−プレゼンはなぜ必要なのですか。
松田 研究の発表に関して言うと、昔のよき時代と今の時代は違うということです。昔のよき時代は研究者の数も少なくて競争もそれほどなかったけれども、今はそうではない。昔の先生方はこういう言い方をされます。いい研究をすればそれでよろしい、そしてよい雑誌に投稿しなさい、いい研究なら必ず認めてもらえる。そういう暗黙の前提があったわけです。たぶん昔はそうだったと思います。論文の数も少ないし、研究者はすべての論文に目を通すこともできたと思います。けれども昨今、雑誌の数が増え、研究者の数が増え、論文の数が増えてくるとすべてに目を通すことは不可能です。そこで国際学会や国内の学会で雑誌論文の前宣伝として口頭発表やポスター発表をするわけです。今でも研究の一番の評価ポイントはオリジナルペーパー、つまりは雑誌論文です。しかし前宣伝をやった論文とやっていないものでは後で有利不利が出てきます。そういう意味で口頭発表やポスター発表は大事だといえるわけです。学会には膨大な量の発表が集まってきますが、その中で、いかに自分の研究を理解してもらうか、認知させられるかが重要になってきます。ですからプレゼンが必要なのです。
プレゼンが非常に大事だという別の例をお話しします。私は天文学会の副理事長をやっていますが、天文学会では学会の前の日に記者会見をやります。学会で発表される論文の中から、理事長と私が数点選んで記者発表をするのです。その中に選ばれた先生が、自分で会見するのではなく、学生に記者発表させて、それが不十分な発表になってしまって、記事として取り上げてもらえなかったということがありました。その学生のプレゼン力がなかったためでしょう。研究したことをそのまま話しても相手には上手く伝わらないのです。素人にも分かるように話さなければダメなのです。それ以後はとにかくプレゼンの上手な人に発表させるようにということになりました。プレゼン力のある人が求められる時代になっています。
−上手い口頭発表のポイントは。
松田 口頭発表には目指すべき目標があって、分かりやすい話、説得力のある話、おもしろい話がそれです。
分かりやすい話をするためには話がよく聞こえるように大きな声ではっきりと話すこと、トラペ(トランスペアレンシー、OHPシート)には大きな字で書くといったことです。説得力のある話は、聴衆の方を向いて、聴取の目を見て話せということ。また、おもしろい話をするには、聴衆の興味を引くような図やグラフ、写真、カラーを用いるということです。
そして聴衆の立場に立って講演をするということです。
それらができれば成功といえる発表になります。
プレゼンツールを使いこなすことも非常に大事です。少し前まではスライドやOHPなどが主流でしたが、液晶プロジェクターの登場は、プレゼンに革命をもたらしたといってもいいでしょう。
OHPとの比較でいうと、発表の準備段階では、スライドの内容変更が非常に容易です。 OHPにはトラペを出力するプリンターが必要で、発表の前日にはすべてそろえる必要があり、修正があったときにはもう一度出力しないといけません。特に最近はカラーが多いから出力時間がかかります。一方、液晶プロジェクターは印刷の必要もないし、パソコン画面を修正するだけなので、発表の当日とか新幹線の中でも直せます。
いざ発表となってもOHPは一枚ごとにトラペの交換が必要で、それに費やされる時間はその発表の二割程度と言われています。液晶プロジェクターにはその時間ロスがありません。他にも優れた点がたくさんありますが、液晶プロジェクターを使ったプレゼンは、発表の中身が伴えば非常に有効だということです。
−ポスター発表を推奨されていますがどういう利点がありますか。
松田 最近の学会ではポスター発表が増えています。ポスター発表は口頭発表より格下に見られがちですが、口頭発表と比べて、それなりの利点があります。例えば、口頭発表で分科会方式をとる場合、全員には聞いてもらえませんが、ポスター発表にはその問題がありません。また、参加者とじっくり話し合えることも大きなメリットです。さらに下手な口頭発表は命取りにもなりますが、下手なポスターは見過ごされるだけで済みます。
ポスター発表で一番の重要な点は、目立たなければならない、観衆を引きつけなければならないということです。そういう点で私はA0やB0といった大判出力のポスター発表を推奨しています。天文学会では半分ぐらいが大判のポスター発表になっています。
しかし、日本ではA4サイズの紙を何枚も貼り付けたポスター発表がまだまだ多いのが現状です。これを私はパッチワークポスターと呼んでいます。
ドイツにいる友人の話では、ドイツの学会ではほぼ百%がA0サイズで行われているということで、日本のポスター環境の遅れを感じます。
その原因として、こういう大判ポスターを作製するプリンターが普及しきっていないこともあります。しかし学科レベルで買えるぐらいの価格にはなってきているので、台数が増えていくことでポスター発表はどんどん盛り上がっていくだろうと思います。学会幹部の先生方の意識改革を期待します。
−国際学会などで西欧人と比べて日本人のプレゼン能力は低いとよく言われますが、どのようにお考えでしょうか。
松田 その点に関して西欧人の方が、プレゼンが上手だというのは偏見だというのが私の結論です。日本人でも意識している人は上手だし、西欧人でも意識してない人は下手だということです。ただし、平均として言えば西欧人の方が上手でしょう。それは彼らが訓練されているからです。私は京都大学の合気道部のOB会でプレゼンの話をしました。聴衆に西欧人の学生が5人いて、彼らに、高校とか大学でプレゼンの勉強をしたことがあるかと聞いたのですが、5人ともあると答えました。一方、日本人は誰もいなかった。そういう意味で、西欧人の方が、ベースがあるから上手だとは一般的にはいえるでしょう。
しかし、私がプレゼン研究をするきっかけの一つになった発見があります。一九九七年に国際天文連合の総会が京都であったときの話です。私もそれまでは西欧人はプレゼンが上手だという偏見を持っていて、学生たちに西欧人のプレゼンを見に行きなさいと言いました。私も彼らのプレゼンを研究する目的で講演を聞きに行ったのですが、西欧人は上手な人はとことん上手ですが、下手な人もいるということを発見しました。
かなり多くの人が、小さな手書きのトラペを見せました。こんなこともありました。三〇分話した後に、それでは結論ですと言って、細かく書いた十いくつもの項目のトラペを一枚置きました。字が小さいので、何が書いてあるのかさっぱり分かりません。読めないものはわかるわけがありません。それは講演者の自己満足だけのものでした。プレゼンで一番大事な、相手にわからせると言う意識が欠如したものでした。それも一人や二人でなく、そういう西欧人がかなり多かったのです。
−では、なぜ西欧人の方がプレゼンが上手だと思われているのですか。
松田 科学の共通語は英語です。西欧人の多くは英語が上手です。だからプレゼンも上手だと錯覚するのですよ。
さらに西欧人の方が話は上手です。一方、日本人は話し下手な人が多いし、とくに英語のスピーチが上手い人はそう多くはないわけです。話のうまさはもちろんプレゼンの重要な要素ですが、それだけではない。トラペやスライドなどの視覚補助の使い方が重要です。西欧人は仮にトラペが汚くても、英語は上手い、話は上手いとなれば、プレゼンが上手いと日本人は錯覚してしまいます。しかし非英語国民にとって、講演の理解のためには、話よりも視覚補助に頼っていますから、これが読めないと、話自体理解できない。つまりどんなに流ちょうな英語でも、理解させられなくては、プレゼンとしてはダメなわけです。
−日本人が国際会議で西欧人に対抗する手段はありますか。
松田 国際会議などで日本人が西欧人と渡り合うときには、必然的に英語力で負けてしまうのです。それにディベート力なども日本人は訓練されていないから話になりません。しかし日本人にも救いがあると思うのは、プレゼン技術というのはきわめて易しいということです。
それはとても簡単なことで
字を大きく書け、大きな声でわかりやすく話せ、相手の目を見て話せといった、誰にでもできることです。問題はそのことを意識するかどうかという一点にかかっています。
国際会議で重要な三要素、つまり英語力、ディベート力、プレゼン力の内、英語力、ディベート力を習得するのにはかなりの年月が必要ですが、プレゼン力は意識さえすれば簡単に向上します。プレゼン力が優れていれば少々の英語力不足は補えます。ですから国際会議などで発表する日本人の研究者には、プレゼン技術を確実にマスターしていただきたいと思います。