ったのかと、みなさんはいぶかるであろう。「98でなければ、パソコン でない、一太郎でなければワープロでない」との、皆さんの声が聞こえてくる。これも話 しだせば、長い悲しい物語となるのである。しかし、先を急ぐので、かいつまんで言えば、 それは大学の研究室が富士通一色だからだ。その理由はなにか。これも話だせば、長い悲 しい物語となるのである。しかし、先を急ぐので、かいつまんで言えば、始めの選択を過っ たとしかいいようがない。あるいは、歴史的な運命の皮肉とでもいえよう。FM8 とPC8800 を比較していた時に、PCの方は年度末までに納期が間に合わなかったという、たったそれ だけのことだったのだ。もっとも、それ以後に変更することもできたはずだ。しかし私は 無節操なそこらの輩ではない。富士通に操を捧げてしまったのだ。ああ、貞淑な私・・・ なのだ。
さてそれでは家庭にまで、なぜ16βをもちこんだか。それにはなかばラッキーな、なか ばアンラッキーな事情があったのだ。東京の某大学で富士通の16βが70パーセント引きで 売られるというラッキーなニュースがあった。関係者に迷惑がかかるといけないので、某 大学の名前は明かせないが、ヒントをいうと、立で始まり、教のつく私立大学だ。あっ、 もうこれ以上はいえない。これ以上いうと分かってしまう。もっとも、そんな安売りは、 もうやってないから、念のため。さて、私の先輩がそこの教官になっているので、その人 のつてで、まわりの人々も語らって、なんと4 台も購入した。そのうちの一人は私の恩師の 名誉教授であるが、その先生は私に富士通派に引き込まれたアンラッキーを、いまも恨ん でいるという。
そんな話はともかくとして、このパソコンがわが家でどう活躍しているかを述べよう。 どんな構成にするか悩んでいたときに、家内は「ぜーったいプリンタは買ってね、ワープ ロにするから」とのたまった。買ったあとで家内はいった。「ワープロを教えて! 」そこ でぼく「いいよ、教えてあげよう。」家内「今日はいい、明日ね。」いつもこれである。 かくして家内はいつまでもローテク・エンドをさ迷っているのである。
私は仕事で論文を書いたり、本を書いたりすることが多い。だから、このパソコンはワー プロとして大活躍する、はずであった。じっさいFM7はそのように活躍したのである。 ところがFM7を息子にやって、16ベータを書斎においたのだが、ここが冷房も暖房もな い部屋なのだ。(日本のパソコンはアメリカ製より、暑さに強いようだが人間はそうはい かない。)だから夏と冬は使えない。プリンタは喧しいから、夜は使えない。というよう なわけで、この16βはほとんど使われないことになった。私自身は研究室にある16β、現 在は、またまた富士通のFM-Rを使っているので、必要ないのである。大学の大型計算機と 接続することもやってみたが、大学まで歩いて20分の距離では、大学に行ったほうがまし だ。
ところで、みなさんも当然パソコンの1 台や2 台はお持ちでしょうね。パソコンはなく ともワープロぐらいは当然でしょうね。えっ、持ってない?それはいけません。そんなこ とでは21世紀をどうして生きるのですか。21世紀まで生きないという自信のある人な ら、ともかく、そうでなければ、ぜひともパソコンかワープロを、いますぐ買ってくださ い。それが使えないと、電子オジン、つまりデジンということになりますよ。いますぐ、 これまでの人生を悔い改めて、パソコン教、あるいはワープロ派に入信しなさい。信じる 者は救われる。そこで詠める歌。
「世の中に、たえてOAのなかりせば、デジンの心はのどけからまし」
3.パソコン通信の宣教師たる私
というわけで、16βは長い間、ほこりをかぶっていた。しかし、ここに事情が一変する 事態が出現した。いや事態が一変する事情が生じた。パソコン通信である。なんで、そん なものを始めたのか。それは冒頭でも述べたように、私が新し物好きだからだ。なんせ数 年前はCD( コンパクトディスク)の宣教師を任じて、ここにも登場した。研究室の院生た ちに、CDを買うよう強く勧めて、ほとんどの人に買わせてしまった。またそのあとは、ハ イファイ・ビデオに凝って、毎夜ビデオレンタルをさ迷った。しかしビデオ自体はともか く、ビデオを見ることはハイテクとはいえない。というわけでパソコン通信に着目したわ けだ。
私は凝る方だから、まずパソコン通信のなんたるかの研究からはじめた。本や雑誌を買 い込んで研究した。パソコンはあるわけだから、あとはモデムを買うことと、どこかのネッ トワークに入ることだ。モデムは上新で、ひとつ古い型のものを安くかった。これはどん な電気製品についてでもいえることだが、一つ古い型のものは、お買い得である。
さて問題は電話である。わが家の電話はジャック式ではなく、ローゼットである。これ をジャック式に換えるには、専門家に工事を依頼しなければならないことになっている。 非常に難しい仕事だから、資格がないと、してはいけないのである。下手なことをして、 電話線から感電してはいけないからだろう・・・。NTT に頼むと8000円かかると聞かされ た。ところが電気屋にはローゼットをジャック式にする器具が500 円で売っているのであ る。するべきことは壁のローゼットをあけて、その器具を止めるだけである。ねじまわし一 つで、5 分もあればできる仕事である。なるほどさすがにNTT だ、8000円かかる大変な仕 事だなと思った。というわけで、NTT に頼むようにしてください。
つぎはネットワークである。お金のいるネットにいきなり入るのは怖いから、まずタダ の草の根BBS にアクセスしてみることにした。夜の12時項に丸山書店に走って、草の根BBS のリストを載せた本を立ち読みし、家に帰ってさっそく、京都市内のネットにアクセスし た。おお、通じる! この感激の一瞬。大阪のネットにもアクセスした。ここも通じる。し かしながら、こういった草の根BBS は電話の回線数が少なく、かかりにくい。やはり本格 的なものに入らねば。現在、全国的な規模でネットワークをはっているものは、いくつか あるが、地方にたくさんのアクセス・ポイントを持っているのは、NEC 系のPC-VANと富士 通系のNIFTY-Serve である。地方にアクセス・ポイントがあると、電話代が安くなる。た とえば私は京都の市内の番号にかける。地方にアクセス・ポイントのない、たとえば日経 ミックスなんかだと、いちいち東京にまで電話を掛けなければならない。私の友人は毎月 3万円もの電話代を払うと聞く。こういうネットは東京ローカルなネットになりやすい。 さて私はここでも富士通に操を立てて、NIFTY のイントロパックを1 万円もだして買った のである。
それからのぼくは、まるで憑かれたようにパソコン通信をやりだしたのである。これは 面白い。なにができるのか。いろんなことができる。たとえば電子メールをだせる。ファッ クスを送れる。会話がオンラインでできる。掲示板にかかれた事を読む。そのほかデータ ベースにアクセスするとか、アメリカのネットに入り込むとか、買い物をするとかいう機 能もあるが、使ったことはない。アメリカにメール・オーダーして、ホワイトデーに送る ための女性用スキャンティを買った紳士がいると聞く。
NIFTY の世界はあまりに広くて、とても全部探検などできない。いちばんメインな活動 は、フォーラム活動である。フォーラムとは、いわば同好会である。たとえば私の属して いるものはFSPACE、これは天文の仲間の集まり。FFM 、これは富士通のパソコンを持って いる仲間の集まり。ここが一番賑やかなのは当然か。しかしマックのユーザー、IBM のユー ザー、それになんと敵のPCのユーザー・グループまであるではないか。実際、オンライン で会話していると、使っているパソコンとしてはPCとマックがメジャーである。それにエ プソンのワードバンク・ノートというワープロ。富士通はマイナーなのだ、ここでも! そ れに後で話がでる、システムノートのユーザーの会、FSNOTE、これは最もマイナーなフォー ラムではないかと思われる。そのほか、私の知らないフォーラムが山のようにあるが、自 分のフォーラムで話されていることに、ついていくだけでも大変なので、よそのことは知 らない。
フォーラムに入り込むと、お知らせやらなんやらがあるが、いちばん肝心なのは会議室 である。会議室はいくつもあって、いろんなトピックスを扱っている。そのなかは、いわ ば掲示板の集まり、壁新聞みたいなものだ。いろんな人がいろんな事を書いている。それ に番号がふられているので、それを順に読んでいくことになる。ちょっと油断していると、 未読の山ができてしまう。ある意見にたいするコメントもある。それに対するコメントも ある。フォーラムの責任者はシスオペとかシソップとかいうが、その人には権限があり、 他人を中傷したような有害なものは消去できる。しかし、そんなことはめったにない。シ スオペはもっぱら、会員からの質問に答えている。たいへんな仕事だ。シスオペをしてい るのは専門家ではなく、なかばボランティアの人達だ。
会議室は静的なものだが、オンライン会議室は動的だ。何人もの人がキーボードを通し て、同時に会話するのである。チャットともCBともいわれる。これが面白いのだ。自分の 名前は普通はハンドル・ネームといって仮名にする。もっとも自分のプロフィールを登録 しておけば、番号から素性を知ることはできる。もちろん隠すこともできる。私のハンド ルはAHO という。よくAHO ではなくアホさんと、よばれることがあるので、そのときはい つも「アホちゃいまんねん、エイホでんねん」と答えている。アメリカにAHO という有名 なコンピュータ学者がいるのである。ほんとうはどちらでもいいのだが。
フォーラムのオンライン会議室には、常連がいるので、すぐに親しくなる。もっとも顔 もわからないのだが。しかし、親しくなるとオフライン会議と称する飲み会をやることが 多いらしい。FSPACEのシスオペはDANDANという、うら若い未婚の女性なので、人気が高い。 大学で天文学を専攻し、横浜子供科学館でプラネタリウムの解説をしているというお嬢さ まである。この人の人気はなかなかのもので、そのお姿の写真がパソコン通信を通して行 き来している。しかし、それもPC98とマックの世界で、私は拝んだ事がない。
しかしなんと、直接にDANDAN様のその御尊顔を拝することができようとは。DANDAN様が 京都に御降臨せられるという。それを聞いた人々が、京都で関西地区のオフライン会議を 行うことに決めた。東京では何度か行われているときく。私が会場を北白河の「かに道楽」 に設定した。当日集まったのは10人。そのうちの2 人はなんと、札幌から来た夫妻。それ に神戸から来た夫妻、和歌山と津から泊まり掛けできた男性、地元といえそうなのは、私 のほかは京都と大阪の男性くらいのものか。みなさんの熱心なのには、驚かされる。次の 日もDANDAN様が京都見物するといわれるので、私のほか和歌山と津の男性がお供して差し 上げた。大原に行った。もっとも津の男性だけが未婚で、あとは中年のオジンであったの だが。
オフライン会議の仲間を時計台の階段に座って待っていると、そこに武田久美子さん(京 大合気道部の部員です)が通り掛かったではないか。武田さん、あなたの顔と名前はすっか り覚えられてしまったのだぞ。オジンのほうに。最近のオンライン会議での会話。「あの 武田久美子さんという女性、なかなかかわいかったではないですか」もはやあなたは全国 的に有名人だ。
パソコン通信が面白いのは、普段は接触することのない人々と接することであろう。な かには同業の大学教官もいて、それはそれで話がはずむ。しかし、ぜんぜん関係のなさそ うな人との会話も面白い。大学生、コンピュータ会社の人、ジャーナリスト、お医者さま に不動産屋さん。それに、なっ、なんと女子高生! もっとも、この娘とは会話がほとんど 成立しなかった。ああ、世界がちがう。うっうっうっ。もっぱら、その娘の親父さんとの 会話のほうが、はずんでしまつた。アメリカの科学者が言っている。「ティーンエイジの 女の娘と話すよりは、火星人の科学者と話すほうが、よっぽど通じる」予備校生がなんど もアクセスしてくると、みんなに、たしなめられてしまう。いろんな人生がある世界だな あ。
というわけで、パソコン通信は単なる新しいメディアというだけでなく、これは新しい 文化である。いままでの人と人の付き合い方を根本的に変革する文化である。いまでこそ まだパソコン通信はマイナーな存在であるが、もっと技術が進み、文字ばかりでなく動画 像で顔まで送れるようになるとすれば、どれほどのインパクトを社会にあたえるか知れな い。電話やテレビ電話は、知った人どおしの通信メディアである。パソコン通信は社会を 作るのである。ということを知ったあなたは、もはや早晩パソコン通信教に入信せずには、 おれないはずだ。悔い改めることを恥じることなかれ。そこで一首。
「大江山、いくのの道のとおければ、まだパソコン通信もせず、天の橋立」
4.システム手帳の宣教師たる私
私は今年の2月ころ、どういうわけかシステム手帳という言葉を知ってしまった。いっ たいなんだろうか。興味がむくむく湧いてきた。どうもバインダー式の大きな手帳らしい 。バインダー式というところが、よさそうだ。私は大学のくれる手帳か、共済組合のくれ る手帳を長年愛用していたのだが、これには一つの重大な欠点がある。住所録を毎年、書 き移さねばならないのだ。住所録だけが別になっているものもあるが、それでも住所はひ んぱんに変わるので、そのたびに書き直すと汚くなってしまう。しかしバインダー式なら 、ずっと同じ手帳を使うことになるし、奇麗に変更することも容易である。とくにワープ ロと連動させれば、住所録はつねに最新のものが、奇麗な形で得られる。
そこでパソコン通信にシステム手帳のフォーラムがあることを発見し、その書き込みを 読んでみた。会議室にこんな名前のものがあつた。「サイズはファイロかタイムか。」い ったいなんのことか分からなかったが、読んでみるとシステム手帳の大きさには、ファイ ロ・サイズまたはバイブル・サイズという規格と、タイムシステム・サイズというA5判 の規格があるようだ。私は本屋に行って、「リフィル通信」という、システム手帳の雑誌 を買って、むさぼるように読んだ。なんと高い手帳なのだろうか。ファイロファックスと いう本家のものは3万8千円もするという。そのほか、カタログに出ているのは高いもの ばかりだ。いったい、タダでもらうのが当然と決めている手帳に、これだけの大金を払う というのは、どういうことなのか。しかし、真実を探究し、つねに向上を求める私は、こ の際は値段のことなどいっておれない。そしてついにファイロファックスの日本判にあた るスタイロファックスを手に入れたのであった。こちらは1万2千円と、まあましである が。
私は研究室の同僚に早速、ピカピカのシステム手帳をみせた。かれも私におとらず好奇 心のつよい人であるので、さっそくシステム手帳を生協で買ってきた。なんと生協には3 千5百円のシステム手帳があるではないか。もっともかれは、もう少し高い皮製のものを 買ったが。それからの二人は狂ったようにシステム手帳の探究を始めた。二人で買ったシ ステム手帳関係の図書は13冊にも達した。それらの本には、おなじようにシステム手帳 にうちこむ人々の話が書いてあつた。リフィルを自分で作る方法とか、システム手帳に様 々なものをつめこむとか、たとえば洋酒の壜を詰め込む人まで現れる始末である。このよ うにしてまでシステム手帳探究にせいをだす人々の姿は、もはや神々しいとさえ言えるで あろう。こうなると値段といい、システム手帳は単なる実用グッズではなく、趣味の世界 なのである。機能だけでいえば3千5百円のマルマンで十分である。しかしデパートの売 り場では、紳士たちに人気のある品は、やはりファイロファックスであるという。これに は部下よりも安物を持てないという、見栄もあろうが、やはり女性のもつハンドバッグと 似て機能以上のものが求められているのである。バッグならルイ・ビトン、システム手帳 ならファイロ・ファックスがあいことば。
ここでちょっと脱線するが、くだんの同僚はシステム手帳を収納するのに手頃な大きさ のバッグをもらったといって、私にみせつけたのである。負けてなるものか。私はなんと イタリア製のセカンドバッグ、ミラションを入手したのである。ここで私は急にバッグの 探究にも、一部の勢力を注ぐことにした。それ以後も、バッグを二つばかり買ってしまっ た。もっともその一つは家内に奪われたのであるが。百貨店に行っても、街を歩いてもバ ッグに注目することとなった。そこで発見したことは、女性の持つバッグに、なんとルイ ・ビトンの多いことか。これは大半は贋物ではなかろうか。私のその疑惑を確証したのが 、研究室の学生である。かれはタイにいって2千5百円のルイ・ビトンを買ってきたので ある。ちゃんとメイド・イン・パリとまで書いてある。ははは。
さらに脱線すると、私は今年の夏、シンガポール経由でドイツに行ったのである。シン ガポールは買い物の街である。渋谷と新宿と梅田と河原町を併せたような街である。そこ で私は後述するタイムシステムのために、フランス製のショルダーバック、ロンシャンを 買ったのである。その店にはA5版のシステム手帳が飾ってあったので、私は「これが入 るショルダーバックが欲しい」といった。すると店員が持ってきたものは、1400円程 度のものであった。そこで私の言葉「私はわざわざ日本から来たのだから、こんな安物で は旅費と比較してコストパフォーマンスが悪い、もっと高い物をだしてください」という わけで12000円のロンシャンを買うはめになったのである。私のこの典型的日本人的 、俗物的言動は同行者の口から、ドイツの研究所で日本人研究者に広まり、ロンシャンロ ンシャンと笑われるもとになつた。見栄は身をほろぼす。
話を本筋のシステム手帳に戻そう。私はシステム手帳の宣教師になることに決めた。こ んなにいいものを、世間の皆様にお知らせしないのは、あまりにもったいない。まずは安 物のシステム手帳(もどき)を6冊も買って、学生諸君にばらまいたのである。ばらまき 福祉である。みなさん、悔い改めるのです、システム手帳に目覚めなさいと。もっとも、 私の努力にもかかわらず、コンパクト・ディスクの時とは違って、ぶどまりは悪かった。 そのうちでシステム手帳教に改宗したのは2人だった。そもそも学生にはあまり予定など ないので、手帳などいらないのだ。家内と息子にも買った。家内はなんとか住所録はつけ ているが、息子にいたっては、せっかく私が東京の東急ハンズにまで、巡礼の旅を行い、 手にいれたものであるにもかかわらず、ほったらかされている。ああ、おいたわしや、シ ステム手帳殿、よよっ。やはりこれは大人の男のものだ。
ところで2月の時点ではともかく、現在はこの文の読者でシステム手帳を知らない人は いないだろう。実際、百貨店のシステム手帳売り場の面積の膨張は異常なものである。ま たどんな店にもシステム手帳が売られている。いずみやの雑貨品のコーナーでこれを発見 したときは、さすがにがっくりきた。たしかにシステム手帳が大衆化することは良いこと ではあるが、トイレット・ペーパーの隣で売られることになろうとは。結婚式のひきでも のにもなっているという。入学、入社、結婚のお祝いなどにもいいですよ。もし相手がま だ持っていなければ。
5.タイムシステム派の宣教師たる私
このようにしてバイブルサイズのシステム手帳を使いだした私だが、雑誌や本を見てい ると、タイムシステムとよばれるA5判の巨大なシステム手帳を一部の人々は熱狂的に愛 用しているという。それはなぜか。ひとつにはサイズの問題がある。バイブルサイズを使 うとすぐに感じる不便は、まんなかのリングが大きくて、左のページが書きにくいという ことである。そのほかバイブルサイズはA判やB判の系列から外れているので、コピーが 取りにくいことである。それにたいしてデンマーク製のA5判のタイムシステムというシ ステム手帳があり、それは大きいから書きやすいし、A4の紙は半分におれば、縮小コピ ーを取らなくても挟み込める。しかし、そんなことよりタイムシステムの最大の特徴は書 き方にある。バイブルサイズは書き方に自由度があり、それがまた使用者の趣味的興味を そそるのであるが、タイムシステムは楽しむものではない。ビジネスに使うものなのであ る。その書き方は完全にシステム化され、決められている。
タイムシステムはおおまかにいって、3つの部分に別れている。時間的な予定の部分。 自分のプロジェクトの情報を収めるデータバンク。住所録やその他の情報部分。時間的予 定の部分にタイムシステムの最大の特徴がある。まずデイリーオーバービューという、1 年間の予定表がある。つぎにマンスリープランという月間予定、ウイクリープランという 週間予定、デイリープランという日間予定表がある。1年の始めにデイリーオーバービュ ーを書き、月始めにマンスリープランに移す。週の始めにはウイクリープランを書き、1 日の始めにデイリープランを確認する、というようなシステマティックな書き方が要求さ れるのである。デイリープランには、時間刻みの予定表、電話や手紙の欄、今日やるべき ことの一覧表、アクティビティがある。タイムシステムの始めのほうには、アクティビテ ィ・チェックリスト(ファイロファックスでいうところのドントフォーゲット)があり、 ここはやるべきことを思いついたら、すぐに書き込んでおく欄である。毎日これを確認し て、デイリーに今日やるべきことをかきうつすのだ。
このデイリープランは予定表的に使ってもよいが、日記風につかってもよい。私は大部 分、予定よりは決定したことに使っている。今日1日なにをしたかがわかる。これをタイ ムログともいう。将来、犯罪事件に巻き込まれて、何月何日の何時におまえは何をしてい たかと問われれば、タイムシステムにつけてありさえすれば、答えられるはずである。私 はさらに、した行動の種類によってカラーマーカーで色を付けている。執筆や研究などの 創造的仕事はピンク系の色、手紙整理などの雑用は黄色、会議や講義などの拘束される時 間は茶色などである。お茶を飲んだり、だべっている時間は色なし。1日の終わりにデイ リーを見れば、1日が有益であったか、そうでなかったかが一目で分かる仕組みになって いる。コンタクトの欄は出すべき手紙や、かけるべき電話より、来た手紙、掛かってきた 電話を記録することにしている。これはあとで参照することが多く、とても役に立ってい る。
このように最近では、タイムシステムは私の活動にとって、なくてはならないものであ るが、その導入までには、色々な煩悶があった。だいいちに高い!1年分のデイリーを始 めとする膨大なリフィル群、それにビニールのバインダー、箱を併せた一式が38000 円もするのである。それに毎年、年の始めにはその年のデイリーを12000円で買わね ばならない。これを高いと思うか、安いと思うかはひとさまざまであろう。手帳はただが 当然と思っておれば高いし、これで仕事がはかどるなら安いものだ。私が買おうと考えた のは5月であるから、その時はすでに年の3分の1が過ぎてしまった時であった。来年か ら始めるべきか。私はそこでB5判のマルマンのルーズリーフ・バインダーを買い、それ にタイムシステムもどきを作ることにした。しかしその努力も、パソコン通信で知らせた ところ、バカにされてしまった。「本物にしなさい、まがいものはまがいものですよ」つ いに意を決した私は、5月の連休のある日、丸善に決然と乗り込んだのであった。「こっ 、こっ、これを下さい!」それでも多少とも渋い私は、1年分のダイアリー12000円 にバインダー4500円、それにその他のグッズを併せて20000円に抑えた。とはい え、あとからまたいろいろ買ったので結局は30000円以上になってしまった。
さて意気揚々とパソコン通信で報告したところ、なっなっなんと、とんでもないニュー スがまちうけていたではないか。某社の社員が、その会社で売れ残ったタイムシステムを パンチまでつけて12000円で破格販売をするというではないか。ううっ、残念無念。 しかし公正無私で犠牲的精神の私は、ここでシステム手帳教、タイムシステム派の宣教師 になることを決心した。私の回りのあわれな子羊たちに、このタイムシステムの破格販売 を教えて、タイムシステム派のありがたい教えにふれさせてやろう。くだんの同僚は即座 に乗ってきたし、その他、卒業生を始めとして、5人以上に売り込んだことになる。1銭 のマージンも貰わずに。しかし、このようにしてタイムシステム様にふれた人々が、のめ り込んで行ったのは、もちろんいうまでもない。
いまからシステム手帳をはじめようとする諸君、迷わずタイムシステムにしなさい。シ ステム手帳探究の旅の終点はそこにあるのだから。私の言葉を疑う人は、タイムシステム の解説書を見てください。3冊あります。
「明解タイムシステム、紙の秘書」山本邦子著、ビジネスアスキー
「タイムシステムの上手な使い方」現代情報工学研究会編、経済界
「システム手帳活用法、タイムシステム派宣言」知的生産の技術研究会編、TBSブリタ ニカ
6. 早起きの宣教師たる私
タイムシステムを使い、上記の本を読んでいくうちに、時間の使い方に関して重要なポ イントがあるのが分かってきた。時間泥棒との戦いである。時間泥棒とは、映画「モモ」 にも出てきたように、現代に巣くう悪魔の手先なのである。ちょっと皆さんのビジネス生 活を振り返ってみよう(ここは卒業生のビジネスマンを対象にしている。学生の時間は貴 重でないので、だれも盗もうとしない)仕事に打ち込もうとすると、手紙が来る、電話が 掛かってくる、客が来る、同僚が来る、上司があなたの都合など関係なく話にくる、時間 ばかりかかって下らない会議。これらは皆、時間泥棒なのである。しかもこれらを外面的 時間泥棒という。これを防ぐには、時間泥棒のこない時間帯、つまり朝に仕事をするとい いのだ。これがこの節の主題である。
時間泥棒はこの他にあなた自身に巣くっている内面的時間泥棒もいる。それはつぎのよ うな人間の性質にねざしている。きらいなことより好きなことを先にする。時間のかかる ことより早くできることを先にする。難しいことより容易なことを先にする。始めてのこ とよりよく知っていることを先にする。重要なことより急ぎのことを先にする。選択して できることより義務的なことを先にする。その結果として、やりたくない、難しい、始め ての、重要な仕事が残ってしまうのである。
この問題を解決するには、仕事にプライオリティをつけること、そのプライオリティの 順に仕事をこなしていくことである。タイムシステムはその考えにのっとって、アクティ ビティにはかならずプライオリティをつけることになっている。そしてプライオリティの 高い仕事は、Aタイムとかプライムタイムと呼ばれる、ひとまとまりの時間の塊をあてる のである。そしてAタイム、プライムタイムは午前の時間をあてなければならない。ここ に時間の塊を作るには、早起きをして仕事をすることであると、これらの本には書かれて いた。
アメリカのエリートには、早起きが流行っているという。アメリカ旅行をした、くだん の同僚がいうには、早朝のホテルでビジネスマンたちの朝食ミーティングがさかんである という。またアメリカの重役たちの平均出社時間は朝7時だという。アメリカの大物が日 本にきて、その人にアポイントメントをとったら、朝の6時ではどうですかといわれてあ ぜんとした、日本の大物の話もある。ともかく、いまや早起きはシステム手帳とならんで アメリカでは流行しているのである。その本当の原因は時差にある。広いアメリカでは東 海岸と西海岸では3時間も時差があり、東に合わせようとすると、西海岸のビジネスマン は6時ころには出社しなければならないのだ。しかし、早朝出社をやってみると、これが 実に具合がいい。道も交通機関も混んでないし、ラッシュにもまれることもない。疲れな いし、プライムタイムは確保できるしいいことずくめだ。それにアメリカでは、あまりお そく帰ると家庭に問題がでるが、早朝に寝ている奥さんをそのままにしてでてきて、朝食 会をやりながらミーティングしても、奥さんは怒らないというアメリカならではの理由も ある。というわけで、早起きは西海岸にとどまらず、東海岸にも流行しだしたのである。 アメリカでは太っていたり、煙草を吸っていたりすると、出世しないといわれている。自 分を律することのできない人間が、人の上に立てるはずがないからだ。そのうちに早起き でない人間は出世もできなくなるであろう。アメリカの流行が、何年か遅れでやってくる 日本でも、いずれそうなるに違いない。
私はこれらの事を読んで、ガーンとなつた。私のいままでの生活はなんであったのか。 子供が8時に学校に行く、家内は9時に出掛けていく。私はその声をもうろうと聞きなが ら、よろよろとおきだし、朝食を食べて、登校するのはなんと11時項という、怠惰な学 生的生活をおくってきたのだ。(サラリーマンのみなさん、おこらないでね、これは大学 の話ですから。大学の先生の中でも、私はおそいほうですから)私は決然と決心した。早 起きをするぞ(あーあー、ぼくも流行にかぶれやすいなあ!)私は次の日から6時半には 起きて、8時項には登校することとした。これは1、2を競う早さである(ここで会社と くらべないように。大学では職員でも8時半が一番早いのである)1、2といったのは、 某助教授がやはり私と同じようなことを、それも前から実行していたのである。というこ とを始めて知った。
でもこういうことは一人では長続きしない。そこで私は院生、学生を誘って、早起き競 争に挑戦したのである。朝9時以降に来たら、罰金100円。来た時刻を紙に書いてはり だす。全部の学生が応じたわけではないが、それでも4人は応じた。かれらはそれまでの 怠惰な生活を深く反省し、清く正しい生活に戻ったのである。ただ、ものには限度という ものがある。私も競争心のあまり、あまり早く起きて、その日は一日眠くて仕事にならな い日もあった。院生の一人などは、大阪から通っているのに、朝6時半に登校した。もっ とも、そこですぐにソフアーで寝てしまい、起きたのは、もう皆が来た後であつた。うさ ぎのような院生である。
朝8時に登校すると快適である。朝の時間は大学は人影も疎らである。ふっふっふっ、 世のバカどもはまだ寝ておるわいと、ひとり優越感にひたる。しかしまだ8時とはいえ、 太陽はもう中天にかかっている。ああ、もったいない、地平線からあれだけ分、朝を損し たな、明日はもっと早く起きようと決心する。
朝は仕事に集中できる。執筆のような、時間の塊を必要とする仕事には、とくに向いて いる。9時項になり事務官が来て、10時項に他の教授たちが来る頃となると、時間はじ っとりと汚れてくるのである。朝の神聖な時間が、世間の汚濁にまみれた時間と転化する のである。とはいえ午前中は、外面的時間泥棒はほとんどこない。問題は内面的なもので ある。簡単な仕事を数こなそうとしたくなる。手紙を読みたくなる。ここはやはりタイム システム様におすがりするしかない、今日このごろである。
この一文をここまで読んだ、そう、あなただ。さっそく、明日から早起きをしよう。そ れにはまず早寝する・・・ことではない。断固と早起きするのだ。するとその日はふらふ らになって、夜は早寝できる。するとペースがつかめるのだ。ただ問題は、会社に早く来 ても残業手当てはでないことだ。しかし、早朝の時間は自分自身の向上の為にあるのだと 決心すれば、そんなことは問題ではなくなるであろう。出世するには仕事ができなければ ならない。大学人ではなくビジネスマンであれば、早起きとはやはり5時起きのことであ ろう。健闘を祈るのみである。最後にとどめの一首を、ニャロメ!
「世の中に早起きほど楽はなかりけり、浮世のバカはグウスカ寝ている」